第69話 これから



「ドモ~☆ あんまるでーっす!」

「加藤段蔵だ」


 『待ってた!』

 『ドモ~☆』

 『どもども』


 配信を始めると、すぐにコメントが付く。ファンも増えてきて、ありがたい話である。霧に包まれた広葉樹の森を歩きながら、今日のダンジョンの説明をする。


「二学期入って、最初の配信だな。本日のダンジョンは、ローラシア・カテゴリー。簡易測定だが、タイプ:ケルト2で幻想深度は6000~8000、階層数は不明。公社未登録のダンジョンだ」

「悪いオトナたちが隠してたダンジョンなんだって。やば☆」


 あんまるが「にひひ」と笑って言う。こういう違法な秘匿ダンジョンは、実は意外と多いのだろう。普通は発見者が通報するものだが、普通じゃないやつらが見つけた場合は……、まあ、そういうことだ。


「いろいろあったが、前回、夏休み終わりの雑談配信で説明した通り、俺たち『迷宮見廻組』の方針は変わらない。ダンジョンで困っている人を助けて回るつもりだ」

「ただし! 追加でやることが増えたから、それもコミコミで、これまで以上に頑張って活動していく感じね! 怪我も治ったし☆」


 あんまるが両腕でガッツポーズした。すっかり元通り、どころか以前より元気だとすら思う。


 『がんばれ!』

 『大変だと思うけど、応援してる』

 『治り早いな。若いからか』


 視聴者数は、およそ五千ほど。

 事件の日は数十万まで膨れ上がった数字も、落ち着いてしまえば、こんなものだ。十分多いとは思うが、やはり、インターネットは過熱しやすく、冷めやすい。

 でも、たまに良いほうにも加熱することを、俺は知っている。それだけで、少し前向きな気分になれる。


「怪我といえば、先日、荻谷さんの見舞いに行ってきた。運悪く瓦礫の下敷きにされたが、不幸中の幸いか、大きな怪我は残らなかったそうだ。公社を辞めたら、ダイバーに転身するらしい」

「アタシびっくりしたんだケドさ、荻谷さん、私服はフリルふりふり系だったんだよねー。アタシは似合わんから、ちょっと羨ましいカモ」

「似合わないのか」

「んー、おっぱいデケェからフリル多い服は太って見えちゃう。……あ、姫虎ちゃんなら似合うかも」

「そうだな、姫虎なら似合うだろう」


 『ひめこ:ちょっと! 遠回しに貧乳いじりしてませんか!?』

 『ひめこちゃんもよう見とる』

 『貧乳はステータスだ、希少価値だ』


 姫虎はまだ病院だ。……いや、しばらくはずっと病院暮らしだろう。


「いや、そういう意図はなかったんだが……。すまない」

「謝らなくてもだいじょぶだいじょぶ、今ごろ通販でゴスロリ買ってるよ、姫虎ちゃん。そだ、アタシのぶんも買っといて! 友達同士で双子コーデしよ☆」


 『ひめこ:しょうがないですね、友達ですからね』

 『ちょろ』

 『嬉しいんだろうな、同性の友達が』


 友達。あんまる――杏奈も含めて、俺たちはひとまず、そういう関係で落ち着いた。俺が姫虎にどういう返事をするのかは、俺自身が抱えた今後の課題である。

 

「――と。いたぞ」


 森林型ダンジョンの霧の中に、人影が複数。若いタンクトップの男と、中年くらいのスーツの男。前者は腕に、後者は顔に入れ墨が入っている。

 どうやら狩りを終えたところらしく、足元にはドロップアイテムが転がっていた。

 スーツの方が、俺たちに気づいて顔をしかめた。


「……あァ? ナニモンじゃあ、おまんら。おい、斎藤。ガキが紛れ込んどるぞ、どうなっとるんじゃ」

「え? いや、そんなはずは……、って、ああッ!? バズ・ニンジャあ!? なんでこんなとこにッ」


 素っ頓狂な声を上げる、若いほう――斎藤氏。

 なんで、か。


「決まっているだろう。『迷宮見廻組』は公社からダンジョン内での逮捕権を委任されているギルドだぞ」


 あんまるがにっこり笑顔で両手首をくっつけて"お縄"のジェスチャーをする。


「つまり、闇ギルドの皆さんを捕まえに来たってワケ☆」



 ●



 『呪詛組』との戦いが終わって、全員が病院のベッドでしこたま医者に怒られ、精密検査を受けたあと。


「もって、一年半。十八歳の冬を越えるのは、難しいでしょうな」


 姫虎の治療を担当した医者は、難しい顔でそう言った。


「窒息が原因かね? それとも、例の……」


 相対する恰幅の良い男性――上杉の親父さんは、忌々しそうに資料に目を落とす。アンプルの写真と、坂上、ビシュハーマン両名の写真が載せられている。

 医者は「ええ」と頷いた。


呪詛溶液マントラリソース。ダンジョンコアを液化したリソースを、呪詛で増強してかさ増ししたもの。道術、陰陽術に西洋の黒魔術まで組み込まれているようで、文科省陰陽庁で鳴らした呪医のワシでも手が出せませんわい」


