第4話 二つの研究。
第四話くらい
入学式の放課後。りんのすけは、部活新設の交渉に歩き回っていた。空き教室探し。顧問探し。新設の認定をする責任者探し。そして、部活に勧誘するための人材探し。
交渉云々は得意分野で、教室、顧問、部活新設申請はすぐに終わった。
その後、教室に荷物を取りに戻る途中、理科実験室の前を通りかかると、異様な匂いを感じた。教室の窓から中を覗く。
すると、進一が謎のドロドロとしたピンク色の液体から煙が出ているフラスコを持っているのが見えた。それをスポイトで少量取ると、自分の右肩に落とす。液体は煙になり背後霊が浮かび上がる。
その場にいた他の生徒は動揺し、実験室から逃げ出す者もいた。
と言うのが、りんのすけから聞いた進一に纏わるエピソードだ。進一も否定していなかったから、だいたい本当なのだろう。
それを言われても、にわかに信じ難い事だ。ただ少しだけ、信じている自分がいるのも事実で、俺が過去に一回だけ見た実験の産物は、俺が身を持って体験してしまったからだ。
りんのすけの流れに乗って、俺も進一に纏わるエピソードトークを話した。
中学二年の頃。ある日の放課後。確か季節は、寒くなり始めたばかりの冬だった。
帰宅部だった俺は、校舎からグラウンドを沿って校門へ向かう途中、サッカー部員の蹴ったボールが目の前を横切るのを見た。俺は、サッカー部員に「取ってくる。」と合図をして、ボールを追いかけた。
校舎横の薄暗いところに、ボールは転がった。俺は上下黒の学ランで、少し汗を浮かべながら、走った。校舎横に着くと、いじめの現場を目撃する。
ガタイの良い六人くらいの男が、進一をいじめていた。進一は、服が乱れ鼻血を流している。いじめ主犯格のゴリラみたいな男が、進一を殴ろうとした瞬間に、俺は叫びながら庇いに行った。
「やめろーー!!」
ドンッという鈍い音と共に、俺は腹を思い切り殴られる。痛みで声が出ない。
「この気味の悪いチビの友達か?タッパはあるが、弱っちいな!?一緒にボコってあげるよぉ。」
周りの男たちは笑い、またゴリラ男が俺を殴ろうとする瞬間。後ろにいた進一が、俺の口の中に無理矢理何かを突っ込んだ。思わず飲み込んでしまう。
「オラァァ!!」
俺は両腕でガードする。……あれ、さっき程痛くない。
俺は意を決して、ゴリラに殴りかかった。大きな下顎にクリーンヒット。ゴリラは吹っ飛び、後ろにあった木にぶつかった後、気を失った。
周りの金魚の糞達は、一斉に俺に殴りかかる。なぜか攻撃がゆっくりに見える。これ、蜘蛛男の映画で見たやつだ。
全ての攻撃を避け、軽くジャブを浴びせると、いじめっ子達は全員倒れた。
一安心して、短く息を吐く。サッカーボールを拾ってから、進一の方を向く。
「お前、俺に何か飲ませただろ?」
「うん。僕の発明品。ごめんね。副作用はないし、数分経てば効果はなくなるから、安心して。助けてくれてありがとう。」
進一はふらふらと立ち上がる。俺は進一の体を支える。
俺が戻って来ないのを心配してか、サッカー部の一年が、校舎横に来た。
「大丈夫ですか?ヒィッ……。」
後輩は、倒れているボロボロのいじめっ子達と、その真ん中で立っている俺を交互に見た後、走って戻っていた。
そこから、俺が不良だという噂が学校中に広まったが、体育祭の時のへっぽこぶりを見て、すぐに噂は無くなった。
「ふーん。進一君の作る薬に適応した事があるのか。面白い。」
りんのすけは、俺の話を聞き終わると、何か企んだ顔で自分の顎を触った。
「でも進一君が飲めば済んだろう?」
りんのすけは、進一に向けて疑問を提示した。進一は淡々と答える。
「僕が自分で薬を使うと、いじめっ子達が逆上してまた襲ってくるんだ。つかさに助けられたおかげで、いじめは無くなったよ。」
