第10話 憑かれたなんて、言わないで。
家の中に家族が誰もいない。俺は家族の名前を呼びかけながら、家中を探す。
なぜか真っ暗で灯りがない。電気のスイッチは反応なし。
二階から一階に降りる。やはり、誰もいない。キッチンの中に入ると、床下から風が吹いている。
床下収納の蓋を開けると、階段があった。俺は何の疑問も持たずに、階段を降りる。
地下室というより空洞の様な空間が広がると。布団の上で、知らない女の人が刺されて殺されている。
天井からぶら下がった宙ぶらりんの男の人が、ゆらゆらと揺れ、ゆっくりと体がこちらを向き、俺と目が合う。
急に男の顔が目の前に近づく。
『コロス……。』
血走った目の男が、ほとんど声にならない様な苦しい声で言った。
ガバっ!
俺はベッドから飛び起きた。寝汗でぐっしょりだ。
(最悪な夢を見た。)
また早起きをしてしまった。とりあえずシャワーを浴びよう。
髪を乾かし、着替えを済ませ、一階に降りる。
朝ごはんを作っていると、起きてきた母親はまた二度寝をしに戻る。
弟が降りてきた。また手を後ろに組んでいる。弟はキッチンにいる俺のところに近づいて言った。
「おはよう。なんだか、久しぶりに見た気がするのう。」
「部活が泊まり込みの長丁場になってしまった。会いたかったよ。」
俺は弟に笑顔を見せる。
「けっこう、けっこう。良かったら、わしにも友人を紹介してくれんか?暇な時で構わんぞ。」
弟は言いながら、食卓に座り、テレビをつけた。ニュース番組が流れる。
「うん。もちろん。また、泊まり込みの部活があるかも知れない。母さんにそれとなく伝えておいてくれないか?」
「構わんぞ。ママは兄様を信頼しておるから、あまり心配はしておらん。が、危ない事はほどほどにな。」
弟は俺にウインクをした。俺はギクッと冷や汗が出る。何かバレてそうだけど、適当に誤魔化そう。
「大丈夫だ。そんなに危ない事はして無いよ。」
弟はニコニコと笑顔を向けた。俺は音のならない口笛を吹いて、フライパンを揺らした。冷や汗がたらりと垂れる。
ご飯を食べ、早めに学校へ向かう。
結局、昨日の夜だけでは宿題をやり切れなかった。上位の進学校って課題が少ないと勝手に思っていたが、うちの高校は違うらしい。
教室はまだ鍵が閉まっていた。職員室で鍵を借り、再び教室に戻ると、りんのすけと鉢合わせた。
「おはよう。りんのすけ。課題やったか?」
「もちろんだ。さてはつかさ、課題が終わらなかったな。」
りんのすけは腕組みをして、言う。俺は恥を承知で、りんのすけに深々と頭を下げた。
「頼むりんのすけ!写させてくれ!」
「構わないよ。はい。」
りんのすけは課題のノートを革の鞄から取り出して、俺に渡す。俺は丁寧に両手で受け取る。
「ありがたき幸せ。」
教室に入り、課題を写す。しばらくして、りんのすけは「屋上に避難してくる。」と言い、窓から姿を消した。
その直後ドアが勢いよく開かれ、西条寺さんが姿を現したが、想い人の姿がないと確認するとどこかへ立ち去った。
これが日常の光景になるの、嫌だな。
課題をほとんど書き写すと、次にひゅうがが教室のドアを勢いよく開けて入ってきた。
「つかさ!課題写させて!」
ひゅうがが、頭上で拝みながら頭を下げた。
「りんのすけ様のだけど、良かったら一緒に写そう。」俺はひゅうがにも見える様にノートの向きを変える。
「わぁぁ。りんのすけ様ありがたやぁぁ!」
ひゅうがは俺の机で一緒に写し始める。
鐘が鳴る前に、何とか写し終え、ひゅうがは自分の教室に戻って行った。
ホームルームが始まる直前、肩をトントンと叩かれた。後ろを振り返ると、和田がいた。
「つかさ君だったか?君、腕に趣味の悪いブレスレットを付けている様だけど、授業が始まる前に外したまえよ。」
メガネをカチャカチャと上げながら、和田が俺に言う。俺は自分の両腕を確認するが何もない。
何の事か聞く前にホームルームが始まってしまった。そしていつの間にか、りんのすけは自分の席に戻っている。
昼休みに、進一に心霊スポットであった事を話した。心霊は専門分野では無いと言っていたが、心霊映像に興味はあるらしい。今日の放課後、部室に顔を出してくれる様だ。
ついで、今朝の出来事も進一に話してみた。和田に言われた事についてだ。
「それって、和田に霊感がある可能性があるんじゃ無いかな?」
進一は言った。確かに、何で気づかなかったんだろう。和田をただのアホ人間だと決めつけていた。
「そしたら、俺の腕に何か取り憑かれてるって事か?」
俺は腕をぶらぶらさせて、取り憑いているかも知れないものを振り払おうとした。進一は真顔で言う。
「真偽はわからないけど、そんな事で取れたらお祓いはいらないね。」
「うっ……。厳しいご意見だ。放課後、和田にも心霊映像を見てもらえる様にりんのすけに相談してみるよ。」
帰りのホームルームが終わり、俺はりんのすけに耳打ちで伝える。
「りんのすけ。和田が今朝俺に何か憑いてるって言うんだ。あいつ、もしかしたら霊感があるかも知れないぞ。」
りんのすけは、その言葉を聞くやいなや、帰ろうとする和田の肩を掴んだ。
「?!な、何をするのかね!?ちょ、ちょちょちょ……うわーーー!?!?んむぐ。」
和田がテンパるのをよそに、りんのすけはどこからともなく出したロープで和田をぐるぐる巻きにして拘束する。そして、和田の口の中にティシュを詰め込みフィニッシュ。
「さあ、部活の時間だ。」
