高校に入学したのに、女友達が出来ない。それどころか、男友達に振り回されている。

駿河犬 忍

第1巻 パニック・リブート

第1話 ついに、青春ラブコメが始まる?

まだ肌寒い春の気温に、俺は気がついていなかった。期待と緊張でそれどころではなかったからだ。

 新品の制服と新品のローファーに、新品のスクールバッグ。高校へ向かう電車に乗り、車窓に反射して映る自分を確認しては、特に身なりを直す部分もないのに、襟を触ったり、髪を整えたりする。ソワソワしている自分に気がついて、深呼吸をして落ち着かせる。

(今日から高校生だ。ついに待ち望んだこの時。最初が肝心だ。ヘマするなよ。)

車窓に映る自分に心の中で言い聞かせた。

 思えば、物心着く前から夢見ていた。ツンデレ少女やお嬢様のような女友達に囲まれ、一緒に部活をしたり、一緒に夏休みを過ごしたり。振り回されながらも楽しい青春を過ごす。あらゆるアニメで、何度となく見てきた。多少脚色はあれど、あれだけいろいろな作品で語られているのだ。高校に入学すれば、女友達ができるのが当たり前。運が良ければ、恋人もできるだろう。

 しかし、確実にモテる男とモテない男に差はある。それはなんとなく、今までの学校生活で察している。

 だからこそ、最初の最初。入学式が大事なのだ。

 アニメで得た情報によると、目立ちすぎず、気が利き、コミュニケーション能力に長けて、女性に対して下心のない男がモテる。俺は心得ている。幼い弟がいるおかげもあり、自分で面倒見が良い方だと自覚している。小中学の間でコミュニケーション能力も養った。あくまで、いわゆる青春を送りたいだけなので、下心も一切ない。モテるモテないを置いて考えても、女友達は確実にできると確信している。下準備は万端だ。

(さあ!かかってこい!俺の青春!)

 学園前駅で電車が停車した。電車のドアが開き、改札へ闊歩する。ICカードをタッチして改札を潜ると、後ろから声をかけられた。

「つかさ、おはよう。」

振り返ると小柄で童顔の少年が、小さく控えめに手を挙げていた。

「おはよう!進一!」

「なんか、すごく元気だね。声が大きくて少しびっくりした。」

全くびっくりした顔をしていないしんいちは、真顔で言った。

「はは……。悪い悪い。」

しんいちは、俺と同じ中学校に通っていた。同じクラスになったことはないが、一度しんいちがいじめられている時に、俺が助けたことがあり、面識があった。

 おかっぱで、前髪が長い進一は、表情が読み取りづらいため、話すのが難しい。

「進一も同じ高校に受験してたんだな。」

「うん。つかさが行く高校に行きたかったから。」

「お、おう。そうか。これからもよろしくな。」

進一は、小さくこくりと頷いた。冗談なのか本気なのか全く読めないが、たぶん真顔で冗談を言うタイプなんだと、自分を納得させた。

 進一の独特な雰囲気に呑まれてしまったが、しばらくしてすぐに気分が晴れやかになる。緩やかな坂道を登り終えると、正面に大きな桜の木が見えてきた。桜の木の幹が見える頃には、高校の校門が全貌を表す。

 ついに、ついに、ついに、この時が来た。高校生活。学園物語が今始まるん……!?


バババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ。


 遠くから徐々に大きくなるヘリコプターの羽の音に、全てを持って行かれた。通学途中の学生が一斉に上を見上げ、爆音の正体を探す。ヘリコプターの風に、桜の花びらが巻き上がった。花びらが目に入りそうになり手で防いだ。同時に暴風で身動いだ。

 次の瞬間、目の前に何かが華麗に着地した。どこから降ってきたのか、驚きながら確認したら、ヘリコプターから梯子が垂れていた。

 目の前に着地した者の正体は、目を疑うほど顔の整った美少年だった。鼻筋が通り、まつ毛の長い吊り目。炭を塗った様な真っ黒な髪は、坊ちゃん刈りをセンター分けにしている。太陽の光を受けて、輝いて見えた。

