第2話 選ばれたのは、俺でした。

 目覚ましが鳴るよりも前に、目が覚めてしまった。気持ちがソワソワして、あまり寝付けなかったからだ。

 昨日出会ったインパクトのある人物達が、頭の中に残っている。変人に囲まれていたら、俺は空気人間のモブキャラで3年間が終わる。目立ちたい訳では全くないが、このままで良いのかをずっと考えてしまう。現実の厳しさを目の当たりにした様な感覚が残っていた。

 まだ母親は起きてきていない。

 気を紛らわせるために、朝ごはんを作ることにした。

 パジャマのまま一階に降り、冷蔵庫を開ける。残っている材料で作れるものを探す。卵焼きと、たくあん、味噌汁のメニューが浮かぶ。お米を炊く時間もありそうだ。手際良く米を研いで、炊飯器のスイッチを入れた。鍋に水を入れ、火にかける。沸くまでの間、キッチンカウンターからテレビを見る事にした。

 しばらくすると、母親が下りて来た。

「あら、悪いわね。」と軽くキッチンを覗いた後、また部屋に戻って行った。

 俺がたまに朝ごはんを作ると、母親は決まって二度寝をする。

 またしばらくすると、弟が下りて来た。

「おはよう、兄様よ。今日は何を作ってくれるのかね。」

幼稚園生の弟は、後ろ手を組みながらリビングに入って来た。

 うちの弟は、何に影響されたのか、お爺さんの様な話し方をする。言葉を覚えた時から、この話し方の原型みたいなものは出来ていた。家族でこの話し方をする人はいないから、多分テレビの影響だろう、というのが家族の中での共通認識だ。

「おはよう。日本らしい朝ごはんにするつもりだよ。卵焼き、甘いとしょっぱいどっちが良い?」

「甘いが良いな。」

「OK。30分後くらいに出来上がるから待っててくれ。」

 甘い卵焼きを選ぶとは、やっぱりお子様だな。可愛いやつめ。

 料理の合間に、歯磨きをし、弟と2人でご飯を食べ、また歯磨きをし、洗顔やら着替えやらを終わらせた。

 昨日よりもかなり早い時間だが、やる事もないので、早めに家を出て学校へ向かうことにした。

 可愛い弟が、お見送りしてくれた。それだけで、早起きは三文の徳だなあ、と噛み締めた。

 校門が見えてくる頃。やはり、朝練習がある部員くらいしか、この時間はいなかった。それでも校舎は開いているんだから、学校の先生と言うのは、大変な職業だな。

 靴を履き替え、教室のドアを開ける。

 流石に、早い時間だから、ドアまでは開いていないだろうと読んでいたが、読み違いだった。

 先客がいたのだ。

 ドアを開けて、教室を見るとヤツがいた。俺の後ろの席の、ヤツだ。自分の席にどっかりと腰掛け、腕組みをし、への字口をした美少年がそこにいた。

 教室には、りんのすけと俺の二人きりである。とても気まずい。

「おはよう。早いんだな。」

無視されるのを覚悟で、声をかけた。いや、かけてしまった。俺のお人好し。

「貴様を待っていたのだ。」

「へえ?」

気の抜けた間抜けな声と顔で言ってしまった。その後、刹那の時間差で来た驚きに、自分の表情筋が力むのがわかった。

「えええええ?!」

自然とデカい声が出た。

「うるさい。今何時だと思ってるんだ。」

睨みながら指を刺された。

「朝の7時くらいかな。」

「何アホな事を言っている。」

りんのすけは、呆れた様に肩をすくめ、短いため息をついた。その言葉、そのままお返ししたい。

「まあ、いい。本題を述べよう。貴様は今日から、我がオカルト研究部の一員だ。」

「ん?すまん。意味がわからない。入部してくれって事か?」

聞き間違いだと思い、聞き返す。

「違う。今日から一員になったと言う事だ。おめでとう。」

りんのすけは少し上を向きながら、拍手をした。

 これは、強引な勧誘や詐欺などの域を超えて、なぜか強制的に入部させられているという事か。

「ちょっと待ってくれ。昨日会ったばかりの、しかも一度も会話を交わしていない俺を、なぜ入部させる?」

状況が受け入れられず、つい早口になってしまう。

「廊下に居た見ず知らずの人間に、貴様は手を差し伸べていただろう。世話好き。お人好し。お節介。」

腕組みをし直して、淡々と言う。もしかして、朝っぱらから堂々と悪口言われてる?

