第73話 蘆花村清次郎(二/三)
「蘆花村組つったら、九州のでっかいテキ屋の総本家じゃろ」
花柄のエプロンを付けた爺さんが、唐揚げを手際よく上げながら言った。清次郎を連れ帰ったときは呆れ顔だったが、今は驚き顔である。
「段爺ちゃん、知ってるのん?」
キッチン横の居間で、ちゃぶ台を布巾で拭きつつ、杏奈が首をかしげた。段爺ちゃん、というのは爺さんのことである。
十六代目の加藤段蔵だった爺さんは、現在は
「知っとる知っとる。ニュースで見た。極道じゃろ?」
「極道じゃない! ウチん家は江戸時代から続く由緒正しいテキ屋!」
清次郎がポテサラ用にレンチンしたジャガイモを潰しながら怒る。ちなみに俺はスライスして塩もみしたキュウリを握って絞っているところだ。
総出で晩ご飯の準備中である。
「てかさ、そもそもテキ屋ってなんなん?」
「お祭りの屋台だ。縁日とかで見るだろう」
「焼きそばとかチョコバナナとかわたあめとか?」
「それ! ウチはお祭り屋さんなの! 極道じゃないもん」
むすっとしながらも、ポテトマッシャーを一所懸命に上下させる。性根が真面目なのだろう。
「そうか。で、どうしてお祭り屋の清次郎は、俺を引退させたいんだ?」
「……言えない」
「しかし、なにか理由があるんだろう?」
潰したジャガイモにキュウリとハムを放り込んで、清次郎にマヨネーズを手渡す。清次郎は無言でマヨネーズを絞り出し始めた。
「孫、それから杏奈ちゃん。こないだ、ダンジョンで二人捕まえたじゃろ。ニュースになっとったやつ」
唐揚げを次々に揚げながら、爺さんが嘆息した。
「ああ。『
「その『我導會』、蘆花村組の傘下だったんじゃねえの。それくらいしか繋がりないじゃろ。先週あたりは報道も盛んだったしな、"バズ・ニンジャが暴力団を潰す"ってよ」
清次郎がぎくっと体をこわばらせて、マヨを強く握りしめる。ポテサラの味が濃くなった。
「清次郎ちゃん。おまえさん、自分とこのお祭り屋さんが潰されると思って、段蔵を止めに来たのかい?」
清次郎は答えない。それが答えだろう。どうやら厄介な身の上らしい。ひょっとすると、『迷宮見廻組』にも絡んでくるかもしれない程度には。
「……保護者さんに、ここに来るって言ってきたのかい?」
揚げ油から目を離さずに、爺さんが平坦な口調で聞いた。
清次郎は、やはり答えなかった。
「言ってないんじゃな? そいつはいかん。保護者でも世話係でもいい。電話番号、教えてくれるかい」
「……嫌だ。龍一が来ちまう」
龍一? 世話係か? そのとき、炊飯器がけたたましい電子音を立てた。白米が炊き上がったのだ。杏奈が鼻歌交じりに炊飯器ごと居間に回収していく。呑気か。
清次郎は気まずそうに目を伏せて、たまに俺に視線を向けてくる。助けを求める――というより、叱られるのが嫌な子いぬの表情である。気持ちがわからないでもない俺は、やはりまだまだ子供の側なのだろう。
「わかった、清次郎。それじゃ、自分で電話しろ。無事だって。居場所も伝えておけ。俺が代わってもいい。そうしたら、飯にしよう」
「……嫌だ」
「俺も夏休みに、家族を死ぬほど心配させてな。めちゃくちゃ叱られたが……、心配してくれる人ほど、叱ってくれるものだ。今回はちゃんと叱られろ。これから家族を心配させないような行動を心がけてくれたら、決闘を受けてやる」
「え……、ホ、ホントか!? 嘘じゃないな!?」
「ああ」
「う、ううう……、わかった! 電話してくる!」
清次郎はマヨを置いて、居間のスクールバッグ目がけて駆けて行った。すぐにコール音が鳴って、会話が始まる。電話越しに叱られているのか、ただでさえ小さな清次郎が、しゅんと萎んでいくようだった。
俺はポテサラを和えて完成させるとしよう。
「孫、おめえ、心配させた自覚はあったのかい」
と、やはり油から目を離さずに爺さんが言った。
「……悪かったよ、本当に」
「
「……父さんは、どうだろうか。俺が頼ったりして、迷惑じゃないだろうか」
「まだ苦手なのか。ま、迷惑かもしれんがよう」
爺さんは苦笑して、唐揚げ山盛りの皿を俺のほうに押しやった。
「それでもワシは、しゃあねえなあ、って助けに行くさ。あいつも、しゃあねえなあ、って助けてくれるじゃろ。ほら、持っていってやんな。杏奈ちゃんがはらぺこの顔しとるぞ」
※※※あとがき※※※
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