第5話 俺の初デートが残念すぎる。

 次の日の土曜日。待ち合わせ場所の静丘駅前、竹千代像の前に着いた俺は、スマホでりんのすけに『着いたぞ』と連絡を入れた。竹千代像は小さめで、待ち合わせスポットとしては人気がないため、周りに立ち止まっている人は俺しかいなかった。

 本当に女になって来てたらどんな顔をして会えば良いんだ、と俺は不安でいっぱいだった。

 この場所から、駅の大きな出入り口が見える。暇なので、そこに行き交う人たちを眺める。

 すると、真っ白いワンピースを着た女の子が出て来た。目を奪われる様な美少女だ。黒髪のショートカットボブが陽に照らされてキラキラと輝く。

 少女の近くに黒いスーツの男が3人いる。少女はその男たちに、何か伝えると、一人きりになった。その後、俺の方に向き直り、一直線に歩いて来た。

「おはよう。」

少女は髪をかき揚げ、腰に手を当てて偉そうに俺に言った。声は完全に男だった。

「お前、りんのすけか?!」

「うるさい。あの女が近くにいたらどうするんだ。完璧な変装だとしても、名前を言われたら気が付かれるだろう。」

俺の口に人差し指を押し当ててくる。

 どうやら、薬は使わずに女装をして来たらしい。元々丹精に整った顔立ちだと言うのもあって、女装も様になっている。

 デート経験ゼロの俺は、男だとわかっていても緊張してしまう程だ。

「スーツの男は何者なんだ?」

俺は頭を掻きながら、明後日の方向を向いて言った。

「僕の護衛だ。母上が心配性でな。必要ないと追い払っていたんだ。」

「普通こんなに可愛い娘を一人には出来ないだろう。」

反射的に、思った事が口から出た。

「あっ……。」と気がついた時には遅かった。

「僕は男だ。いくら完璧な変装だからと言って、変な気を起こすんじゃないぞ。」

りんのすけは顔を真っ赤にして怒っている。それを見て、冷や汗が止まらなくなる。

「いやいやいや、今のはコトバノアヤというか、何というか。ハハハハハ……。」

 俺が必死に取り繕っていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、西条寺さんが立っていた。

 俺は恐怖と驚きで、飛び退いてしまう。

「りんのすけ様の声が聞こえましたわ。近くにいらっしゃるのなら、速やかに教えなさい。」

「いや、気のせいじゃないか。俺は今からこの子とデートだから。」

 俺は淡々と、なるべく冷静に嘘をつくと、りんのすけにふくらはぎを蹴られた。普通に痛い。

 その後、りんのすけは俺の腕に抱きついて、

「早く行こう?」

と、俺を見つめながら裏声で言った。

 りんのすけは、俺よりも少しだけ背が低いため、顔が近くなる。ヤバい、可愛過ぎて直視できない。あの変人男だと頭ではわかっているが、この可愛さは反則だろう。

「あら、邪魔をして悪かったですわね。ごきげんよう。」

西条寺さんは、くるりと回って、颯爽と帰って行った。

 姿が見えなくなったのを確認して、りんのすけは俺を押し退けた。俺は転びそうになる。

「ニヤニヤするな。変態め。」

男声の小声で、りんのすけは吐き捨てた。

「うるせーよ。でも良かった。進一の薬使わなくてもそれだけ変わってたら、バレないもんなんだな。」

「僕は、自らが実験台のモルモットにはなりたくないからね。あと、今日は僕の名前を言うな。別の名前で呼べ。」

りんのすけは腕組みして、顎を少しあげ、偉そうに言った。

「んー。そうは言ってもなあ……。リンちゃんとか?」

「それで良い。早く行くぞ。」

りんのすけ、もといリンちゃんはツカツカと先に歩いて行ってしまった。俺はその後ろを、急いで追いかけた。

 まず最初に来た店は、家電量販店だ。情報収集をするためにノートパソコンが欲しいらしい。ついでに、手っ取り早く資料を印刷できる様にプリンター。部室を快適に過ごすための、電気ケトル。リンちゃんは、他にも電子レンジや冷蔵庫を欲しがったが、流石に俺一人で運べる量を超えるため、妥協してくれた。リンちゃんの方が確実に怪力だから、少しは運んで欲しいが……。見た目は女の子だから、今回は許そう。

