第90話 蘆花村組(五)


「これまた厄介なネタを引っ張り出して来たねぇ……」


 と、左慈支局長がこぼした。嘆息付きで。

 場所はダンジョン公社東京支局。会議室の一つだ。


「『呪詛組』だけでなく、蘆花村組まで……まったく、忍者は状況を引っかき回さなきゃ死んじゃう病気なのかい?」

「俺が引っかき回したわけではない。状況があっちからやってきたんだ」

「そうそう! 向こうから、どーんって!」


 杏奈が「どーん」の身振り付きで援護してくれる。

 会議室には左慈支局長、俺、そして杏奈がいた。

 すでにダンジョンからも撤退し、急いで東京まで引き上げて……検査やら聞き取り調査やらを終えて、もう深夜だ。聞き取り調査が三回もあったせいで、メシを食い損ねている。

 左慈支局長が、俺と杏奈の顔を見て、苦笑した。


「いろいろ話したいことはあるだろうけどねぇ。ひとまず、出前でも取ろうか。東京は眠らない街だとは言うけれど、この時間となると、チェーンの弁当か丼かカレーかってところだね。何がいい?」

「アタシ、カツ丼」

「俺も同じもので頼む」


 結論から言えば、『呪詛組』及び蘆花村組は俺達を追ってこなかった。水場のダンジョンに戻るや否や、ダンジョンが崩壊し、俺達は外部へと排出された。

 ……配信を見ていたなら、鷹崎家がゲートの向こうにいることは分かっていたはず。おそらく、いや十中八九、坂上銀五郎は俺達が撤退するのを見計らって、ダンジョンの連結を解除したのだ。

 そして――呪術の理屈はよくわからんが――それによって、すでにボスが討伐されていた水場のダンジョンがクリア扱いとなり、俺達は外に追い出されたわけだ。


 場所がいいのだろう。出前はほんの十分程度で届いた。

 プラスチック製の蓋を開けると、カツ丼の湯気がゆらりと立ち上って顔にぶつかる。良い匂いがする。あまりにも心にグッと来る香りで、今日はハードな一日だったと自覚した。疲れすぎている。

 隣では、杏奈が半泣きになりながらカツ丼をがっついている。

 忍者だから耐えられるが、忍者不動術を修めていなければ、俺だって泣いていただろう。食べ物の湯気や香りは、それほどまでに本能に直撃する。


「……不覚だ」


 直撃されて――思わず、そう呟いてしまった。


「どしたん? まさか、カツ丼の気分じゃないことに今気づいた?」

「奴らを逃がしてしまった。姫虎の呪いを解く、千載一遇のチャンスだったにも関わらず、だ」

「それ。マジでそれ」


 杏奈が箸を持ったまま“へにょん”とした顔になった。


「アタシのせいだよ。アタシがヤヨを単独で倒せてれば……」

「いや、俺のせいだ。俺の練度が足りていれば、保護しながら戦闘だって――」

「おじさんが思うに、どちらのせいでもないからカツ丼食いなさいな」


 左慈支局長が、いっそうんざりした顔でそう言った。


「いいかい、若者達。悪いのはそもそも闇ギルドの連中だ。もっと強ければ奴らを捕まえられたかも知れないけどね、誰のせいって話なら、奴らのせいとしか言いようがないんだよ。わかったら反省会は後にして、今はメシ食いながら僕の話を聞いてくれ」


 杏奈と顔を見合わせて、それから黙って箸を動かす。

 胡散臭いくせに、こういうときはちゃんと大人な人なんだよな、と思う。


「さて。ここにいない鷹崎家、カフェ・ド・リリィ、そして保護した蘆花村九代目清次郎ちゃんからも聞き取り調査を行って、ある程度、状況が見えてきた。ま、そのせいで公安が首突っ込んできているわけだがね。聞き取りが別部署から何度もあっただろう? 捜査のシマだの何だのと縄張り意識ばかり強い公安のアホが、魔導犯罪のことなんて何も分からないド素人のくせにいちゃもんばっかり――と、この話は関係ないか。悪いねぇ」


 大人でも社会の合理性のなさには我慢ならないらしい。

 左慈支局長は両手で顔を揉んで、また大きく息を吐いた。


「端的に言うよ。蘆花村組は『呪詛組』に唆されて、日本をぶっ壊す大呪術を仕掛けようとしているんだ。そして、その呪術の核こそが――蘆花村九代目清次郎ちゃんなんだよ」


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