「そんな貴様に、僕の補佐を任せよう。」

机に肘をつき、指を組み、ニヤリと笑う。

「なるほどな。わかった、辞退しよう。」

俺は、こいつに良い様に使われ、ボロ雑巾の様に働かせられる未来が見えた。そもそも、こいつの事をよく知らない。他にも入りたくない理由はあるが、入りたい理由は、一つもなかった。

「いいや、これは決定事項だ。部活新設の申請用紙の副部長欄に、貴様の名前を書いた。もちろん受理されている。」

どこからともなく、一枚の用紙を取り出し、俺の目の前に突きつけた。

「何勝手な事してんだよ!そもそも、部員2人で新設なんか出来ないだろ。」

俺は、りんたろうの手を払いのけて言った。

「これから増えるのだから問題ない。それに、上に話は通してある。認定の印があるだろう。」

払いのけた手を元に戻して、また目の前に突きつけてきた。

「僕が決めた事は、絶対だ。」

りんのすけが勝ち誇った顔で言った。これは、どうすれば回避できるのか。ない知恵を必死で絞る。その時、教室のドアが勢い良く開いた。俺はドアの方を振り返る。

「りんのすけ様!いらしてたんですね!あなたの愛しの西条寺ですわ。」

それは、入学式で代表挨拶をしていた美少女だった。昨日の凛とした顔立ちとは打って変わって、いかにもなメロメロ顔。

 しかし、一瞬で凛とした顔になる。

「貴方、りんのすけ様をどこに隠しましたの?」

「いや、ここにいますよ……。」

言いながら、りんのすけのいた場所を見る。しかし、跡形もなく居なくなっていた。

「うそだろ?!」

俺は驚いて、机の下を覗く。どこにもいない。教室をぐるりと見渡す。すると、席から1番近い窓が、開いていることに気がついた。外からの風でカーテンが膨らんでいる。

「ふん。今日のところは、ひとまず引き上げます。貴方、変な真似をされていたら、許さないですからね。」

西条寺さんは、怖い顔でぴしゃりと言い放ち、長い髪を振り、颯爽とどこかへ行ってしまった。

 朝っぱらから、酷い目に会うとは誰が予想出来ただろうか。ほんの少しの時間で、疲れてしまった。

 りんのすけがどこへ行ったのかを探すより、確実な断り方を考える方を優先し、鐘が鳴るまでの間、1人で悩む事にした。

 鐘が鳴ると同時に、りんのすけはどこからともなく現れた。いつの間にか、何事もなかった様に席についていて驚いた。

 しかし、その後は特に話しかけてくる事もなく、普通に授業を受けていた。

 俺は結局、放課後になっても、断る策は何も思い付かなかった。

 ホームルームが終わると同時に、「まだ帰るなよ。」と、後ろの席から小声で耳打ちされた。

 俺としても、申請書を破棄し、自由の身になってから帰るつもりだったさ。

 とりあえず、椅子をひっくり返してりんのすけに向き合い、話しをする体勢を取る。座り直す時、変人がりんのすけに話しかけた。

「さあ、昨日の約束を果たす時だ。」

七三分けの変人和田が、メガネを上げながら、座っているりんのすけを見下ろした。

 教室に残っている数人の生徒達は、和田とりんのすけの方に注目し、何が始まるんだとざわつき始めた。

 りんのすけは、和田を見上げ、その場に立ち上がった。和田はヒョロガリの高身長で、りんのすけよりもかなり背が高いが、威圧感では完全に負けていた。

 教室の中は、廊下から聞こえる雑音だけになる。

「いいだろう。受けて立とう。」

りんのすけは仁王立ちし、和田を睨みつけた。和田はニヤリと笑う。

 二人のやりとりに注視している俺の肩を、後ろからトントンと、叩かれた。振り返ると、ひゅうがが居た。

 ひゅうがは、この教室の異様な雰囲気を感じたのか、眉をひそめながら、俺に小声で話しかけた。

「今日夕飯行こうって誘いに来たんだけど、こいつら何か始めるの?」

「わからない。俺はとりあえず、こっちのイケメンの方に少し用事があるから、終わるのを待っているところだ。飯に行きたいが、いつ終わるのかわからない。そんなに時間はかからないと思うが。」