 美少年は、すっと立ち上がり、ささっと身を整え、ヘリコプターにパッパッと合図を送った後、ヘリコプターはバババと遠くへ帰っていった。

「きゃーーーー!!りんのすけ様よ!!!」

「お怪我はないですか?りんのすけ様ぁぁ!!」

 女生徒達からの黄色い声援を、りんのすけと呼ばれる彼は無視し、早足で校舎へ向かっていった。

 あまりにも急な出来事に呆気に取られていた。これが高校生活にとっての当たり前になるのか。思い描いていた物と違いすぎて、頭が少し痛くなった。

「いてて。」

進一の小さい声で、我に帰り、考えるより先に体が動いた。

「大丈夫か?」

手を差し伸べ、進一を立たせる。ついでに制服についた埃もはらった。

 進一は、ヘリコプターの暴風で尻餅をついてしまったらしい。それでも、涼しい顔で、本当に何事もなかったかのように言った。

「うん。ありがとう。入学式に向かおうか。」





 荷物はそのままに、二人で体育館に向かった。スリッパに履き替えて体育館に上がると、クラスごとに区画が分けられて、パイプ椅子が縦三列ずつで置かれていた。

 各区画列の1番後ろに、A4サイズの紙が掲示されている。自分の席を見つけた時に、進一と同じクラスな事に気がついた。

「同じクラスみたいだな。知ってる人がいると少し安心するよ。」

俺が進一に伝えると、少し満足そうな顔をしたような気がした。たぶん同じクラスになれて嬉しいのかも。

 それぞれの席に着く頃は、まだ人が集まっていなかった。かなり早めに着いてしまったようだ。

 暇つぶしに、高校のパンフレットを見ようと思い、パイプ椅子の下にしまった鞄から取り出す。読みながら時間が経つのを待っていると、周りに人が増えてきた。開始五分前になって、パンフレットをしまう。しばらく待つと入学式が始まった。

 式は粛々と進み、在校生からの歓迎の言葉の後に、入試成績優秀者が代表に選ばれ、挨拶の言葉を述べる。

 少し離れた区画、おそらく隣のクラスになるだろう場所から1名立ち上がって、舞台に向かった。

 黒髪ストレートロングでスタイルの良い、凛とした美少女だった。落ち着いた綺麗な声でお礼の言葉を読み上げていく。難しい言葉がたくさん入った文章で、頭が良いのがわかる。ほとんど何を言ってるのか聞いていなかったが、「入試成績優秀者は自分の他にもう1人いた」というような事を言っていたことだけは、なんとなく頭に残った。

 近くの席の生徒がコソコソ話をしているのが聞こえた。

「さいじょうじさんって、良いとこのお嬢様らしいぜ。モデルの仕事もしてる。この前雑誌に載ってるの見たよ。」

 上位の進学校であるこの高校に、ほぼギリギリの成績で入学した俺にとっては、才色兼備のあの人とは縁のない話だなと、彼女の姿をボーと眺める。

 式が終わると、各クラスに移動して、自分の席を探す。すると、校門の前で、はちゃめちゃに目立っていた金持ちそうな美少年が自分の後ろの席に座っていて、驚いた。

 入学式の時は、なぜか気が付かなかった。

 彼は、への字口で腕組みをし、偉そうに座っている。挨拶しようか迷ったが、無視をされるのが関の山だと、そのまま自分の席についた。

 全員が席につくと年寄りの担任が教卓につく。担任の先生が挨拶と自己紹介をした後、出席番号順に自己紹介をする流れになる。

 真面目に話す人、ふざける人、ふざけてるのかふざけてないのかわからない人、いろんな人がいた。俺は、顔と名前を覚えるのが苦手で、自己紹介だけでは全く覚えられる気がしなかった。

 自分の番になり、前の人たちに倣ってその場に立ち上がる。特に当たり障りのない事を言った。前の中学校がどことか、好きなものは何かとかそういう事だ。言い終わって席に座る。

 次の人の番になる。あの金持ち美少年の番だ。今までも、自分より後ろの人が話す時は、体の向きを変えて顔を見るようにしていた。だから、今回も同じように後ろを見る。

 キビキビと立ち上がり、凛と立つ姿は少し神々しさもあった。女の子達は、羨望の眼差しを彼に向けた。

「名前は、〇〇〇りんのすけだ。僕は、この高校生活で明確にやりたいことが決まっている。オカルト研究部を立ち上げる事だ。おふざけやお遊びのような生半可なものではない。研究部に入りたいものは僕のところまで来い。しかし、中途半端なものは不要。以上だ。」

