第13話 板挟みの結末。

 青空は徐々に雲で覆われていく。涼しい風が屋上を通り抜けた。

 俺は、りんのすけとひゅうがの顔を交互に見る。どちらも大事な友達だ。選ぶなんて事は俺には出来なかった。

 ない知恵を絞って、結論を探す。俺は腕を組み目をつぶって、俯きながら天啓が降りるように祈った。そして、閃く。

「よし分かった。」

俺は睨み合う二人の間に入り、肩を組む。三人の顔が近くなる。

「ひゅうが、試合は何時から開始する?」

急に肩を組まれて、驚いた顔をしたひゅうがは少し赤面しながら言う。

「あ。えっと。朝の十時から。1試合だけやるよ。」

「よし。りんのすけ、オカルト研究部の活動は何時からだ?」

りんのすけは、そっぽを向いて言う。

「夜中に始めるよ。」

「じゃあ、オカ研のみんなでひゅうがの試合を応援して、その後に部活をやろう!」

俺の提案に、二人は笑顔になった。

「やったー!おれかっこいいとこ見せられる様にがんばる!」

ひゅうがは、俺をりんのすけごとハグした。りんのすけは鬱陶しそうに、ひゅうがと俺を引き剥がす。

「僕は応援に行くなんて言ってない。」

「水臭いこと言うなよ。みんなで応援した方がひゅうがの力になれるだろ?それに、せっかく部活で集まるなら、俺は早めにりんのすけと集まりたい。」

俺が言うと、りんのすけは満更でもなさそうな顔をして、仁王立ちした。

「ふん。良いだろう。僕が応援に行ってやるんだ。負けたら承知しないぞ。」

「うんうん!絶対勝つから、楽しみにしててくれよ!」

 何とか、二人の仲をとり持つことが出来て、俺は安堵のため息をついた。

「試合場所は、ここの学校のグラウンドだから!よろしくな!」

ひゅうがは飛び跳ねながら俺たちに手を振り、帰って行った。

「他の部員には、つかさから伝えておいてくれ。この前と同じ心霊スポットに行く。今回の『斎藤さん家』では一人検証の無い企画になってしまったが、またいつか別の場所では一人検証をする予定だ。ホラー耐性をつけておく様に。頼んだぞ。」

