第74話 蘆花村清次郎(三/三)
晩飯を食い終わり、縁側で熱い緑茶ともなかアイスのコンボを楽しんでいると、インターホンが鳴った。それ以前から、車の排気音などは聞こえていたから、来たのはわかっていたが。
清次郎を連れて、外に出る。表には、仰々しい黒塗りの高級車が数台、停まっていた。門の前に、部下と思しき男たちを従えて、中心に立つ男がいる。
黒髪はオールバックで、四角い眼鏡をかけ、見るからに高級そうな白いスーツと黒いシャツを着用している。年のころは三十歳半ばだろうか。……お洒落だな。
「お嬢さん、お迎えに上がりました」
「龍一……。その、ごめん」
「お嬢さんになにかあったら、オヤジに顔向けできません。……あまり心配させんでください」
清次郎が、龍一と呼ばれた男の横に行って、手を握った。仲は悪くないらしい。
龍一は、俺に目を向け、次に爺さんと杏奈に視線をやってから、腰を折って深々と頭を下げた。部下たちも追随する。
「そちらさんには、迷惑をかけたようで。世話ンなった分の謝礼は包ませる」
慇懃無礼で、清次郎に対するのとはまるで違う口調だ。爺さんが髭を撫でて「どうする?」と俺を見た。謝礼か。
「迷惑ってほどじゃない。謝礼も不要だ。腹をすかせた子供に飯を食わせただけだからな」
「……腹をすかせた子供に、か」
龍一は頭を上げて、じっと俺を見た。眼鏡の奥に、野生の獣じみた鋭い眼光が潜んでいると気づく。体も鍛え上げられている。雰囲気としては、坂上銀五郎に近いが……、アイツは悪事を全力で楽しむような空気を纏っていた。
対して、この龍一という男が纏っているのは、
「飯代くらいは、払わせてくれ」
「立場上、あなたたちから金品を受け取ることは出来ない」
「ほう。お互いの立場はわかってンのかい。そりゃあ……、参ったな。そんなら、せめてコレだけは受け取ってもらおうか」
龍一は懐から革製の名刺入れを取り出して、慣れた手つきで一枚抜き取り、こちらに手渡してきた。
「蘆花村組若頭、石田龍一だ。お嬢さんのお世話をさせてもらってる」
手触りの良い紙には、複数の会社の名前と、社長という肩書が記されていた。
名刺を覗き込んだ杏奈が「インテリヤクザって実在したんだ」と呟く。
「……アンタは仁義を切らないのか」
「いまどき、仁義を切るテキ屋なんていねえよ」
隣で清次郎は不満そうに頬を膨らませているが、そうらしい。
……ダメだな。探り合いのような会話は、苦手だ。
「単刀直入に聞くが、『我導會』は傘下か」
問うと、石田龍一は「くは」と笑った。
「いきなりだな、オイ。……無関係とは言わねえが、奴らの悪行にはこっちも困ってる。オヤジには縁切りを進言してるが、歴史と付き合いがあるからな」
「尻尾切りの間違いじゃねえの?」
爺さんの茶々を無視して、石田龍一は俺たちに背を向けた。
「俺個人に、ダイバーと敵対する意思はねえよ。ヤクザもんも、生き残りをかけて、まっとうな商売模索していかなきゃならねえ時代なのさ。……さ、お嬢さん。そろそろ帰りましょう」
「ん。……おい、段蔵!」
車に乗り込む前に、清次郎は俺を指差した。
「決闘の約束、忘れるなよ!」
「ああ。いい子にしてたらな」
「次、遊びに来るときは、ちゃんと龍一さんに言ってから来るんだよー」
「遊びじゃない! 決闘だ! ――またな!」
その言葉を最後に、車の群れは走り去っていった。
でこぼこだらけの田舎道に、テールランプの光が残る。
「ねえ、段蔵くん。
ややあってから、杏奈が不安そうに俺を見て、聞いた。
蘆花村組が本来、俺たち『迷宮見廻組』と敵対するサイドの組織であることは、疑いようがなかった。
今日の出来事は、清次郎がイレギュラーを起こして、ほんの一瞬、袖が触れあった結果だ。ダンジョン外の俺たちに逮捕権はないし、向こうだって迷子を引き取りに来ただけ。それだけだ。
しかし、出会う場所が違えば、出遭う理由が異なれば……結果もまた、変わってくるだろう。おそらく、双方にとって悪い方に。
次があるとは思えない。……しかし、それはあくまで大人の話。
「約束したからな。あるに決まっている」
そう答えると、杏奈は「んふふ」と笑って、俺の肩に拳を当てた。
※※※あとがき※※※
次回は掲示板回なのだ。
そろそろダンジョンに潜らせたり、他のギルド(おほほ)を登場させたりしたいのだ。
カクヨムコン参加中なのだ!
読者選考って、どのくらい☆あれば抜けられるのだ……?
☆☆☆のやつをやってくれると嬉しいのだ!
マジで!!
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