第9話 這い寄る、影。

 応接間に再び入ると、りんのすけが指示を出す。

「玄関の方角の壁が棚で見えない。棚を動かせ。」

 俺は荷物を下に置き両手を開ける。ひゅうがは手に持っていた懐中電灯を口に加えた。二人で棚をずらし、手が入るスペースを作る。

「前にずらすぞ、せーの。」俺は掛け声をあげる。

 ズズズズと棚を引きずる音が響いて反響した。棚を動かし切るより前に、りんのすけが指パッチンをして、「当たりだな。」と言った。

 棚を一つ動かし終えると、穴が見えた。もう一つの棚も動かすと、穴の中に地下室へ続く階段があった。ひんやりとした風が、肌に張りついた。

 俺は棚を動かし終わってから、りんのすけの後ろに移動して地下室の入り口から距離を取った。

「すっげー!インディー・ジョーン◯みたいだな!宝が出てきそー!」

ひゅうがは目を輝かせて言った。

「お宝映像が撮れるかもな。」

りんのすけはカメラを構えたまま腕組みして、フフフと笑った。こいつら、メンタル強すぎる。

 俺は恐怖心からか、この地下から漂う冷気に凶々しさを感じた。鳥肌が止まらない。正直もう帰りたい。

「行くぞ。」りんのすけが俺の左腕を掴んだ。強制連行である。ひゅうがは俺の後ろに続く。

「ま、待って。まだ心の準備が。」

俺が震えた声で言うと、ひゅうがは俺の右手を握って、

「みんな一緒だから、大丈夫!」

と言った。逃げ場を失っただけな気がした。(あ、そういえば、荷物置きっぱなしだな。)と思い出したがここまで来たら引き返せない。

 土壁の地下階段を降りて行く。当然真っ暗で、りんのすけの懐中電灯が先頭を照らしている。時々水の滴る音がする。

 急にひゅうがが立ち止まり、俺とりんのすけも歩みを止めた。

「何かあったか?」りんのすけが聞く。

「うーん。気のせいかも知んねえ。なーんか後ろに誰かついてきてる気配、するような?」

ひゅうがは首を傾げた。

「怖いこと言うな!」

と俺はひゅうがと繋がってる手を少しグイッと引っ張る。ひゅうがが、「悪ぃ悪ぃ。」と苦笑いを浮かべた。

 りんのすけはしばらく後方を撮影した後、また階段を降り始めた。

 地下室というより空洞の様な空間が広がる。周りを照らして確認する。

「ヒィッ……。」俺は小さい悲鳴をあげた。

 照らした先に、黒ずんだシミのついた布団が敷かれていた。りんのすけも何か見つけたらしい。上の方を見ながら呟く。顔は強張っていた。

「ロープが吊り下がっている……!」

俺とひゅうがも上を確認する。天井や壁は雑なコンクリートで固められている。その天井に漁業で使う様な大きな鉄製のフックが刺さり、そこからロープが垂れていた。ロープは途中で千切れ、千切れた破片が床に散乱している。

