第14話 無駄なプライド

 りんのすけの家に着いた。

 食材は、使用人の人が用意してくれたらしい。ありがたく使わせてもらう。

 キッチンを借り、昼飯にオムライスを作った。ふわふわ卵とケチャップライスの相性が抜群の自信作が完成。

 りんのすけは「今まで食べたオムライスの中で一番美味しい。」と絶賛してくれた。和田と進一も、たくさん褒めてくれ、俺はとても嬉しくなった。

 昼過ぎに、運転手を務めてくれるサソリさんが来て、りんのすけはまた「せっかち。」と小言を垂れる。

 ひゅうがは、サッカー部の軽い打ち上げを済ませた後、夕方くらいに合流した。急な提案だったが、りんのすけは直ぐに了承してくれた。

 進一はひゅうがと顔を合わせると、俺の後ろに隠れたが、「試合中のひゅうがはカッコよかった。」と小声で伝えていた。少しは苦手意識が少なくなってると良いんだが。

 サソリさんは多めに布団を持ってきてくれたため、布団が足りなくなる事はなかった。人数が多いため、リビングで集まって寝ようと言う事で決まった。

 早めの夕食を作る。ひゅうがと進一が食材の下準備を手伝ってくれたおかげで、予想より早く出来上がった。

 俺流の静丘おでんが完成。鰹出汁に牛すじの出汁を合わせ、醤油で味付けする。溶け出した大根やじゃがいもの野菜の甘みが加わると最高に美味しくなる。柔らかくなった牛すじはほろほろで、黒はんぺんは噛むほどに旨みを増す。おでんの黒いスープはご飯にかけても絶品である。薬味を付けないのがこだわりだ。

 りんのすけは静丘おでんを初めて食べたらしく、夢中になって頬張った。牛すじの最後の一つをひゅうがと取り合って、またジャンケン勝負が始まったが、今回はりんのすけが勝利を収めた。

 夕食を食べ終えると、りんのすけが軽い打ち合わせを始めた。

「今回は、進一くんが作った薬を使い、霊を可視化した状態で進める。それでも、霊感がなければ霊の言葉はわからない。和田に霊と話せるか試してもらいたい。撮影は今回も僕が担当する。荷物の運搬と力仕事は、つかさとひゅうがにお願いする。」

ここでりんのすけは、一度間を開けた。

「ここからが本題だ。この前専門家に解析してもらった映像のノイズ。そして、乱れた映像部分だが、解析済みのデータがここにある。」

俺は、ゴクリと唾を飲み込み、

「今からそれを見るのか?」と言った。

「嫌、やめておく。このデータをもらった後、解析を担当した専門家が錯乱を起こし、入院している。データと一緒に手記が入っていたので、今から読み上げるぞ。」

その場にいる全員が、真剣な顔でりんのすけの声に耳を傾ける。

「『解析完了致しましたので、データをSDカードに保存し送付致します。(中略)このデータを解析し、言葉の内容が分かった時に、私の体に何かが入り込んだような感覚が起こりました。これは、ホンモノかもしれません。視聴は自己責任でお願いします。』と言う事だ。」

 お互いに顔を見合わせる。少し間を置いて、俺は口を開いた。

「そんなに危険なら、行かない方がいいんじゃないか?」

りんのすけは、顎に手を当てて考えながら言葉を繋げる。

「そうだ。かなり危険だ。今日までずっと考えていたが、一番危険なのは地下室じゃないかと仮説する。まずは害が少なそうな少女の霊に、情報が聞き出せないか試す。せっかく集まってもらって悪いのだが、そこで情報が無ければ調査は打ち切りだ。危険度を下げるため人数が必要で、そのため今回はみんなに協力をお願いした。もし行きたくない者がいれば、降りてくれて構わない。今更こんな事を言って、困らせて、申し訳ない。」