りんのすけはドヤ顔で決めポーズを取り、ずるずると和田を引きずって部室に向かう。俺と進一は、その後ろをついて行く。
部室にあるパイプ椅子の一つに、和田を置き、和田の目の前にノートパソコンをセットした。パソコンの画面が見える位置に、それぞれパイプ椅子を移動させて座る。
りんのすけはビデオカメラからSDカードを取り出し、ノートパソコンに差し込む。りんのすけが軽く説明する。
「昨日の深夜に心霊スポットへ行った。その時に撮った映像に何箇所か違和感がある。まずは最初から最後までノーカットで見てもらう。」
全員黙って(和田は喋れないだけだが)録画映像を見守る。
一時間以上の長い映像を全部見終わると、りんのすけが和田の咥えてるティッシュを取り除いた。
「それぞれ、これを見た感想を言え。」
りんのすけが言う。和田が声を荒げて叫ぶ。
「これは拉致監禁だぞ!犯罪だ!っぐ。」
りんのすけが和田の頬を片手で鷲掴みにする。
「感想を言え。」りんのすけが、和田を睨みつけながら圧をかける。
「っくぅ……。これは誰と行ったんだ?四人いた様だが。」
和田はしぶしぶ口開いた。俺が答える。
「廃墟には俺とりんのすけとひゅうがの三人で行ったが、車を運転してくれた人はりんのすけの使用人だ。四人目はどこに見えた?車の運転席か?」
「いや、廃墟に徒歩で向かっている時も、廃墟の中も帰り道もずっと中学生くらいの女の子が一緒にいただろう。小さい子をこんな深夜に連れ歩くなんて感心しないのだよ。」
「それ、幽霊だな。」俺が俯きながら言う。
「ああ、幽霊だ。」りんのすけは顎に手を当てながら言う。
「和田、本当に霊感あるっぽいね。人体実験させて欲しい。」
進一が、治安の悪い事を淡々と言う。
「ちょっと待ちたまえ。わたしに霊感なんかないね。からかうのも大概にしたまえよ!」
和田が縛られながら、尻でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「映ってる所を教えてくれないか?」
俺は和田の拘束を解き、和田はパソコンを触る。映像を戻して一時停止し、指を差す。
「ほら、ここにいるのだよ!ぐぇ。」
和田を押しつぶす形で、みんなでパソコンの画面を凝視する。
「んー?なんか映ってるか?」俺は目を細めて見る。
「何となく、和田が指し示してる場所が、周りの景色より若干黒いモヤになっている、かも?」進一は首を傾げながら言う。
「和田、地下室の映像を見ろ。」
りんのすけが、パソコンを操作し再生する。
「このシーン……君たちは挨拶もしないとは、礼儀がなっていないのだよ。」
和田がメガネをくいと上げて言う。
「誰に挨拶してないの?」進一が聞いた。
「ほら!ここ!あと、ここ!」
汚れた布団の上と、地下室の角の方を指し示す。俺は鳥肌が立った。
「進一君、霊の場所がわかったなら、霊を可視化出来る薬が使えるって事で間違いないね?」
りんのすけが、何か企んだ顔で言った。進一がこくりと頷く。
「この前の科学部見学の時に作りすぎちゃったから使いなよ。」
進一は鞄から切りスプレーボトルを取り出す。中に禍々しいピンク色の液体が入っている。
「和田、今日からお前はオカルト研究部員だ。おめでとう。」
りんのすけは立ち上がり、座っている和田を見下ろしながら高らかな拍手をした。
「誰が何の何だって?!」和田がテンパリながら返す。
「和田が入ってくれると、俺助かるな。見えないより見える方が、恐怖心も少なくなりそうだし。助かるー。ありがたい。」
俺は大袈裟に和田に言った。和田はまんざらでも無さそうな顔をして、
「ふふふ。まあそうだろうな。この偉大なわたしが入部すれば百人力、いや、百万人力だろう!ハッハッハ!!」
和田が高らかに笑い声を上げる。ちょろいな、こいつ。と俺は思ったが口にしない様に気をつけた。
りんのすけは、パソコンを落としてSDカードを取り出すと、
「また日を改めて、『斎藤さん家』に行く。映像の乱れた所とノイズについては、専門家に解析を依頼する。本日の部活動はこれにて終了だ。」
と言い、自分の鞄にしまった。
「次はいつ部活をやるんだ?」俺がりんのすけに聞く。
「解析が終わり次第だな。また連絡する。」
りんのすけはサッサと部室を出て帰ってしまった。
「なあ、和田。俺の腕に、まだ何か憑いてるか?」俺は和田に聞いた。
「ああ、左腕に付いているよ。」
「これ使う?」進一がさっきの水切りスプレーを取り出す。
俺の腕に、一回吹きかける。すると、小さな手が腕を掴んでいる形が浮き上がってきた。
「ヒィィ!」俺は腕を振り回した。
「色が変わっただけに見えるがね。」和田が俺の腕を見る。
「元々見える人には、そう見えるんだね。霊体は電磁波だって言われてる。霊感のある人は、電磁波を感じ取って眼に見えてるらしいから、その電磁波の波数等を変化させ、特殊なインクをつけることで誰にも見える様にしてる。」
進一が解説してくれた。
「お祓いする道具とか、ないのか?」
俺は怯えながら聞いた。
「お祓いは専門外だよ。お寺に行くしかないんじゃないかな?」進一が淡々と返す。
「そらなら、西条寺に行けば良いのではないかね?」和田が謎のポーズを決めながら言った。
「え、西条寺?」俺は聞き覚えのある名前に、つい反応してしまった。
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