 支払いは全てリンちゃんがしてくれた。親からブラックカードを持たされているらしく、それで必要なものは何でも買えるらしい。

 とはいえ、部活動の備品はみんなで使うものだ。これは借りを作ったという事。俺はそう勝手に思い込む事にした。

 すでに両手が荷物で塞がった。店員さんが大きいレジ袋に、ノートパソコンと電気ケトルを入れてくれたおかげで、まだ少し持つ余裕はある。

 リンちゃんは、それを見越してか、次のお店に向かった。俺は置いていかれない様に、必死に後ろを追う。

 百貨店の地下へ行き、ティーパックのお茶とお茶菓子を適当に買う。リンちゃんは、あまり値段を見ない。お茶もお菓子も高級なものばかりで、金銭感覚の差を見せつけられた。

「つかさ、欲しいお菓子を買ってやる。選べ。」

リンちゃんにいきなり言われて、俺は迷ってしまう。

「うーん。あんまりデパ地下の高級菓子を食べないからなあ。俺はポテチとか、煎餅みたいな庶民の味が好きだ。」

「ふむ。なら、食器を買うために百円均一に向かう。そこで選べ。」

リンちゃんは、また歩き出した。

「へえ。りんのす……リンちゃんって百均行くんだな。そういうのに縁がないと思っていた。」

俺は、百貨店の紙袋を電気屋のレジ袋に入れ、リンちゃんを追いかける。

「一人暮らしをする時、使用人から『百円均一で小物はだいたい揃う』と教えて貰ったんだ。あそこは、食品も食器も消耗品も何でもあって素晴らしい。」

リンちゃんは、少しテンション高めに、楽しそうに言った。

 昔テレビ番組で、金持ちが初めて百均に行って感動してるのを見た事がある。金持ちからしたら、百均は一目置かれる存在なんだな。

 百均に着くと、ギリギリ空いてる右腕でかごを持つ。その後、リンちゃんは俺に手招きした。

「自分のティーカップを選べ。僕はこれにする。」

リンちゃんの手には、無色透明なガラス製のティーカップとソーサーのセットが持たれていた。

「それ、百円じゃないぞ。」

俺は、値札を指差しながら言った。

「これが三百円なら破格だろう。」

「そうか。それじゃあ俺はこれかな。」

俺はくすんだ青色のマグカップを手に取り、かごに入れた。ついでにリンちゃんが選んだ、ティーカップもかごに入れる。

「進一の分も買っていこう。リンちゃんはどれが良いと思う?」

「そうだなぁ……。ん?これ進一くんに似てないか?」

淡い緑色の背景に、灰色の猫が描かれたマグカップを指さした。何を考えているのかわからない表情が、何となく進一に似ている。

「本当だ!これにしよう。ふっ。進一の顔を思い浮かべたら、なんか笑えてきた。」

俺が笑うと、リンちゃんも釣られてハハハと笑った。幼い少女の様な、少年の様な顔になる。

 リンちゃんの表情に見惚れている事に、ハッと気がつく。

(これって外から見たら、完全にデート中のカップルだよな。)と考えたら、俺は少し恥ずかしくなった。

「お菓子選んで来る。ここのお会計は俺が持つから、お店の外で待っててくれ。」

俺は、猫のマグカップをかごに入れ、照れ隠しに早足で店内を移動した。

 女装してる男と一緒に買い物なんて、変な感覚だし、見た目が良いから調子が狂ってしまう。

 平静を取り戻して、買い物を済ませると、店の外にいかにもチャラそうな男2人組がリンちゃんに近づいて行くのが見えた。

 持っていた荷物をその場に置き、急いで向かう。

「ひとりでお買い物してたんですか?よかったら、俺たちとお茶しましょうヨォ。」

チャラ男が、リンちゃんの腕を掴む。リンちゃんが睨みを効かせる。と同時に、俺はチャラ男の腕を払いのけ間に立った。精一杯のガンを飛ばして言う。

「俺の友達に、勝手に触ってんじゃねえ……です。」

「はぁ?お前に用無いんだけど。邪魔してんじゃねえ。殴るぞ。」

「やれるもんなら、やってみろ。」

強がって言ってしまった。チャラ男は思い切りパンチをかます。俺の顔面にクリティカルヒット。鼻がなくなった感覚。後ろによろけ、倒れかける。リンちゃんが俺の体を支える。

「ばか、何をやってるんだ。」

リンちゃんは、俺の姿を見て、うろたえて言った。少し声が震えている。

「……暴力沙汰は勘弁だ。一旦逃げるぞ。」

小声で俺に伝えると、いつもの俵抱きをし、近くに置いた荷物を高速で回収すると、ものすごい速さでその場から立ち去った。

 リンちゃんはしばらく走り、街中にある公園に着く。俺をベンチに座らせ、荷物を下ろした。

 ウィッグを脱ぎ捨て、りんのすけは息を整える。りんのすけは、ウィッグネットと汗のせいでオールバックになっていた。ワンピースをたくし上げ、股を開いて俺の隣に座った。りんのすけは、汗でびっしょり濡れていた。

「すまん。なんか居ても立っても居られなくなった。」

俺はあまりの格好悪さに情けなくなり、項垂れて下を向いた。すると、鼻血がポタポタと垂れてきた。

「弱いくせに無茶をするな。ほら、こっち向け。」

俺は言われるがままに向いた。心配そうな顔で、俺の鼻にハンカチを押し当てる。

「イテテ。出来たらもう少し優しくしてくれると嬉しい。」

「文句を言うな。僕が手当をするなんて普通はないんだからな。感謝しろ。」

「はい。すんません。」

色々と申し訳ない気持ちが込み上げて来た。情けない。恥ずかしい。悔しい。

 俺が落ち込んでいるのに気がついてか、りんのすけは口を開いた。

「おい。そんな情けない顔をするな。胸を張れ。自分より強い者に立ち向かう事は常人では出来ない。君は……かっこよかったぞ。」

俺は顔を上げる。思ったより、顔の距離が近かったが、りんのすけは動じなかった。ただ真っ直ぐな、綺麗な目で俺を見つめている。俺も真っ直ぐ見つめ返した。

 そのまま、りんのすけは笑い出した。ツボにハマった様に、腹を抱え、肩を震わせている。

「……俺の顔、変になってたか?」

「いや。フフフ……。違うんだ。つかさの顔を見たら、安心して力が抜けた。ハハハハ!どうやら僕は本気で君を心配していたみたいだ。フフフフフ……。」

幼い少年の様に無邪気な笑うりんのすけを見て、俺も気が抜ける。落ち込んでいた事は全てがどうでも良くなった。

 俺もおかしくなり、りんのすけと一緒に大笑いをした。

 ひとしきり笑った後、荷物を学校に置きたいと言う事になったが、私服ならまだしも女装では学校に入れない。俺たちは一旦、りんのすけの家に寄り、着替えを済ませてから学校へ向かう事に決めた。

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