「OK!それなら待ってるよ。」

ひゅうがは指でOKの形を作った。その後、近くの空いている席に座る。

 和田は、りんのすけに握り拳を突きつけて言い放つ。

「勝負内容は、これだ。かっこいいポーズバトル。どちらがいかにかっこいいポーズを取れるかを競う。ジャッジはそうだな、そこの君、お願いするよ!」

そして和田は、俺の方を指差した。教室の人達が、一斉に俺の方を見る。

「俺?!」

何だか今日は、やけに変人に絡まれる。

 りんのすけは、和田から目を離さずに言った。

「公平なジャッジをしろよ。」

 こんな意味不明なバトルに、俺を巻き込まないでくれと心底思った。しかし昔から頼み事を断れない男だった。ため息をつきながら、変人二人に返事した。

「わかったよ。俺の主観で良いんだな。」

「「もちろんだ。」」

和田とりんのすけの声が重なった。

「じゃあ、時間ないから三番勝負で。用意スタート。」

 俺が号令をかけると、即座に和田が動いた。ブレザーの胸元を両手で掴み、大股で両膝を外側へ90度に屈伸して停止する。全然かっこよくないポーズだ。

 そのほんの少し後、りんのすけは和田と全く同じポーズを取った。同じポーズを取っているはずなのに、何故かものすごくかっこよく見えた。顔と背筋が良いからか?

 俺は判決を下した。

「一回戦りんのすけの勝ち。次、用意スタート。」

 また即座に和田が動く。脚を伸ばしたままクロスさせ、右手は下顎を通り左耳たぶを掴み、左手は頭上を通り右耳たぶを掴み、首を横に向ける。とても残念なポーズだ。

 さっきと同じ流れで、りんのすけはポーズを真似する。違う点は、流し目で目線だけ相手に向けているところだ。それだけの違いなのに、妖艶に見えた。結果は言うまでもない。

 3回戦も同じ流れで、りんのすけが勝ち、和田は惨敗した。

 勝負が決した時、和田はその場に崩折れ、涙を流した。りんのすけはドヤ顔で仁王立ちし、和田を見下ろす。

 俺は、和田を慰めるために体が動きそうになるが、何とか抑え込む。

「うぅ。今回は負けを認めよう。しかし、まだ一度しか勝負をしていない。次こそは負けないのだよ!」

そう言い残して、和田はフラフラと教室を出て行ってしまった。

 気がついたら、廊下にも観客がいた様で、大道芸の演目が終わった後の様に、観客はバラバラと解散して行った。

 アホらしい勝負だが、二人の真剣さとりんのすけのオーラで、馬鹿にする者は一人もいなかった。

 りんのすけは、自分の席に座り腕組みをし、俺の方を見ながら言った。

「今から、オカルト研究部の面接を行う。教室の中の人間を追い出し、机を並べ替えろ。」

「その事なんだが、やっぱり俺はオカルト研究部に入部したくない。」

俺はきっぱりと断った。それを聞いて、りんのすけは深いため息をついた後、俺に返した。

「僕の夢なんだ。僕は今まで英才教育を受け、不自由な生活を強いられてきた。でも高校生活の三年間だけ、自由な時間を許されたんだ。そこで、前々から興味のあったオカルトを研究したいと思い、部活を新設した。一人では不安な事も多い。貴様の力が必要だ。俺を助けてくれ。」

りんのすけは、悲壮にまみれた顔を俺に近づけて言った。こいつ、俺の弱点を全て理解している!いや、そんな事を考えるのは間違っているのかも知れない。だって、こんなに困った顔をしているんだもの。

