第72話 蘆花村清次郎(一/三)



「冗談だ。決闘は罪に問われるからな」


 後頭部をさすりつつクナイを袖にしまい込むと、女の子は不満そうに唇を尖らせた。


「ウチは冗談で言ってるわけじゃねえぞっ! 決闘だ、決闘!」

「なぜだ。というか、きみは誰だ」

「んー、もしかして『迷宮見廻組』の強火ファン? ってわけでもなさそうだケド、どこの誰ちゃん? お名前言える?」

「自己紹介くらい出来るに決まってンだろ! ウチもう五年生だぞ!」


 女の子は足を肩幅に開いて腰を下げ、右手のひらを上に向けて前に差し出した。そのまま、俺のことをぎろり・・・と睨みつけてくる。


「軒下三尺三寸借り受けまして、稼業、仁義を発します。どうぞお控えなさってください」

「軒下? ここ山だケド」


 首をかしげる杏奈。いや、これは……。


「杏奈、これはアレだ。仁義を切る・・・・・というやつだ。古い映画で見たことがある。……たしかにここは加藤家の山だから、軒下といっていいかもしれないな。控えさせていただこう」


 お控えなさって、の意味はよくわからんが、この返しでよかったらしい。女の子は小さな口で、はきはきと明朗快活に言葉を紡ぎだす。


「早速お控えくだすって、ありがとうございます。手前、生国は日本、九州博多、宇美うみ八幡宮はちまんぐうで産湯を使い、育ちは関東、首都東京、目黒区自由が丘。稼業、テキ屋の一人娘、小学校通いの未熟者でございます。姓は蘆花村ろかむら、名は清次郎せいじろう。人呼んで、蘆花村九代目にございます」


 どや顔で言い切った。見事だ。杏奈が「おっけ」とうなずく。


「清次郎ちゃんね。お名前言えてえらいねぇ、清次郎ちゃん。かわいいね」

「九代目って呼べよ! さては見た目通りの馬鹿だなオマエ! ……撫でんな!」

「えっへっへ、馬鹿なのは否定はしない☆ 知らないこといっぱいあるもん。あ、これ無知の知ね。うわ髪さッらさらじゃん、子供の髪やべー」


 どちらかというと、杏奈はむちむちという感じだが。おっぱいとか。いやそうじゃない。そうだけど、そうではなくて。


「蘆花村九代目清次郎。俺はダイバー業をやってるただの高校生忍者だ。仁義の切り方は知らん」

「ただのぉ?」


 そこに突っ込まれると話が進まないので、半笑いで蘆花村清次郎を撫でまわしている杏奈は無視する。


「だが、その見事な口上に敬意を表して、こちらも名乗らせていただく。俺は十八代目加藤かとう段蔵だんぞうだ。以後よろしく」

「アタシは出雲いずも杏奈あんな! よろ~☆ 二人合わせて『迷宮見廻組』でーす! あ、あと一人、おさいふ係が東京の病院にいるんだけどね」


 おさいふ係とは我が幼馴染、上杉姫虎のことである。先日、『迷宮見廻組』の経理担当として採用した。……そのときのひと悶着は、ここでは割愛する。

 蘆花村清次郎はまた俺に右手の指を突きつけた。


「じゃあ、挨拶も済んだし、決闘だ!」

「なぜだ。なんのための決闘だ」

「オマエを引退させるための決闘だ! ウチが勝ったらダイバーやめろ!」

「え、普通にイヤだが。ダイバーを続けなければならない理由があるからな。そういうわけで、決闘は諦めて家に帰れ」

「決闘から逃げンのか、卑怯モノ!」

「ああ、逃げる。忍者が卑怯でなにが悪い」


 蘆花村清次郎は俺に指先を突きつけたまま、少し目を泳がせた。


「あー……」

「断られるパターンを想定していなかったのか」

「……うん」


 無言の時間が流れる。山に棲む鳥の鳴き声が、やけに大きく聞こえる。キチキチという特徴的な鳴き声は百舌鳥モズだろう。秋を実感するな。

 三十秒ほど経ったところで、ぐぅ、と音が鳴った。忍者盗聞術ニンジャ・キキミミスキルを使わなくても聞こえるほどの大きさで。蘆花村清次郎が、かあ、と頬を赤く染める。そうか。


「……蘆花村清次郎。ひとまずウチに来い。今日は杏奈も泊まりの予定でな、爺さんが唐揚げを山ほど揚げてくれる予定だから、食っていくといい」

「唐揚げっ? マジっ? やった――じゃないっ! ウ、ウチは決闘しに来たんだ! ホドコシは受けない!」

「決闘したいなら、まずは飯を食え。詳しい話はそのあとだ。……腹をすかせた子供を放置したら、『迷宮見廻組』の沽券にかかわるからな」


 蘆花村清次郎は首をかしげた。


「……ハラ減ったガキが、ダンジョン攻略ギルドと関係あんのか?」

「ある。『迷宮見廻組』は――」


 ちらりと杏奈を見る。彼女は胸を張って言葉を継いだ。


「――困っている人を見捨てない、ヒーローだからね☆」



※※※あとがき※※※

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