第91話 幕間:蘆花村九代目清次郎の回想
私の名前は蘆花村清次郎。今年で十一歳。女子。
あと、テキ屋の九代目だ。
テキ屋っていうのは、お祭りの屋台とかやる仕事だ。
ずっと、そう聞かされて育ってきた。
「カツ丼、食べないの?」
優しそうな顔の、スーツを着た女の人がそう聞いてくる。
場所は東京で、ダンジョン公社のビルの一室。
婦警さん――たぶん。警察の匂いがするから――の他には、怖い顔のおじさんや、疲れた顔のお兄さんとか、いっぱいいる。半分くらいが警察だと思う。
そして、その誰も彼もが、私を
「……おなかすいてない」
「そう。おうち、辛かったよね。もう大丈夫だからね」
違う。そう言い返しそうになって、でも、やめた。
家は辛くなかった。楽しかった。
お爺ちゃんは優しかった。他に家族はいないけど、龍一がいてくれた。お兄ちゃんみたいで、パパみたいで……。他の組員達も優しかった。
みんな、私の家族だ。とっても大切な。
だから、学校で友達が出来なくても、いつも遠巻きにいろんな大人から監視されていても、それで……それでいいんだって、思ってた。
……うん。私、本当は知ってたんだ。
爺ちゃん達はヤクザだって。暴力団なんだって。
人に言えないような悪いことをしているんだって。
スマホで「蘆花村組」って検索したら、すぐに分かることだから。
私に出来るのは、見ないふりをして、元気なふりして、学校に行くことだけ。
でも――ちょっと前に、こんな会話を聞いちゃったんだ。
『暴対法だけでも苦しいってのに、同じ庭で闇ギルドなんてのが、のさばってきちゃあなぁ。組員はどんどん減って、東の方じゃ、警察で解散式やったヤクザもいるそうじゃないか。龍一、儂らもそろそろ潮時だと思わんか』
『蘆花村組は直参百人、構成員五千人いるんですよ。いきなり辞めるのは無理です。急に解散なんてしたら、五千人のヤクザ者が路頭に迷うことになります。……この話は、何度もしているでしょう』
『わかっとる、わかっとる。じゃがなぁ、あの子が……』
あの子、というのが私のことだと、すぐに分かった。
爺ちゃん、とっても優しい口調だったから。
『あの子が、かわいそうでなぁ。これから廃れていくだけのヤクザ稼業に縛られちまって。学校じゃ、誰とも喋っとらんそうだし。急げんか、龍一』
『……お気持ちはお察しします。だからこそ、何年もかけて、シノギの中身を変えてきたんです。蘆花村組はいずれ、伝統のテキ屋業だけを残して、まっとうな起業複合体に生まれ変わります。すぐに、とは言えませんが……なんとかご辛抱を』
『テキ屋からヤクザになった蘆花村が、今度はヤクザからテキ屋に戻る、か。苦労かけるな、龍一』
『それが俺の幸せですから』
その後、難しい企業経営の話とか、組員への説明だとか、社会との付き合い方をとか、そういう話になったけど、小五の頭でも『二人が私のために蘆花村組をヤクザじゃなくしようとしてる』のは理解できた。
いずれ、蘆花村組は悪いヤクザじゃなくなる。
ただのテキ屋になる。お祭り屋さんになる。
嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて――申し訳なかった。
私のために、そんな大変なことをしてくれていたんだ。
私も何か出来ることがないかと思ったけど、子供に出来ることは少なくて。
それから何日か後に、ヤクザをやっつける忍者を、ニュースで見た。
スマホで調べてみたら、その忍者はとっても強くて、ヤクザも闇ギルドも、みんなみんなやっつけちゃうらしい。
いずれ、蘆花村組は悪いヤクザじゃなくなる。
ただのテキ屋になる。お祭り屋さんになる。
でも、今は? 今はまだ、きっと、悪いヤクザのままだ。
あの忍者に、説明しなきゃいけない。蘆花村組は違うんだよ、って。
だから、やっつけないでください、って。
それで――私は生まれて初めて、家出をした。
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