そう言ってりんのすけも、屋上から去って行った。

 二人が去ってから川島が俺に、

「ははは。つかさがあの二人に好かれてる理由が何となくわかった気がする。」と、言った。

 その日の放課後、廊下で和田と進一に土曜日の予定を伝えた。土日の予定が偶然なかったため、二人とも快諾してくれた。

 そして、これからも急に予定が入る可能性はあるが、用事があったら先の予定を優先して欲しい旨も伝えた。

 三人で話していると、廊下を歩いていた女の子に声をかけられた。入学式の時に、俺と言い合いになった、小柄で茶癖毛をポニーテールにした、可愛らしい女の子だった。

「ねえ、あんた。名前なんて言うの?」

俺は少し気不味さを覚えつつ答えた。

「俺の名前はつかさ、です。」

「そう。あんた達、ひゅうがの練習試合応援に来るのよね?全員?」

女の子は、クリクリの大きな目で三人のオカ研男子を順番に見つめた。

「うん、その予定だ。何か用事だったか?」

俺は身構えながら言う。

「あたし、ひゅうがファンクラブを立ち上げたの。これ、ハチマキ。当日これ、付けなさいよね。」

 女の子は俺にハチマキを3本渡した。黄色い布に、ピンクの文字で『ひゅうが♡命』と書いてある。絶対につけたく無いデザインだ。

「一本足りないのだよ。」と、和田が余計な事を言った。

「りんのすけが付けるわけないだろ。」

俺が小声で和田に釘を刺す。

「全員付けないのは不公平だね。私はそんなの認めないのだよ!」

「はあ、そうですか。ところで、名前聞いても良い?」俺は和田にうんざりした後、女の子に聞いた。

「あたしは友永。気安く呼び捨てしないでよね。ちゃんと『さん』か『様』をつけて。あたしを呼び捨てにして良いのはひゅうがだけだから。」

友永さんは腰に手を当てて、俺を指差した。その後、しっかり追加のハチマキを俺に渡した。

「試合、遅れないでよね。しっかりこのハチマキを付けて全力で応援したら、つかさがひゅうがを独占してる事については目を瞑ってあげる。」

友永さんは、俺に軽く威嚇をした後、去って行った。

「俺って、ひゅうがを独占してたか?」

俺は、和田と進一に聞いた。和田は肩をすくめる。進一はきっぱりと言う。

「ひゅうがのつかさに対する態度と雰囲気を見ると、そう取られても仕方ないとは思う。」




 土曜日の朝。学校の校門にオカ研の四人が集まった。りんのすけ以外の三人は、お泊まりセットを用意しているため、大きめのリュックを背負っている。

 俺はハチマキを差し出し、深々と頭を下げる。

「これ付けて全力で応援しないと、俺の今後の学校生活が脅かされる気がする。頼む。形だけでも付けてくれ。」

 りんのすけは、明らかに嫌そうな顔をした。汚い物を触る手つきで、ハチマキを摘む。他の二人もハチマキを受け取る。

 進一は早速ハチマキを頭に巻いて言う。

「僕は付けるよ。つかさが不憫だからね。」

「ありがとう!進一!助かるよ。」

俺は進一のハンドをシェイクした。

「これは貸しだぞ。感謝したまえよ。」と言い和田も頭に巻く。俺は和田のハンドもシェイクする。

 俺は期待の目を込めて、りんのすけを見つめる。りんのすけは、深いため息を吐いた。

「応援席に行ったら、付けてやらない事もない。ただ付けるとしても今日だけだ。つかさのためであって、ひゅうがのためじゃないからな。勘違いするなよ。」

「ありがとう!さすがりんのすけ様!」

俺はりんのすけの手を両手で握り、そのまま拝んだ。

「ほら、さっさと行くぞ。」

と、りんのすけは颯爽とグラウンドに向かう。俺たちもその後に続いた。

 歩きながら、俺は恥ずかしいハチマキを頭に巻いた。

 応援席は、二つに分かれていた。俺達は、自分の高校側の応援席に向かう。男女含めて、たくさんの生徒が応援に駆けつけていた。

 その中に、ひゅうがファンクラブの女の子達が固まっている場所があった。全員頭に色々な巻き方でハチマキを付けている。

 先頭の真ん中に居る友永さんと目が合い、手招きをされた。

「あの子が、ハチマキをくれたんだろう?」

りんのすけが、ボソリと俺に言う。俺は深く頷いた。

 りんのすけは、友永さんの所へ真っ直ぐ向かうと躊躇なく話しかけた。

「おはよう。この度は"素敵なハチマキ"をご用意いただき感謝する。微力ながら、僕たちオカルト研究部もひゅうがの勇姿を見守らせていただく。至らない部分もあると思うが、ご容赦いただきたい。」

優しい微笑みを浮かべながら、友永さんを真っ直ぐ見つめるりんのすけ。美少年の圧力が感じられた。

 友永さんは、全く屈する事なく返した。

「高校最初の試合だから、しっかり盛り上げたいの。頼んだわよ。」

 りんのすけは友永さんと、ファンクラブの方々に一礼する。俺も一礼し、「よろしくお願いします。」と伝える。

 ファンクラブの団体席から見て、右斜め前の席が空いていた。左から、りんのすけ、俺、進一、和田の順で座った。

 席に座ってから、俺はりんのすけに耳打ちする。

「あの友永さんって子、強いよな。」

「ああ。それだけひゅうがに本気って事だろう。一応ワンクッション置いたから、僕はほどほどに応援させてもらうよ。」

りんのすけは、ハチマキを二の腕に巻き付け、プラスチックの背もたれに寄りかかりながら腕を組んだ。

 グラウンドには、準備運動(アップ)をしているサッカー部員が何人もいた。その中にひゅうがを見つける。

 ひゅうがは、応援席の方を向くと、俺の事を二度見した。その後、何故かツボって笑っている。絶対ハチマキの事、馬鹿にしてるだろアイツ。

 ひゅうがは応援席に近づいて来て、大声で言った。

「応援来てくれてありがとう!おれ達、絶対勝つから、試合中おれ達のチームにパワーを送ってくれると嬉しい!」

完全に俺はひゅうがと目が合っていた。ひゅうがはウインクした後、はにかんだ。

 女の子から黄色い悲鳴が上がる。

(おい、ひゅうが。そう言うとこだぞ。)