 ひゅうがは「ウッ。」とうめき声をあげ、おでこを手のひらで抑える。その後うずくまってしまう。

「頭、痛くなってきた。」

俺はひゅうがに駆け寄って、顔を覗き込む。顔色が悪い。さっきまでの元気がなくなっていた。

「りんのすけ……。」と言いかけた俺の言葉に「わかってる。引き上げるぞ。」重なる様にりんのすけが言う。

 俺とりんのすけはひゅうがに肩を貸しながら、上に戻る。


ザッザッザッザッザッザッザッザッ


 後ろから足音が近づいてくる。どんどん音が大きくなる。姿は見えず、音だけが確かに聞こえる。

「付いてきてる……!」

俺がりんのすけに言う。りんのすけは舌打ちをして、ひゅうがをおんぶした。

「走るなよ。逃げてると思われたらどこまでも追いかけてくる可能性がある。」

ひゅうがをおんぶしながら、俺の手をぎゅっと握る。

「わかった。」

俺はりんのすけの手を握り返す。

 地下室を出ても足音は止まなかった。俺は置き去りにしてしまった荷物を回収し、屋敷の玄関へ向かう。

 出る時に、俺とりんのすけは「失礼しました。」と一礼した。

 車の方へ向かう時も足音は聞こえた。足音は俺たちの横に並んだり、前からだったり、いろんなところから聞こえた。

 倒木とサソリさんが運転してくれた車が見えてきた。倒木を跨いで脱出する。

 サソリさんはすぐに車から出て、りんのすけはひゅうがをサソリさんに預ける。

「ん?あれ、おれどうしたんだっけ?」

サソリさんに支えられているひゅうがの顔色は、地下室にいた時よりもだいぶ良くなっていた。

 足音は聞こえなくなった。

「大丈夫か?」

俺は心配で声をかけた。

「うん、だいじょぶ。急に頭痛くなって声が聞こえたんだよ。コロスとか、ゴメンネとか。」

ひゅうがは、上を向いて思い出しながら話した。りんのすけが口を開く。

「あそこに何かいるのは間違いないな。一度ビデオを確認する。ひゅうが、一人で立てるか?」

「うん。」とひゅうがは返事をする。

りんのすけは、俺が持っている荷物から塩を取り出し、ひゅうがの両手首と両足首に撒いた。

「肩に撒くんじゃないんだな。」

俺が言うと、りんのすけが説明した。

「肩は守護霊や先祖霊が憑いているからな。良い霊や神への冒涜になる。悪霊は基本的に手首や足首を掴んでくるらしい。」

りんのすけと俺も念のため塩を撒いた。

 その後一度車の中に戻り、みんなでビデオを確認する事にした。

 りんのすけがひゅうがに回し蹴りを決めた後、倒木の方にカメラが向いた。倒木の向こう側に一瞬何か映る。俺は一時停止して少し巻き戻してもらう。

「これなんだ?」

俺が画面を指差す。倒木の奥に小さい黒いモヤが映っている。りんのすけは再生時間をスマホにメモする。

「後で調べよう。」と言い、再生ボタンを押す。

 その後も、屋敷に向かう途中で見かけた光が不自然な動きをして消えたり、屋敷の玄関から外を映した時に小さい黒いモヤがあったり、ラップ音がしたところなど違和感があるところを徹底的にメモを取る。

 地下室のシーンになる。ロープが映った後、ひゅうがに異変が起き、カメラがひゅうがを向くとノイズが入って、映像が乱れ、声が途切れ途切れになる。ノイズ音に紛れて、声の様なものが聞こえる。

 その後のシーンは特に何もなかった。

「こわ……。」俺はつぶやいた。

「これだけ何か映れば、取り敢えず一人検証は無しだ。少し危険すぎる気がする。」

りんのすけは、言いながらビデオカメラをしまう。

「つかさ、月曜日の放課後、部室に集合だ。」

「なんかわかったら、おれにも教えて!」

ひゅうがが言った。俺は二人に頷いた。

 一旦、心霊スポット『斎藤さん家』の探索は終了した。

 りんのすけの家にまた戻って、夜が明けるまで泊まらせてもらう事にした。

 しかし、三人とも全然眠れず、リビングでサソリさんと一緒にインディー・ジョーン◯の映画を見て過ごした。

 映画を見終わると、みんなで二十四時間営業のスーパーへ行って、朝食の材料を買う。

 俺は映画を見ている時も、買い物をしている時も、頭の中にずっとビデオカメラに映っていた黒いモヤや地下室の景色がこびりついていた。頭がボーッとする。

 りんのすけの家で、俺が朝食を作っている時に、卵焼きを少し焦がしてしまう。

 それでも、みんな美味しそうに食べてくれた。みんなの笑顔を見ていたら、少し心が和んだ。

 日曜日はりんのすけとひゅうがの三人でゲームセンターやカラオケに行って遊んだ。

 最初に安い服屋でそれぞれ適当な服に着替える。

 その後、ゲームセンターで、一通り遊ぶと、例のストーカー少女西条寺さんの気配を察知し、カラオケに逃げ込む様に入った。

 カラオケで一番点数が高い人はカラオケ代を払わなくても良いと言うルールで、採点バトルを全力で楽しんだ。俺とりんのすけが僅差で争い、最終的に俺が勝った。

 帰る頃には、みんな心霊スポットであった事を深刻に考えずに済んでいた。気が紛れたし、純粋に夢中で楽しんでいた。

 家に帰って、寝る支度をしている時に俺は最悪なことを思い出した。

「学校の課題、何もやってねえ……。」

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