「そうだったの?」
俺はキョトンとする。りんのすけは、ハハハと笑って俺に言う。
「やるじゃないか。ヒーロー君。」
話をしている間に、昼休みの時間は終わった。
三人で教室に着く直前、先頭を歩くりんのすけは、俺たちに向き直って言った。
「放課後、五階の旧薬品管理室に来い。会議をする。」
「場所がよくわかんないから、一緒に行こう。」
俺は二人に言う。進一は自分もわからないと言う様に首を傾げた。りんのすけは、少し間を空けて答える。
「良いだろう。でも、文句は言うなよ。」
言葉の意味がわからず、俺と進一は同時に首を傾げた。
廊下で立ち話している間に、鐘が鳴る。三人は自分の席に急いで着く。
そして、言葉の意味がわからないまま、放課後を迎えた。ホームルームが終わると、クラスの男達がザワザワし始めた。ドアに目をやると、西条寺さんがこちらのクラスを覗いていた。
「あー、なるほど……。」
と、俺がりんのすけが言っていた事がわかった頃、後ろの席から思い切り抱き上げられた。
「うわっ!!」
俺が驚いたのも束の間、俵抱きされた後、高速で進一も俵抱きされる。薄々気が付いてはいたが、こいつかなりの怪力だ。片手で支えてるとは思えないほど、安定している。
「りんのすけ様!!!」
西条寺さんが、りんのすけ目がけて腕を伸ばして走り寄ってくる。りんのすけは、舌打ちした後、ものすごい速さで窓から飛び降りた。
「うあぁぁあ!!!しぬぅう!!!!!」
俺はつい大声で叫んでしまう。りんのすけは、
「うるさい。」
と不機嫌に言って、綺麗に着地し、走って校舎裏に回った。
「なんで、西条寺さんから逃げるんだ?!」
俺はりんのすけに担がれ、揺られながら聞いた。進一は、二回目だからかえらく落ち着いて大人しくしている。
「あの女に捕まったら、殺されるからだ。」
りんのすけは校舎をぐるりと回って、玄関に入ると、階段を駆け上がって、五階の旧薬品管理室のドアを乱暴に足で開ける。部屋に入ると同時に、抱えていた俺たち放り投げた。
俺は顔でスライディングした後、奥の壁に頭をぶつけて停止した。
「オブッ!!痛え……。」
俺は顔と頭を庇って起き上がる。進一は、投げられると同時にでんぐり返しをして立ち上がった。
旧薬品管理室は、空き教室の様だ。通常の教室の半分の大きさで、空っぽの棚がいくつか並んでいる。部屋の中央に、茶色い長机が二つくっついて並び、その周りにパイプ椅子が合計で5つ並んでいた。
りんのすけは、教室のドア鍵を内側から閉め一息ついた。その後、一番近くにある『お誕生日席』に位置する椅子に座った。
進一は、りんのすけから少し離れた、右サイドの椅子に座り、俺は逆サイドのりんのすけに近い椅子に座った。
「なんで殺されそうになるんだ?」
俺は乱れた服を整えながら言った。りんのすけはめんどくさそうに答える。
「過去に、バレンタインでもらったお菓子に毒を盛られたり、いきなり抱きつかれて締め殺されそうになったり、僕の一部が欲しいと言って刺し殺されそうになったり。恐ろしい女だ。この学校に来るのも、あの女と別の高校に入るためだったが、何故かあの女も来ていた。」
「それって、ストーカーじゃん!だからヘリ通学なのか?」
俺は驚きながら、同情しながら聞いた。
「いや、ヘリは純粋に楽なんだ。渋滞がないからね。まあ、今となっては結果オーライか。」
りんのすけは、頬杖をついた。
「ふーん。あ、でも昨日はストーカーされなかったんだな。」
俺は机に肘をついて、りんのすけの顔を覗く。りんのすけは俺と目が合うと、頬杖しながらそっぽを向いた。
「つかさは質問が多いね。まあ、良いけど。昨日あの女は、家の事情で休んでいたんだ。だから、面接の時間も作れた。世間話はもういい。本題について話させてもらう。」