と、俺は言いたかったが我慢した。

 代わりに大声で、「頑張れ!」と言ったら、ひゅうがはものすごく嬉しそうな顔をした後、手を振ってアップに戻った。

 背中に悪寒を感じ、恐る恐る後ろを見ると、ファンクラブの方々から冷たい視線を向けられていた。

 俺は小さい悲鳴を上げた後、りんのすけを盾にした。りんのすけは、やれやれと言う顔をした後、ファンクラブの方々にパーフェクトスマイルを向ける。

 ファンクラブの団体席から黄色い悲鳴が上がった。お陰様で難を逃れる事ができ、一息つく。

「僕を盾にするなんて……。良いご身分だな、つかさ。」

りんのすけに、メンチを切られる。俺はりんのすけの肩を組み、顔を近づけて小声で伝える。

「本当に申し訳ない。今日の昼飯と夕飯は俺が作るよ。ついでに朝飯も。」

 りんのすけの目がキラリと光り、幼い少年の様な笑顔を向ける。

「それは楽しみだ!」

「りんのすけの食べたい物、なんでも作るよ。」

「僕はつかさの得意料理が食べたい。僕の知らない料理をまた教えてくれ。」

「わかった。腕によりをかけるから任せとけ。」

りんのすけは、俺の背中をパシパシと嬉しそうに叩いた。ちょっとだけ痛かった。

 和田が疑問を口からこぼす。

「ひゅうがくんは、一年生なのにもうレギュラーなのか?」

それを聞くが早いか、友永さんが早口で解説した。

「ええ、そうよ。ひゅうがはね、中学時代からサッカーの神童として崇められていたの。高校のサッカー部に入部した、最初の実力試験では、スタミナ、パワー、テクニック、スピードの面で今いる先輩よりも高い成績だったわ。だから、レギュラーに選抜され、しかもフォワードのポジションにつく事が出来たの。全国中学校サッカー大会では、他校に比べられない程の点数を決めたエースストライカーで、雑誌やテレビ番組が取材に来た程なんだから。ユースチームにもしょっちゅうお声が掛かるけど、ひゅうがはストイックに努力するタイプで、独自のスタイルがほとんど出来上がっているから、入る必要が無いと専門家が言っていたわ。日本の、いえ、世界のサッカー界を担う未来のスター。それがひゅうがなのよ!」

ファンクラブの方々から拍手が起きた。

 俺は長くて早口なせいで、ほとんど内容が頭に入らなかったが、ひゅうがはサッカーが物凄く上手いと言う事がわかった。

「そんなに凄い選手だったとは……!恐れ入ったのだよ。」和田はメガネをカチャカチャの上げながら言った。

「和田のくせに、今の全部聞き取れたんだね。」進一が辛辣に言った。

「くせにとはなんだ!レディの言葉を聞き逃すほど、私は腐っちゃいないのだよ!」

和田はプンスカした。

「ほう。それは思ったより見応えがありそうだね。」

りんのすけは、膝で頬杖をつきながら言う。

「みんなしっかり話聞いてて偉いな。とりあえず、俺はひゅうがのカッコいいところを目に焼き付けるよ。」俺は前のめりになって、試合が始まるのを待った。

 試合開始。相手チームのボールからスタートする。今回戦うチームは、うちの高校と同じく全国大会常連の他県のチームだ。

 スムーズなパス回しから、一気にラインを上げていく敵チーム。うちの高校のチームのディフェンスを滑らかに掻い潜るが、ギリギリで阻止すると言う少しヒヤヒヤする状態だ。

 相手チームが一度ラインを下げようとパスをしたその時、ひゅうががパスカットをした。

 応援席が一気に盛り上がる。

 ひゅうがは、大人びた真剣な表情をしていて、いつもと違ってすごくカッコよく見えた。

 相手チームは、ひゅうがの対策をしてか、一気に四人の選手でブロックを固める。そんな事はものともせず、ドリブルの勢いはそのままに、目線や足先の方向、踏み込む角度でフェイントを繰り返し、一気に四人を抜き去る。そして、綺麗なカーブを描いたロングシュートを放つ。

 ゴールキーパーの指がボールに触れたが、力強いパワーと回転で、ボールはネットに吸い込まれた。

 応援席が歓声で揺れた。興奮して、俺も立ち上がって歓声を上げる。

 ひゅうがは応援席まで走ってきて、宙返りをし、味方チームの先輩達が一斉にひゅうがをハグした。

 ゲームは先制点を取った勢いのまま、試合の空気を勝ち気に満たし、5対0の大差で終了。5点のうち4点は、ひゅうがのシュートで決まった。

 オカルト研究部の四人は、試合の余韻ですぐに立ち上がる事が出来なかった。

 友永さんが帰り際に声をかけてくれた。

「なかなか良い声援だったんじゃない?」

そう言うと、すぐに立ち去ってしまった。

 応援席が、俺たち四人だけになった時、りんのすけが笑った。

「ふふふふ。ここまで強いとはな。少しだけ見直したよ。あの身体能力、是非オカルト研究部に欲しいところだ。」

「ひゅうがのプロサッカー選手になる未来を邪魔しない程度に企んでくれよ。」

俺がりんのすけに言うと、「当たり前だ。」と返された。

 応援席を後にし、電車に乗ってりんのすけの家に着いた時に、俺のスマホが新着メッセージの通知で震えた。

 俺はスマホを確認する。相手はひゅうがからだった。

『試合の応援来てくれてありがとう!迷惑じゃなかったら、オカルト研究部の手伝いしても良い?』

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