第12話 貴方にとって、日常系アニメとは?

 暖かくなったり、寒くなったり落ち着かない気候の中で、桜は緑色の葉を付ける。入学式の時に咲いていた桜は、ほとんど散ってしまった。

 電車を降り、一本道の緩やかな登り坂を登ると学校が見えてくる。早朝に通学している時とは違い、生徒がたくさん歩いている。

 今日は、同じ学年の女の子には絶対に挨拶をする。と俺の中で決めていた。

 別に普段から挨拶をしていない訳ではない。積極的に挨拶をする方だと自負している。しかし、普段は事務的に挨拶しているため、相手の反応を気にした事がなかった。

 その反応を確かめ、俺の置かれている現状。学校生活内でのポジションを見極めたい。

 さっそく靴箱で、同じクラスの女の子と出くわす。意識すると照れくさいが、挨拶をする。

「おはよう。」

「あ、おはよう。」

女の子は挨拶を返してくれた。何だ、普通じゃないか。俺は女の子の方を見る。

 遠ざかる足音だけが聞こえ、姿は見えない。

 俺は考える。避けられたのではない、急ぎの用があったんだ。うん、そうに違いない。

 俺は階段を登り、教室へ向かう。

 教室へ入り自分の席に着くまでの間にすれ違う人全員に挨拶をした。そして、反応を確認した。 

 自分の席に座り、頬杖をつき考え込む。

(目を逸らす人、逃げる人、睨む人。この3つの反応しか見てないな。つまり、あれか。噂話が広まっているのは一部ではなく、クラス全体強いては学年全体という事か。)

俺は考えた出した結果に絶望し、机に突っ伏した。

 センチメンタルに浸っていると、肩をトントンと叩かれる。俺は頭だけ横に動かし、肩を叩いた相手を確認する。

「おはよう。つかさ、ちょっと話したいことあんだけど、良い?」

 こいつ、誰だっけ?マッシュルームみたいな髪型、優しそうな顔。りんのすけと同じくらいの背丈。

 俺はクラスで自己紹介をした時の事をなんとか思い出して、体を起こした。

「川島、で名前合ってる?」

「うんうん。合ってるよ。ごめんな、寝てるところ起こしちゃって。」

川島はしゃがんで、俺の机に手を置いた。

「クラスの女子がさあ。つかさの事にビビって俺のところに助けを求めてくるんだよね。今日は特に多くて。つかさって、俺から見たら悪いやつには見えないんだけど、話した事なかったから、おしゃべりしに来た。」

川島がニコニコと笑顔を向けた。

「川島。俺は悪いやつなんかじゃない。りんのすけの事を手伝ってるだけなんだ。ただの普通の男の子だよ。」

俺はまた机に突っ伏す。

「ははは。そうだよな。側から見てても、いろいろ振り回されて大変じゃないかと思ってたよ。」

川島は俺の背中をポンポン叩いて慰める。

「何で俺はビビられてるんだ。教えてくれ。頼む。」俺は顔を横に向ける。

「うーん。何考えてるかわからないとか、近寄りにくいとか、そんな些細な事だと思う。人間は理解出来ないものを恐れがちだろ?そう言う意味では、うーん。俺はつかさより、りんのすけの方が怖いけどね。」川島は冗談っぽく笑う。