 杏奈が眉をひそめて「そんな……」と呟く。俺と杏奈は事件の当事者として、同席を許されていた。


「呪詛祓いは出来ないのか。あるんだろう? そういう、呪いをなんとかするやつが」

「定期的なみそぎで、症状は軽減できましょうな。日常生活は、なんとか。とはいえ、大元が消えるわけではありません。構造が複雑すぎて、下手につつくと悪化する可能性もある」

「治す手段はないんですか。その、大元をなんとかする手段は」


 医者は「そうですな」と顎をさすった。


「できるとしたら、禊に特化した神話級アイテムか、あるいはこの呪詛を組み上げた術者本人たちくらいでしょうな」

「神話級アイテムだと? 上杉家の資産を全額はたいても、手に入れられるかどうか……。そもそも市場に出回らんだろう。くそ……!」


 上杉の親父さんが、悔しそうに拳をテーブルに叩きつけるのをよそに、俺と杏奈は顔を見合わせた。

 俺たちの活動目標に『闇ギルドの追跡』と『神話級アイテムの蒐集』が加わった瞬間だった。



 ●



 そういうわけで、俺たちは今日もダンジョンに潜っている。

 公社にも事情を説明し、ヤバめな依頼クエストは優先的に俺たちに回してもらえることになった。向こうは『迷宮見廻組』を良いように扱えるし、こっちは公社しか知らない闇ギルドの情報に触れられる。

 持ちつ持たれつ、互いに利用し合っていくわけだ。


 その公社からもらったタブレットで、リストを表示する。ふむ。


「スーツの男は『我導會がどうかい』の権藤ヒョウタだな。ダンジョンの秘匿、ドロップアイテムの不正な流通、呪詛溶液マントラリソースの購入、利用などなど、魔導犯罪の容疑がかかっている。投降しろ」

「ついでに『呪詛組』の情報も吐いてくれたら嬉しんだケド?」


 権藤は「ンじゃとォ!?」と顔を真っ赤にして、懐から長ドスを引き抜いた。


「アニキぃ、アイツら超強いっすよ逃げましょうッ!」

「アホ抜かせェ、舐められっぱなしで尻尾巻いて逃げられるかボケぇッ!」


 青い顔の部下を蹴飛ばし、権藤が緑色のアンプルを首に打ち込む。

 まったく、『呪詛組』はずいぶんな量を流通させているらしい。ただのヤクザが、今やダンジョンに巣食う魔導犯罪者だ。

 それも仕方のないことなのだろう。ダンジョンが一般化すればするほどに、関連する悪事も増えていく。


「じゃ、力づくってコトで☆ 【鮫丸推参サメマルエントリー】っ!」

「さっさと終わらせるぞ。――【風魔流忍法:吞牛之術ジャック・イン・ザ・ボックス】」


 なんせ、世界で最初にダンジョンが開いた・・・のは、もう八十年も前のことなのだから。

 終戦直後の日本、九州は福岡だったらしい。それを皮切りに、新たなダンジョンが世界中で生まれ続けている。


 地形を無視した広大な内部構造を持つ、異界への入り口。異形の生物たち。未知の素材と新技術の開発――。その時の動乱について、俺は社会の授業でしか知らない。世界がどうやって対応したのかも。


 いや、対応なんて、できていないのだろうな。

 俺のような一般人も、奴らのような悪人も、誰も彼もがダンジョンに潜っているのだ。今もまだ、動乱の時代は続いている。


 だから、ダンジョンには困っている人がたくさんいて……、俺は今日もクナイを振るうのだ。


「ああ、言い忘れていた。俺が何者かと聞いたな? 俺は『迷宮見廻組』のダイバー、加藤段蔵だ。あだ名はいろいろあるが、いちばん有名なのは、そっちの斎藤氏が先ほど言っていた名だな」


 つまりは、人呼んで――


 ――迷宮見廻りバズ・ニンジャである。



※※※あとがき※※※

●謝辞

第一之巻はこれで終わりなのだ!

お読みいただき、誠にありがとうございました!!なのだ!!

応援してくださる皆様のおかげで、なんと☆1000オーバーでございます!

快挙! 快挙!!


●今後

そのうち近況ノートに設定とか物語を構築するにあたっての思考経路とか整理して備忘録代わりに記しておくつもりなので、気になる方は作者フォローもしてくれると嬉しいのだ。


カクヨムコンの読者選考期間中にも更新したい気持ちだけは人一倍持ち合わせているのだけれど、予定は未定なのだ。

正直コンテストで戦うのは面倒だから、このお話に目を付けている編集さんがいたら、カクヨムコンが始まる前に連絡くださいなのだ。そんな都合よくはいねえか。


●お願い

最後になりますが、下にある☆☆☆で応援レビューを頂けるとメッチャ嬉しいのだ。よろしくお願いいたしますなのだ!

それではまた!


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