第24話 求む。絡まれた時の対処法。

「おっと、つい口が滑ってしまった。ママとパパには内緒にしといてくれ。」

 弟は俺の方に向けてウインクした。

 こんなに可愛い弟が、中身は富豪の祖先。その事実を受け入れられず、言葉を失い、思考停止した。

 何とも言えない空気の中、最初に口を開いたのは、ひゅうがだった。

「じゃあさ、天国にいた時の記憶もあったりするの?」腕を頭の後ろに組み、能天気に言う。

 弟は、少し考えた後に答えた。

「ちょっとだけ、覚えておる。記憶がなくなった状態で転生したくなかったんじゃが、駄々を捏ねていたせいで転生が遅れた、と言う。何とも恥ずかしい内容じゃがな。」

「駄々捏ねたら、そのままでテンセー出来たんだ?すげー。」

ひゅうがは、多分よくわかってない顔で感心した。

 急にりんのすけが、床に正座をした。そして、弟に深々とお辞儀をする。

「源左衛門様。いや、曾曾曾曾曾祖父様。偉大な師として仰ぎ見ておりました。お会いできて光栄です。」

「曾が多すぎてよくわからんが、そんなに畏まらんでくれ。もうただの幼稚園児だもん。」

弟は両方の人差し指を頬に当て、可愛いポーズを取った。俺はあまりの可愛さにハグした。

「そうだよな。こんなに可愛いんだ。前世がどうあれ、俺の弟に変わりない。可愛い、可愛い。」ハグしながら、弟の頭を優しく撫で回す。

「源左衛門様が居たからこそ、僕の家は大きく栄える事が出来たんだ。神様の様な存在なんだぞ。」

りんのすけは、撫で回す俺の腕を掴んで止める。

「俺の弟を勝手に神格化するな。うぅ。考えようとすると、頭が痛くなる。」

俺は頭を抱える。

 弟は、ハハハと笑い提案した。

「わしは兄様の紛れもない弟じゃよ。それは絶対じゃ。前世を考えるとりんのすけのお爺さんみたいな存在と言うのも事実。ややこしい身の上に、無理に態度を統一する必要はなかろう。好きに扱ってくれ。」

「はい。仰せとあらば、喜んでお受けします。」

りんのすけは、又しても正座で深々とお辞儀をした。

 その後、りんのすけは弟に色々質問をしていた。政治とか経済とかの難しい話だ。弟は自分の考えを伝え、りんのすけはそれをスマホにメモする。内容が難しすぎて、俺には理解出来なかった。

「そろそろ勉強の邪魔になるからの、わしはママのところに戻るぞ。一緒にアニメを見る事になっておる。」

弟は後ろ手を組みながら、部屋を出て行った。

 弟が去った後、りんのすけは俯き震える声で言う。

「つかさ、源左衛門様に会わせてくれてありがとう。」

「嘘だろ!りんのすけ、お前泣いてるのか?」

よっぽど嬉しかったのか、りんのすけは涙を流した。しかし一瞬で、

「よし、勉強に取り掛かるぞ。」

と、切り替えていた。

 りんのすけを真ん中に、左に俺、右にひゅうがと並んで座る。

 ノートと参考書、教科書を広げる。三人それぞれの勉強のやり方が、ノートの取り方、教科書にある付箋やマークの数で何となくわかった。

 俺は大事なところにマーク、聞いてもよくわからなかったところに付箋を貼っている。

 りんのすけは、自分の言葉で追記がされている。

 ひゅうがは、何も印がなかった。

「貴様、授業中寝ているだろう?」

りんのすけはひゅうがを睨みつけながら言った。

「えっ!何でわかんの?エスパー?」

ひゅうがは驚き、椅子の背もたれを掴んだ。

「教科書を使った痕跡が無さすぎる。」

シワのない綺麗な教科書を、りんのすけは掌で叩いた。

「そんなに怒るなよお。座学は、開始5分で眠くなっちゃうんだもん。」

ひゅうがは、さっき弟がやっていた可愛いポーズを取る。

 りんのすけは、眉間に皺を寄せひゅうがの頭にチョップを落とす。

「あのさ、りんのすけ。ここの表現、イマイチわからないんだけど。」俺は教科書を、りんのすけの方に寄せた。

 りんのすけは、わかりやすく丁寧に教えてくれる。解説しながら、サイドの髪を耳にかけ、綺麗な横顔が現れる。

「まつ毛長いよなあ。」

俺はりんのすけの横顔に見惚れながら、心の声が漏れた。

「おい!関係のない話をするな!ちゃんと聞け。」

りんのすけの耳が赤くなる。

「ごめん、ごめん!もう一回教えて!」





 土日や平日の放課後を使い、りんのすけ先生の勉強会を、俺の家で開いた。途中で集中力が切れやすい、俺とひゅうがを根気強く教えてくれたおかげで、かなり助かった。

 そして、ついに追試の日を迎える。

 土曜日の朝、学校に行く。追試を行う生徒は、一年生から三年生まで全員揃っている。どの学年も、大体5人前後の人数が集まっていた。

 一年生の教室を使い、学年毎の三部屋に別れて追試を行う。

 追試のない教科の時は、廊下で待機する。その間に、他の教科の復習をした。ひゅうがは全科目追試のため、ずっと教室から出られない。

 俺が廊下で座って待機し、復習をしていた時、三年生の先輩に声をかけられた。髪をグレーに染め、ピアスがたくさん開いた耳。切れ長の吊り目で、背の高いヤンキー風な人だった。