「あーもう。……そこまで言うなら、仕方ない。わかったよ。俺もオカルト研究部に入る。ただ、面接に時間を割けない。ひゅうがを待たせているからな。」

りんのすけは、さっきの表情が嘘の様な厳しい顔でひゅうがを見る。ひゅうがは苦笑いで、りんのすけに手を振った。りんのすけは、厳しい顔のまま俺に視線を戻す。

「ふん、良いだろう。そもそも、そんなに時間はかからないよ。待つ場所がないなら、そいつの同席は許すが、そいつの口出しは無用だ。」

「ありがとう。早く始めよう。で、面接対象者はどこにいるんだ?」

「後5分後に面接を開始すると、面接希望者に伝えた。あまりに多かったので、最初の1人に伝えた後そこから他の者にも伝達する様にしたよ。」

「それって、本当にすぐに終わるのか?」

「僕に二言はないさ。」

何か考えがあるような、自信満々の笑みを浮かべた。

 その後すぐに、使わない机を後ろに下げ、面接官用の椅子と机を三セット、面接者の椅子を一つセットし、面接会場を整える。その間、りんのすけは窓に寄りかかって、腕組みをするだけだった。代わりにひゅうがが手伝ってくれたため、すぐに準備出来た。

 三人で椅子に座り待つ。真ん中の俺はぼーっとし、左隣のりんのすけは腕組みへの字口で、右隣のひゅうがは大人しく座っていた。時間になると、ドアがノックされた。俺は気を引き締め、最初の面接希望者に大きめな声で言った。

「どうぞ。」

女の子が入って来た。隣のクラスの子なのか、面識は全くない。

 面接のよくある流れをこなし、女の子は椅子に座る。

 りんのすけから、小さな紙切れが渡された。そこには一文だけ、

『好きな人物を言わせろ。』

と書いてあった。

 俺は咳払いをして、面接官っぽく淡々と言った。

「では、面接を始めます。質問です。好きな人物はいますか?」

すると、女の子は顔を赤くし、もじもじと体を動かして小さな声で言った。

「……りんのすけ様です。」

それを聞くや否や、りんのすけが口を開く。

「ありがとう。しかし、失格だ。廊下で待機している者に伝えてくれ、僕目当てで来ている者は帰ってくれと。それでも、同じ質問をし、同じ反応をする者が入って来た場合、僕は君を含めた全員を敵とみなす。」

とても穏やかな言い方だが、どこか殺気が混ざっていた。

 空気がピリピリとし、緊張感が走る。

 女の子は、小さく悲鳴をあげ、急いで廊下に出て行った。

 俺はどれだけの人が並んでるのか気になり、ドアを開け、廊下を覗いた。すると、廊下の奥にある階段まで長蛇の列が出来ていた。この教室は廊下の端に位置しているため、本当に長い。しかも、ほとんど女の子だった。

 面接を受けた子が、並んでいる人達にりんのすけの言葉を伝えると、列は無くなった。

 ぽつんと女の子が1人だけ残っている。その子と目が合い、俺は教室の中に入るよう伝えた。

 俺が席に戻ると、りんのすけはまた小さい紙切れを俺に渡した。さっきと同じ質問をすれば良いらしい。

 また面接によくある流れをこなし、女の子は椅子に座った。俺はさっきと同じ質問をする。すると、女の子はひゅうがの方を見て言った。

「ひゅうがくんです!」

言われたひゅうがは、声も出ずに固まっている。たらたらと冷や汗が流れ始め、顔色が青ざめていく。

「ひゅうがは、オカ研のメンバーじゃない。すまんが、失格だ。帰ってくれ。」

俺は女の子に告げた。女の子は、悔しい顔をした後、何故か俺を睨んでから教室を出た。

 りんのすけは立ち上がり、窓に寄りかかる。ほんの少し悲しそうな顔をしている。が、すぐに腕組みをし、太々しく鼻で笑った。

「だから言っただろう。すぐ終わると。」

 その後、また二人で椅子と机を動かし、元に戻した。

 帰り際りんのすけに「一緒にご飯行くか?」と誘ったが、「今日は帰る」と断られてしまった。

 ひゅうがと一緒に門を出ると、後ろからヘリコプターの音がした。二人して振り返ると、校舎の屋上にヘリコプターが止まった。角度的に、りんのすけの姿こそ見えないが、通学用ヘリだと確信した。

 ひゅうがは、こんなに近くで見た事ない、と言った感じで興奮していた。

 ヘリコプターの音が小さくなるのを、背中で聞きながら、俺たちは駅に向かった。

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