第3話 男友達の様子がおかしい。

 地元では有名な、安くて美味しい洋食屋さんへ、ひゅうがを連れて行く事にした。

 木造で、少し洒落た洋風な建物で、住居と一体型になっている。小さい時から、よく知っているお店だ。

 店に入り空いているテーブル席に、向かい合って座る。ひゅうがは、目を輝かせながら店内を見まわし俺に話しかけた。

「ねえねえ、つかさ。おすすめのメニューってある?おれ、お腹ぺこぺこでさ。」

「そうだなあ。何でも美味いけど、たくさん食べたいなら、このミックスグリルかな。量が多すぎて俺は食べ切るのに苦労した。」

 メニューを開いて、ミックスグリルの写真をひゅうがに見せる。ハンバーグと、ステーキ、エビフライ、フランクフルトが乗ったがっつりメニューだ。それぞれ全部大きいサイズだが、このボリュームで1500円という破格の値段設計。しかも、ライス付きで大盛り無料。

 ひゅうがは、写真を見るとお腹の音を鳴らしていた。ミックスグリルとライス大盛りにするらしい。

 俺はそこまで食べられないから、たらこスパゲッティを頼むことにした。

「ひゅうがは、いつから部活始まるんだ?サッカー部に入るんだっけ。」

「うん!そうだ!昼休みの時、顧問の先生に確認したら、新入生は明日から練習出来るって言ってたな。」

「試合がある時は言ってくれ。応援に行く。」

「まじ?めっちゃ嬉しい!絶対誘う!」

ひゅうがは、太陽の様な笑顔でニッコリ笑った。

「まだちゃんと謝ってなかったな。今日は、変な事に巻き込んで悪かった。」

俺はひゅうがに頭を下げた。ひゅうがは、俺の頭を両手で持って無理やり起こした。

「全然巻き込まれてねーし。そんなに謝るなって!昨日はおれの方こそ巻き込んじゃったしさ。」

「でも女苦手なのに、女ばっかりだっただろ。面接の時に怖い思いさせてしまった。」

俺は申し訳なく、少し俯きながら言うと、ひゅうがは顔を真っ赤にした。俺なんか変な事言ったか。

「つかさは、悪くねえよ。女の人と一定の距離を取れば、全然話せるんだけど。この距離っていうのは、心の距離って言う意味な!ただ、こう、めっちゃ距離を詰めて来たり、一方的にたくさん話されると、思考停止しちゃうって感じ。だから、もう、謝るな。」

 視線を逸らし、早口でひゅうがは言った。いつもより少し声も小さい。

 しばらく、気不味い空気が流れる。

 空気を変えるために話題を考え、俺は何とか口を開く。

「そういえば、入学式の時に代表挨拶してた人いるだろ。ひゅうがってもしかして、その人と同じクラスだったりする?」

「ああ。西条寺さん、だったかな。うん、おんなじクラスだけど……。」

思い出しながら話していたひゅうがは、急にハッと目を見開いて俺の方を見た。

「もしかしてつかさ、西条時さんの事狙ってるのか?!」

「んなわけあるかい!」

つい突っ込んでしまった。ひゅうがはホッとした顔を見せた。俺は続けて言う。

「その人、今日の朝りんのすけの前で豹変してたんだよな。りんのすけは、西条寺さんが来た瞬間に一瞬でどっかに逃げて行ったけど。」

「それ、クラスのやつが噂してたなー。その二人って、めちゃくちゃな金持ちの生まれみたいでさ。西条寺は、りんのすけの許嫁候補を狙っている……みたいな内容だった。」

話し終わると、料理が運ばれて来た。

 料理を食べながら、他愛もない話をして、お店を出る。さっきの何とも言えない空気は、完全になくなり、和気藹々と帰路に着く。

 最寄駅に近くなったところで、ひゅうがに、

「りんのすけってやつに、迷惑かけられそうになったら俺に言って!また手伝うから!」

と真剣な顔で言われた。そう言ってくれる人が近くにいるのは、心強かった。

 先行きの不安は、昨日より増しているが、深く考えずに、楽観的に行こう。



 次の日。今日は、金曜日だ。乗り切れば、土日休みで安息の時が来る。

 今朝は、普通の時間に登校した。教室に入ると、りんのすけの姿は見えないが、机の横に茶色の革製スクールバッグが掛かっている。俺の普通のスクールバッグと違って、高級そうだ。    