りんのすけは柄にもなく頭を下げた。俺はりんのすけの背中に手を当てた。

「俺はりんのすけの補佐役だ。ビビりな事は自負しているが、降りたりしない。最後まで付き合うよ。」

りんのすけは、俺の顔を見上げた。続けてひゅうがと進一が口を開く。

「おれも手伝うよ!今日の試合はみんなの応援もあって勝てたと思う。その恩返しをさせてくれ!」

「これだけ人数がいれば、霊も簡単には襲って来ないってい仮説に僕は賭けるよ。意味深な動画を見たんだ。探究心はりんのすけに負けないと思うよ。」

 和田は、最後まで悩んでいたが、

「わたしがいないと、始まらないからね。仕方ない協力するよ。」と決断してくれた。

 りんのすけは、改めて頭を下げてお礼を言った。

「協力してくれて、ありがとう。」

 早めの就寝時間になり、みんなが寝静まった頃。俺の眠りが浅いうちに、りんのすけが小声で話しかけてきた。

「つかさ、起きてるか?」

「お、おん。起きてるよ。」

俺はむにゃむにゃと言う。

「すまない。起こしてしまったな。」

「なんか今日のりんのすけ変だぞ。謝ってばっかりだ。何か悩んでるのか?」

俺は隣の布団にいる、りんのすけの方に寝返りを打った。

「僕のせいで、入院させてしまったからな。」

弱々しい声でりんのすけが呟いた。

「別にりんのすけのせいじゃないだろ。そんな事になるなんてわからなかったんだから。」

「もしも、さらに皆んなを巻き込んだらと思うと怖いんだ。だが、今までは結果重視でしか生きてこなかった。結果にこだわる事と友達を巻き込む事を天秤にかけると……。経験が……僕には浅すぎる。正しい判断ができない。」

りんのすけは俺に背を向け、小さく震え始めた。俺はりんのすけの背中をさすった。

「やめろ。優しくするな。僕は、自分の事をを優しくされるに値する人間だと思えない。僕は最低な人間だ。」

りんのすけは背を向けたまま、俺の手を振り払った。

「正しいとか、正しくないとか俺にはわからない。でも……俺は…………。……。俺はりんのすけがやりたい事を応援したい。」

 うまく言葉が出てこなかった。自分の本当に思っている事を言うのが恥ずかしくなったからだ。

「ありがとう。ごめん。」りんのすけは小さく言った。




 俺は結局一睡もできなかった。何を言えば良かったのか。何で言いたい事を言わなかったのか。ぐるぐると考え続けていたら、起きる時間が来てしまった。

 りんのすけも寝ていない様で、この前の寝起きの悪さが全くなかった。

 ただ、昨日の弱気が嘘の様に、いつもの調子で偉そうにしていた。俺は普段と変わらないりんのすけを見ても、無理をしているんじゃないかと無駄に勘繰ってしまう。

 出発の時刻になる。それぞれ、動きやすい格好に着替え、荷物を持ち、車に乗り込んだ。

 車中、りんのすけとひゅうがと和田の三人が、ずっと他愛のない事で言い合いをしていた。俺は気が乗らず、狸寝入りを決め込む。

 心霊スポットに到着する。サソリさんは今回も車に残ってもらう。

 トランシーバーやヘッドライト等の装備品をそれぞれ整え、倒木を跨ぐ。すると、和田が何かを発見した。

「ちょっと止まりたまえ。あそこに中学生くらいの女の子がいるのだよ。」

「さっそくスプレーするよ。」進一が素早く薬を取り出し、幽霊を可視化させた。

 すると、おかっぱでセーラー服を着た女の子が姿を現す。

 俺とひゅうがは、驚き飛び上がる。ひゅうがはその後目を輝かせて「すげー!」と声を上げた。

「和田、話せるか?」りんのすけが言う。

和田は咳払いをして、少女に話しかける。

「夜分遅くに申し訳ないのだよ。聞きたい事があるのだが、よければ教えてくれないだろうか?」

少女はコクリと頷く。

 その場の全員が、安堵のため息をついた。

 りんのすけは、聞きたい事をメモにまとめていたらしく、和田にそれを渡した。

「ご協力感謝するのだよ。全部で三つ質問させてくれ。まず最初に、この先の平家はあなたのお家かね?」

また少女はコクリと頷く。

「次に、地下室にいる人達は君の家族かね?」

また頷く。

「最後に、君は誰に殺されたのだ?」

少女の口が動いた様に見えたが、声は聞こえなかった。和田は聞こえている様で、合槌を打つ。

「ふむ。なるほど。と言う事は、地下室の彼らも?そうか。それは辛かっただろう。なんと、そういう事か。ありがとう。ご協力の切に感謝するのだよ。辛い事を聞いて悪かったね。」