「そうだ、そうだ。俺は無害の塊だよ。りんのすけの方が怖いって。」

俺が言い終えると、誰かに首根っこを掴まれた。喉が締まる。

「誰が怖いって?」

後ろを振り返るとりんのすけがいた。川島は馬鹿正直に言う。

「おはよう。今クラスの女子に一番恐れられてるのがつかさなんだけど、つかさに比べたらりんのすけの方が怖いよねって話してたんだよ。」

「ふーん。まあ、力は僕の方が強いからね。つかさが恐れられてる意味は全く理解できないよ。」りんのすけは、パッと手を離した。

「何とかしてくれよ。りんのすけが目立ち過ぎるから、俺は悪目立ちしたんだ。」

俺はため息を吐いた。すると、急にりんのすけは椅子の上に立ちあがり大声で話し始めた。

「全員耳を貸せ。つかさに変な噂を立ててるやつ、つかさを恐れているやつ、避けているやつ全員僕の前に来い。それが全て嘘だと証明してやる。以上だ。」

りんのすけはどっかりと、自分の席に座った。

 俺は冷や汗を流しながらりんのすけを咎める。

「ほんっっとうに!そう言うところだぞ!これじゃ逆効果だろう!」

「つかさに変な噂を立てる奴を、僕が気に食わなかっただけさ。」りんのすけはそっぽを向いた。

「はぁ。心配してくれて、ありがとな。あーあ。これでまた変な噂が立たないと良いけど。」

川島は俺たちのやりとりを見て、ツボに入ったらしくケラケラと笑っている。

「君たち、本当に仲が良いんだね。二人の事知れてよかったよ。またおしゃべりしに来るかも。じゃあ、俺自分の席に戻るね。」

「うん。いつでも大歓迎だ。ありがとな。」

俺は川島に手を振る。川島は笑い涙を拭いながら、席に戻った。

 朝のホームルームが始まる。朝一番に担任のおじいちゃん先生がみんなに謝った。

「みんな、すまん。クラス委員を決めるのをすっかり忘れておった。今から巻きで決めたいんだけど良い?」

 クラス内は笑い声が響いた。

 女子1名、男子1名の計2名を選出しないといけないらしい。

 クラスの女子が、りんのすけの方をチラチラと見る。

 りんのすけは人差し指を立てて言う。

「僕はやらないからな。」

「ほほ、立候補かと思ったらやらない宣言かい。先生がっかり。立候補したい人いるかね?」

 すると一人の女生徒が手を挙げた。メガネをかけ、おさげ髪の真面目そうな子だ。

「それじゃあ、女子は笹木で決定。男子はいないかの?」

「川島くんが良いと思いまーす。」

クラスのお調子者男が言った。それに続いて、男女問わず複数の生徒が賛同する。

「じゃあ、俺やってみようかな?笹木さんよろしくね!」川島は笹木さんに笑顔を向ける。

「それじゃあ、クラス委員は笹木と川島に決定。急で悪いんだか、今日の放課後、クラス委員の集まりがある。視聴覚室まで頼むよ。」

「はい!わかりました!」

川島は元気よく返事をした。




 昼休み。俺は基本的に一人で食べていた。一緒に食べてくれる友達がいない訳ではないが、グループがいくつか出来上がってから、誰と食べようか決めたかったからだ。

 それが悪手となり、変な噂がたった可能性は否めない。売店でパンを買った後、教室に戻り、今日の昼飯を誰と食べるか悩んでいると、川島が声をかけてくれた。

「つかさ、良かったら一緒に食べない?」

「川島、いつも食べてる人と食べないのか?」

俺は気を遣って聞いたが、正直一緒に食べたいと思った。二人で歩きながら屋上へ向かった。

「いっつも、女子のグループに誘われるんだよなあ。流石に男子の目が痛いから、逃げてきちゃった。クラス委員になったのも、押し付けられた感じだと思うし。」

川島は屋上のフェンスに寄りかかり苦笑いを浮かべる。

「モテるんだな。良い奴そうだから、当たり前か。」俺はカレーパンを一口囓る。

「いや、全然モテてないよ。妙なキッカケで女子と関わる機会が多くなっただけ。女子しかいない文芸部に無理矢理入部させられたし。」

川島は紙パックのリンゴジュースを飲んだ。

「それって、日常系アニメでよく見る奴じゃないか?」俺は驚き、目を見開いた。

「いやいや、日常系で言ったら、つかさの方がぽいけどなあ。金持ちの美少年と、サッカー部のアイドルと仲良いんだからさ。」

「一体何のアニメを見たらそう言う考えになるんだ?」

俺は頭の中にハテナがたくさん浮かんだ。

「はは、確かに、タイトル上げろって言われる難しいかも。うーん、まんが◯イム◯ららとかでよくある、日常系アニメの女の子を男の子にしたバージョンって感じ?いや、ちょっと違うかも。」

「川島、詳しいな。女の子しか出てこないアニメ、俺はあんまり見てないからわからなかった。」

「つかさの言ってる日常系アニメってさ、日常系ハーレムアニメってやつ?」

俺の中で衝撃が走る。

「嘘だろ、別ジャンルなのか?」

「いや、大きい括りで言ったら日常系アニメで間違いないよ。」

俺は衝撃ついでに、自分の思い描いていた高校生活について、川島に相談した。

「小さい頃から見てたら、そう思っちゃうのも仕方ないよなあ。俺は中学の頃からアニメを見始めたから、共感してあげられないのが申し訳ないよ。でも、体育祭とか学園祭とか盛り上がるイベントを通して、彼女の一人や二人出来るんじゃないか?」

川島は大きな器で俺を受け止めた。俺は感動のあまり、川島にハグをした。

「うわ、急にどした?」

「本当に良いやつだな。つい嬉しくなった。」

「大袈裟だなあ。つかさって普通のやつだと思ってたけど、面白いやつなんだな。それに良いやつなのはつかさの方だろ?」

川島はハグしたまま、俺の背中をポンポンと叩いた。

 この日から、俺と川島は一緒に昼飯を食べる仲間になった。

 それから一週間が経った、ある日の火曜日。俺は川島と一緒に屋上で昼飯を食べていた。楽しく談笑していると、屋上のドアが開け放たれ、どっちが先に屋上に入るかで揉めてる人影が見えた。

 俺はその見覚えのある人影に話しかけた。

「ひゅうが、りんのすけ、何やってんだよ。」

りんのすけがひゅうがの体を押さえ込み、涼しい顔で屋上に出てきた。ひゅうがは、すぐに立ち上がり、走って俺の前まで来る。

 二人同時に俺の名前を呼んだ。

「「つかさ。」」

声が被った後、お互いに睨み合う。

「おれが先に声かけたし!」

ひゅうがは頬を膨らまして、ムスッとした顔になる。

「僕が先だっただろう。どう考えても。」

りんのすけは鋭い眼光をひゅうがに向ける。

「わあ。相変わらず人気者だね。」

川島が茶化す。俺は頭を悩ませてから、恐る恐る言う。

「俺は後とか先とか関係なく二人の話が気になる。うーん。とりあえず、ジャンケンするとか、どう?」

 俺の提案を聞くと、二人の顔が戦闘モードに入る。ひゅうがは、狼の様な殺気を纏い、りんのすけは獅子の様な殺気を纏った。

「「ジャンケン、ケン、ポン!」」

お互いグーのあいこだ。またお互いが睨み合う。

「「ジャンケンポン!」」

ひゅうがはグー、りんのすけはチョキ。

「っしゃあ!」グーをそのまま頭上に掲げた。

 りんのすけは、舌打ちをした後、腕組みをしてそっぽを向いた。

「あのさ、今度の土曜日、サッカー部の練習試合なんだ!応援に来てくれよ!」

ひゅうがは無邪気に俺に言う。りんのすけは、目を見開いて話に割って入る。

「だめだ、今度の土曜日はオカルト研究部の活動をする。勝手に決めるな。」

「りんのすけの方こそ、勝手に決めるなよー!どっちに行くのか決めるのは、つかさだろ?」

二人は火花を散らせて睨み合う。

 なんて事だ、俺はとんでもない板挟みを喰らってしまった。

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