 彼は昨日みたいに、鐘が鳴るまでは何処かに隠れているのか。

 一番前の席の左角に、進一の姿を見つけ、挨拶をしに行った。開口一番、「大変そうだね。」と同情の言葉をいただいた。進一も、今の俺の状況を何となく把握しているようだ。

 無理もない。昨日の謎バトルは、今朝の流行話題で、俺は耳を塞ぐ事に精一杯だ。当人の和田は、自分が話題に上がっている事に満足してか、自分の席で常にドヤ顔をしている。

 なるべく話題を変えよう。そういえば、進一は気になる部活があるって言ってたな。

「僕は、化学部を見に行ったよ。あんまり思ってたのと違ったけど、自由に実験研究はして良いらしい。」

中学時代、同じクラスになった事はない。ただ、進一が作った発明品を目の当たりにした事は、一回だけあった。

「やりたい事が出来るなら良いな。入部する予定なのか?」

「まだ、考え中。やりたい事は、最悪1人でも出来るから。」

進一は、唇を尖らせながら言った。そろそろ予鈴が鳴る時間。俺は進一に、応援の言葉をかけ、席に向かう。

 振り返ったその時、1番後ろの窓から、りんのすけが入って来た。俺は驚き身動いだ。

 目が合う。俺と目を合わせたまま、彼は席に着くと、「座れ。」と言わんばかりに、俺の席を手の平で示す。言われなくても座る。

 自分の席に座ると、後ろの席から紙切れを渡された。そこには、『昼休み中庭に来い。』と書かれていた。毎回命令口調なのは、金持ちだからなのか。もしくは、単純にりんのすけの性格なのかはわからない。

 断るのも一苦労だと前回で学習した。何が起こるかわからないのが怖いが……。そうだ。わからなければ聞けば良い。俺は思い立ち、紙切れの空いているところに『何をするの?』と書いて、後ろに回した。りんのすけは、受け取った後、後ろの席から身を乗り出し、俺に直接小声で耳打ちした。

「ナイショ。」

後ろを振り返ると、りんのすけは唇に人差し指を当てて、ニヤリと笑っている。何かわからないが、りんのすけが楽しそうでなにより。俺は気の抜けた苦笑いをした。




 昼休み。俺は売店に寄って、コロッケパンとあんぱんを、自販機でミルクティーを買ってから中庭に向かった。

 この高校の校舎は大きい。全てを見て回った事はないが中庭の場所は知っていた。一階の靴箱近くには、ロビーの様なスペースがあり、そのまた奥に中庭がある。中庭には、間隔を空けて幾つかベンチが置かれている。

 俺は、空いているベンチに適当に腰掛け、パンを食べながら待つ。

 しかし、パンを食べ終わってもまだ来ない。

 もしかしたら、ここ以外にも中庭があるのか?と、少し不安になりソワソワしていた時に、頭上から何かが落ちてきた。それは、俺の目の前に着地する。

 俺は驚き、飲みかけのミルクティーを溢してしまった。

 目の前に落ちてきたのは、りんのすけだった。人間を左肩に片手で抱えている。脚がこちらに向いているので、誰かはわからなかった。

「お前、目立つ事をしないと息ができないのか?」

俺はため息をついた。りんのすけは、ぴしゃりと言う。

「お前ではない、りんのすけと呼べ。」

「はいはい、わかったよ。りんのすけも、貴様じゃなくてつかさって呼んでくれ。で、その抱えてる可哀想な人は誰だ?」

俺はぶっきらぼうに言った。りんのすけは、無言でそれを両手で持ち直し、垂直に立たせた。立たされた人物は、ふにゃふにゃとその場に座り込んだ。

「つかさ、こいつをなんとかしてくれ。死ぬかと思った。」

進一だった。口調はいつもの調子で無機質だが、服装が乱れて、ズボンからシャツが出ていた。

「こいつではない、りんのすけと呼べ。」

「進一!大丈夫か?!」

仁王立ちするりんのすけをよそに、俺は進一に駆け寄った。進一から事の経緯を聞くと、昼休みになって、りんのすけに声をかけられ、逃走を試みるも捕まり、俵抱えをされ、そのまま二階の廊下の窓から飛び降り今に至るらしい。

「僕は、この進一くんの力が欲しい。つかさ、説得してくれ。」

りんのすけは仁王立ちのまま言った。

「進一、りんのすけの事は気にするな。俺が何とかするから。」

俺は進一に、耳打ちして言った。進一は、しばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「つかさ、一人で何とかしようとするの、かっこいいけど、悪い癖だよ。それに僕は、この人が目立ちすぎて怖いから逃げただけ。」

そう言うと、その場に立ち上がり小さな手で握り拳を作った。りんのすけの方に向き直る。

「一つ条件がある。その条件が飲めないなら協力しない。」

「わかった。条件を教えろ。」

りんのすけは、少し屈んで進一と目線に合わせる。俺は威圧感のすごいりんのすけを見て、少し引いた。

「僕の実験の邪魔しないって条件。」

どんな状況でも、声色が変わらない進一には、正直感心する。

「良いだろう。契約成立だ。」

りんのすけは、少し屈んだまま自分の右手を差し出し、進一は握手を返す。

「それで、何を協力して貰うつもりだったんだ?」

俺は一安心して、りんのすけに聞いた。

「進一くんの作る薬や道具で、オカルト研究部の発展を進めるんだよ。」

りんのすけは、少し声を抑えて言った。

「入学式の日に化学部で実験してるところ、見てたんだね。」

進一は小さくため息をついた。

「え?オカルト研究部とその実験ってどう繋がるんだ?」

俺は状況が読み込めず、首を傾げた。

「見えないものが見える薬、作れるだろ?」

りんのすけは怪しい笑顔で言う。

「うん。それに僕に作れない物は多分ないよ。」

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