少女の霊は和田と話すと歩き始めた。

「なんて言っていた?」りんのすけがカメラを構えたまま聞いた。

「強盗に一家を殺されたらしいのだよ。地下室にいるのはご両親だそうだ。あの子の遺体の場所まで案内してくれるから、着いてきたまえ。」

和田は、少女の霊に着いて歩き始めた。俺たちも後に続く。歩きながら、俺が話した。

「父親が殺した話は警察の誤った判断だったんだな。」

それについて、進一が話す。

「現場の状況から判断したんだろうね。地下室には自殺した時に使ったと思われるロープはあった訳だし。」

「そうすると、地下室にいた霊に関しては謎が多いな。」俺は首を傾げながら言った。

「少女の目的地に着いたら何かわかるかもしれない。」りんのすけが呟いた。

 生い茂る草や枝を掻き分けながら、真っ暗な山道を登っていく。人数が多い分、明かりが多く前回より歩きやすかった。平家の裏手に周り、さらに奥の森に着くと、少女は地面を指差した。

「ひゅうが、今持っている荷物に携帯用のスコップが入っている。」

りんのすけが言うと、ひゅうがは「OK。」と荷物を漁り、折り畳まれたスコップを取り出す。

「掘り起こしても良いのかな?」

ひゅうがは、りんのすけに確認する。

「植木を移植しようとしたら偶然見つけたと言えば問題ないだろう。」りんのすけが淡々と返す。

 ひゅうがは指さされている土を掘り返し始める。湿った土の臭いが辺りに漂う。

 掘り終わるまでの時間で、りんのすけが新たな質問を少女に提示する。

「地下室にいる両親に、何か果たせなかった無念はあるか。聞いてくれ。」

和田が少女に伝えると、少し躊躇った後少女の口が動いた。

「ふむ。あの家が好きだから住み着いてるだけだと言っているよ。地下室にはもう行かないでそっとしてあげて欲しいそうだ。」

「そうか。それなら良いんだが。」

りんのすけは何か考え込んでいる様子だったが、それ以上の詮索はしなかった。

 ひゅうがは、スコップの先に何か当たったらしく「お?」と声を上げた。

 その後さらに掘り進めた後、ひゅうがは悲しそうな顔をした。皆んなに声をかけ、順番に穴の中を覗く。

 人骨が現れた。頭蓋骨と鎖骨が見える。俺はそれを見てとても悲しい気持ちになった。

 全員で黙祷を捧げる。

「日が登ったら、僕から警察に連絡する。」

りんのすけが冷静に言った。

 少女は何か言った後に、姿を消した。

「見つけてくれて、ありがとうと言っていたのだよ。」和田が涙を拭いながら言った。

「地下室はどうするの?」進一が聞く。

「行く必要は無いだろう。夫婦の時間を邪魔する権利は僕たちには無いからね。帰ろうか。」

りんのすけが言うと、皆んなで帰路に着いた。

 帰り道に、ひゅうがは不思議な事を言った。

「おれさ、あの子の遺体を見た時に、あの子の記憶みたいなのが頭の中に流れ込んできた気がしたんだよね。家の外まで逃げて、結局捕まってしまう感じのイメージ。曖昧だから、気のせいかも知んない。」

りんのすけは、ハッと驚いた後に、仮説を言った。

「ひゅうがは彼女と波長が合っていたんだろう。前回体調が悪くなったのも、彼女がひゅうがを地下室から出したかっただけ、と考えられる。霊と人は相性がある。波長が合うと、取り憑きやすくなるんだ。」

「じゃあ、やっぱり地下室には行かないで欲しかったって事かあ。悪い事しちゃったな。」

ひゅうがは頭を掻いた。

 俺はりんのすけのそばに駆け寄って、肩を回した。

「無事に終わって良かったよ。送られてきたSDカードは俺が部室まで持っていく。月曜日になったら、西条寺って言うお寺で封印でも浄化でも何かしらしてもらう。だから、気負わなくていいぞ。」

りんのすけは前を向いたまま、ほっとした顔をして微笑み、「うん。」と答えた。

 りんのすけの家に戻ってから、俺は眠ってしまった。気がついた時には朝になっていた。朝になると各々帰り支度を始め、野外部活動は解散となった。

 俺は、りんのすけからSDカードを預かり、一人で日曜日の学校へ行った。職員室で部室の鍵を借り、パソコンが入っている棚を開ける。一番奥の、暗くてよく見えない所にSDカードを置いた。

 そして、家に帰り学校の課題を片付けるのだった。まだ俺の頭の中には、自信を損失しているりんのすけが離れないままで。

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