 キラリと光る目で、キッパリと言い終えると、どっかりと席につき、また腕組みとへの字口になった。

 オカルト研究部なんて、アニメや漫画の中でしか見た事がない。もしかしたら、りんのすけもアニメを見て育ったのか。勝手に少しだけ親近感が湧いた。彼の苗字は難しくて覚えられないけど、名前は覚えてしまった。

 そういえば、入りたい部活を考えていなかったな。仮入部期間が短いと聞いたことがある。部活は、わかりやすく青春に繋がるイメージだ。早めに入部先を決めないとな。

 考え事をしているうちに、最後の人が、自己紹介を始めた。メガネで七三分けのひょろ長な男だった。右手の中指でメガネを上げ、謎のポーズを取りながら立ち上がる。

「私の名前は、和田〇〇だ!〇〇〇りんのすけくんに、物申す!君はあーまーりーにーも!目立ちすぎるのだよ!私より目立つ者は許せん!明日の放課後決闘を申し込む!」

(あ、この人は頭のおかしい人だな。)

とクラス全員が思っただろう。俺はもちろん思った。名前が難しくて覚えられなかったが、苗字は覚えてしまった。

「ふん。面白い。受けて立とう。」

りんのすけは腕組みしたまま、少し下を向き、二つ先の真横にいる和田に、目だけを向けて言った。

(いや、勝負受けるのかよ!)

とクラス全員が思っただろう。俺はもちろん思った。

 なんだか、喧しいというか、かなり変というか、そういうクラスになりそうだなと、俺はこの時に確信した。

 初日だから授業はなく、自己紹介と教科書受け取りくらいでこの日は終わった。

 放課後になり進一から、

「気になる部活があるから先に帰って」

と言われたため、1人で帰り支度を進めていたら、廊下で揉めている声が聞こえ始めた。

 教室の前のドアから、その様子が見える。隣のクラスの女の子五人程が、言い合いをしている。その女の子達の真ん中に、冷や汗を垂らし、困った顔をしている男がいた。女の子の声は、嫌でも耳に入ってくる程だった。揉め事の内容を要約すると、誰がこの男と一緒に帰るか、という事らしい。

 俺は見ていられなくなり、体が先に動いてしまった。自覚はしている、悪い癖だ。

「待たせたな、帰ろ。」

前から知り合いだった様な顔で、男に話しかけた。男は、俺を見つめる。金色癖毛で少し長めの髪型に、ぱっちり二重の容姿から、助けを求める捨て犬に見えた。女の子達からは一斉に、ギロリと睨まれてしまう。

「ひゅうがと帰るのはあたし。勝手に横入りしないでくれる?」

小柄で茶癖毛をポニーテールにした、可愛らしい女の子が、腰に手を当てながら強気に言い張る。すると、他の女の子が、さらに反論をする。

「俺、こいつと帰る約束してたからな。」

「あたしの方が先にしてたわよ!」

言い合いを中断して、小柄な子が言った。

「そうか。いつしてたんだ?」

「ホームルームが終わったらすぐよ!」

彼女は少しドヤ顔で、大きな目を少し細めた。俺は負けじと、大嘘を吐く。

「俺は昨日から約束してた。」

男の腕を引っ張って、早足で下駄箱に向かった。女の子達が、呆然と立ち尽くしているうちに靴を履き替える。束の間、ぎゃーぎゃーと文句を言う声が近づいてきた。追いつかれないよう、走って門を出る。走りながら、通学方法を聞くと、俺と同じ電車らしい。急いで駅に向かう。

 下り坂を転ばない様に駆ける。俺はそこまで足が速くない。追いかけられているのが恐ろしく、後ろを振り返る余裕は無かった。

 新品の革靴が、まだ足に馴染んでいないため、足が痛くなる。

 駅が見えてきたので、少しずつ減速し、歩きながら、鞄の中の定期券を探した。

「あの、助けてくれてありがとう!巻き込んでごめんな。」

改札を通る時、無理やり連れ出された男は言った。ずっと走って来たのに、全然疲れている様子がない。ただ申し訳なさそうに、頭をかいた。俺は呼吸を整えてから返事をする……つもりだったが、あまり整えられなかった。