りんのすけは、ブレザーの胸ポケットからスマホを取り出した。ブランドものっぽい高そうな茶色い革のスマホケースに、有名ブランドのハイスペックスマホが見えた。
スマホをしばらく触った後、画面を俺に向けた。そこには、全国高校オカルト研究部発表大会の公式サイトが載っていた。
「僕がやりたい事はこれでは無いが、目標があった方がやりがいが出る。だから、この大会を目指して研究を進めていく予定だ。」
俺はりんのすけのやりたい事が気になって、りんのすけの目を見ると、質問するより前に教えてくれた。
「やりたい事は、超常現象や心霊現象を記録して、原因を研究する事だ。前も言ったが、僕は今まで不自由な生活の中で生きてきた。」
「え!あの話って本当だったのか?」
「話を遮るな!」りんのすけは俺に手の平を向け、制する。そして続ける。
「僕はこの国で一番大きい財団の嫡男だ。だから、不自由な事が当たり前過ぎて、自分自身が不自由である事に気が付かなかった。そんな時、父上の本棚をこっそり覗いて見つけたオカルト漫画を読み、魅了されたんだ。そこから、隠れて調べていくうちに、興味がさらに膨らんだ。それで、こそこそ隠れて調べなければならない不自由さを覚え、高校の三年間だけ自由をもらう事が出来た。だからこの貴重な時間を使って、気になる事は徹底的に調べ上げる。」
りんのすけは、拳を掲げて締め括った。俺は思わず拍手をする。
「ご清聴感謝する。」
「それで、まず何から始めるんだ?心霊現象を直接体験したり、録画出来ないと何も始まらなさそうだが……。ちなみに、俺はそう言う体験はゼロ。」
俺は腕組みをして、考え込む。
「つかさが意外にもやる気な様で、僕は嬉しい。」
りんのすけは、優しく俺に微笑んだ。美少年の微笑みが眩しくて、俺は目を逸らす。
「一度頼まれた事は、責任もってやり切るのが俺の性分だ。」
「霊感のある者が、この部には足りないな。進一君、そう言う薬は作れないのか?」
進一の方に目をやると、いつの間にかフラスコやら試験管が並び、何かの実験を静かに始めていた。
「作れなくは無いけど、幽霊が見えるだけじゃなくて、他の能力も覚醒しちゃいそうかな。それでも良ければ。」
謎の実験を進めながら、進一は答えた。
「それは、なんか怖いな。」
俺は苦笑いしながら言った。りんのすけは、自分の顎を触りながら考え込んだ。
「霊感は共感能力が高い者に出やすい。脳の機能を一時的にでも覚醒させるのは、リスクが高いか。それは、奥の手にしておこう。念の為、いくつか用意はしてくれ。」
りんのすけは、やれやれと首を振りながら言った。
「この試作品が出来たら作ってあげる。」
「それって、何を作ってるんだ?」
俺は気になり、進一に投げかける。進一は手を止め、俺の方を見て答えた。
「男が女になって、女が男になる薬。一時的にしか効果はないけど。」
「なんか、色んな意味で危なそうな物を作ってるな。何に使うんだ?」
「面白そうだから、何となく作ってるだけ。」
進一は無機質に答え、また研究に戻る。
「……話を戻そう。つかさ、明日の土曜日は空いているか?」
机の上に載せた俺の腕を、りんのすけは軽く引っ張った。俺はりんのすけの方に向き直る。
「ああ、空いてる。」
「買い物に付き合え。この部室に足りない備品を調達する。」
「わかった。でも、西条寺さんにまたストーカーされないか?」
りんのすけは、うぅ……、と言葉を詰まらせた。
「進一の作ってる薬借りて、女の子になればバレないんじゃないか?」
俺は冗談で笑いながら言った。
冗談が通じなかった様で、何か閃いた表情を俺に見せた。
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