「おい、お前ェ。オカルト研究部の部員じゃねェか?」

まさか自分に声をかけられているとは思わず、俺は聞こえないふりをした。

「おい!無視してんじゃねェぞ!一年坊主。」

寄りかかっていた壁に足ドンされ、俺は驚きのあまり、勉強道具を落とした。

「あ、俺ですか?」

「そーだよ!他に誰がいンだよ。」

ヤンキー先輩は、制服のズボンに手を入れ、足ドンしたまま俺を睨みつけた。シンプルに怖い。

 念のため、廊下を見渡す。俺の他に、この怖い人しか居なかった。

 教室から先生が顔を出し、「テスト中だぞ!静かにしろ!」と注意した。

 ヤンキー先輩は舌打ちをした後、俺の目の前でヤンキー座りをする。

「俺様は三年の野崎だ。魔術研究部の部長。お前ェ、名前なんてンだ?」

顔を近づけ、小声で話しかけてきた。

「俺は、◯◯つかさって言います。あの、近くて怖いんですけど、何か用事でしたか?」

俺は胡座を体育座りにし、顔を離そうとする。頭が壁について、ほとんど離れられなかった。

「オカ研とマジ研ってさぁ、内容被ってンだよなぁ?オカ研潰すか、マジ研と合併するか今すぐ決めろ。」

ドスの効いた低い声、眉間にシワの寄った怖い顔で、俺に詰め寄った。

「そ、そうだったんですね。その件については、部長と話し合わせて下さい。俺の一存では決められないんですよ。」

 俺は怯える。泳ぎまくる目、止まらない冷や汗のまま、精一杯答えた。

 すると目の前のヤンキー先輩が消えた。目の前を見ると、誰かがヤンキー先輩にドロップキックを喰らわせていた。

 また教室から先生が顔を出し、「静かにしろ!赤点にするぞ!」と注意してくる。

 ドロップキックを決めた女生徒が先生に、「もう静かになったんで、安心してください!」と親指を立てた。

 整った顔立ちに、ショートボブをピンクに染め、平均身長くらいの背丈。胸元の開いたワイシャツに短いスカート。谷間が見える程の巨乳だが、身体は華奢だった。見るからにギャルと言う雰囲気の二年生だ。

「後輩くん。ウチのバカパイセンが失礼な事してごめんねー。変な事されなかった?」

手を合わせて謝る。指輪やブレスレットがたくさん付いている。

「はい。ちょっと怖かったですが、大丈夫です。」

 俺はヤンキー野崎先輩の方に目をやる。数メートル離れたところで、お尻を上げた状態のうつ伏せで倒れている。

「アタシがトイレ行ってる間に後輩困らせるとかマジないわぁ。あのバカはさぁ、オカルト研究部の噂というかぁ。あのイケメンお坊ちゃんの噂が学校中に広まっててぇ。魔術研究部より目立ってるのが腹立ってるだけっぽいよー。だから、あんまり気にしないで!」

ギャル先輩は、舌を少し出してウインクした。

「助けてくれて、ありがとうございました。」

俺は立ち上がって、頭を下げる。

「あのバカパイセンに絡まれたら言って!アタシ、あいつの暴走止める係?みたいな感じだから!てか、連絡先交換しよー。」

ギャル先輩のコミュ力の高さに流され、俺はスマホを取り出し連絡先を交換した。

「えー、名前かわいいね。つーちゃんって呼んで良い?アタシの事も下の名前で呼んでいーよ。」

「いや先輩に、しかも女性の下の名前を呼ぶのはちょっと。山河先輩って呼ばせてください。俺の呼び方は何でも良いです。」

俺はグイグイ来るギャル先輩の圧に、タジタジだった。

 学校の鐘が鳴り、俺はギャルの山河先輩にお辞儀をして教室に戻る。山河先輩は、野崎先輩の首根っこを掴んで引き摺りながら、俺に手を振ってくれた。

 十分休憩の間に、ひゅうがの所へ行った。

 ひゅうがの笑顔が、今の俺にとっては最高の癒しとなった。廊下で起きた一件について、今は黙っておく事にした。

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