「いや。はぁ。俺の方こそ。ひぃ。いきなり。腕引っ張って。すまなかったな。ふぅ。出まかせも言ってしまった。」

「いやいや!全然!めっちゃ助かったよ!ほんとに!おれ、女の人苦手で、固まっちった。ははは。」

ひゅうがは、両手のひらを振った後、苦笑いをした。その後、人懐っこい笑顔を向けて言った。

「おれ、ひゅうがって言うんだ。よろしくな。」

「俺はつかさだ。よろしくな。」

電車がプラットホームに停車した。二人で乗り込むとドアが閉まり、ゆっくりと電車が発進する。俺は、空いている吊り革を掴む。ひゅうがは、ドアの近くの壁に背を預け、車内の方に体を向けていた。少し離れたところに、追いかけて来た女の子が二人、乗車している。ひゅうがは、俺が近くにいるからか、今は平気そうな顔をしている。

「中学時代からあんな感じなのか?女の子達に困らされていると言うか。」

女の子達を警戒して、小声でひゅうがに聞いた。

「中学時代は、部活が忙しくて、こう言う目に合う事はほとんどなかったな。でも今日は入学式だったからか、完全に油断してた!迷惑かけてごめんな、つかさ。ほんとありがとう!」

小声ながらも明るい声で、答えてくれた。

「俺が勝手にお節介をかけただけだ。お礼を言われるような事はしてないよ。でもまた同じような目に合いそうなら、いつでも頼ってくれ。」

俺が言うと、ひゅうがは太陽の様な笑顔を向けてくれた。

「実家から遠い高校に入ったから、男の知り合い全然いなくて、だからそう言ってくれるとすごく助かる!今度一緒に飯でも行こうぜ!」

「俺で良かったら喜んで行くよ。この辺は俺の地元だから、案内出来る。」

「まじ?ラッキー!」

そう言って嬉しそうに、両手でガッツポーズしている。

「しかし、さっきの揉め方は、異様だったな。何かやらかしたのか?」

「いや、それがよく分からないんだよ。女の人自体かなり苦手だしなぁ。」

ひゅうがは、顎に手を当てて、首を捻りながら考え始めた。昔の記憶を探っている様だ。しばらくすると、何か思い出した様に話し始めた。

「中学の時、おれサッカー部だったんだけど、県大会とか全国大会とか、大会が進むに連れて、おれの中学の応援に来る女の人が増えていったんだ。。おれ、応援してくれるのが純粋に嬉しかったから、応援席に笑顔で手を振ったりしてたんだけど。もしかしたら、そのせい?おれやらかしちゃったかあ。」

言い終えると、がっくしと項垂れてしまった。

 話を聞いている感じ、ひゅうがに悪いところは全くなさそうだ。むしろ、すごくいい奴という感じがした。

 野暮な質問をしたなと、申し訳なく思い、俺の考えをひゅうがに伝えた。

「ひゅうがは明るくて、初対面なのに話しやすい。顔もかわいいからモテるんだろうな。」

「な、何言ってんだ!」

ひゅうがは、びっくりしたのか、顔を真っ赤にして言った。

「家まで遠いと、女の子達に跡をつけられないか?」

家の最寄駅に近づき、心配で聞いた。

「それなら大丈夫!電車降りたら家まで全力ダッシュで帰るから、追いつけないはず!」

両手の親指を立て、自信満々だ。俺は、ひゅうがのころころ変わる表情に、可笑しくて笑ってしまう。

 話している間に、俺の最寄り駅に着いた様だ。

「それなら良かった。俺はこの駅で降りるよ。ひゅうが、また明日な。」

「うん!また明日な、つかさ!」

俺はひゅうがに手を振ると、元気いっぱいに、手を振りかえしてくれる。

 緊張にまみれていた、行きの電車と打って変わって、帰りの電車は比較的穏やかだった。

 ひゅうがは、俺が見えなくなるまで、手を振ってくれたが、周りの目が少し恥ずかしかったので、少しだけ手を振り返して、プラットホームを後にした。

 家について、制服を脱ぎながら、今日の出来事を思い出す。

 今のところ、想像通りの高校生活になるかは全くわからない。わかるのは、クラスメイトに変人が2人はいる事と、ひゅうがの取り巻きを敵に回した事。

 まだ初日だし、日常系アニメの様な学校生活になる可能性はまだある。とりあえず今は、明日の授業で忘れ物をしない様に気をつけよう。

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