第67話 闇穴(三)



 『いけ、段蔵!』

 『かっこいいとこ見せてくれ!』

 『バズ・ニンジャ、勝てよ!』

 『加藤段蔵ならやれる!』

 『がんばれぇー!』

 『諦めるな!』

 『いてまえ!』

 『ひめこちゃんを助けて!』

 『男を見せろ!』

 『ここまで来たんだ、勝ってくれ!』

 『ニンジャならやれる!』


 魔力が。

 大量の、熱い魔力が。

 俺の体に流れ込んでくる。


「――ああ」


 カメラの向こう。『目玉くん』を通してネットの対岸から、声援が届いている。滾る熱に背中を押されるように、一歩、足が前に出た。


 わかっている。ただの魔力に、温度なんてない。俺が勝手に、受け取ったマジチャを熱く感じているだけ。錯覚だ。だいたい、この応援だって、数日経てば落ち着いてしまうような、一時の熱狂なんだろう。


 インターネットって、いつもそうじゃないか。炎上を面白がったり、会ったこともない相手にガチ恋したり、無関係な事件に憤ったり、訳知り顔でニュースについて語ってみたり。

 赤の他人に一喜一憂する、よくわからないやつらばっかりだ。


 でも、今だけは、俺たちはひとつになれる。

 それが、配信ってやつなんだろう?

 単なる赤の他人が、対岸の観客を巻き込んで、ほんの一瞬だけ、同じ夢を見るんだろう?


「あんまる、息を深く吸ってくれ。それと、最後の一発の準備を。派手に行こう」

「アタシ、もう振れないケド」

「こだわりを捨てる。……無茶を承知で、頼む」

「あーね。りょ☆ 終わったらラーメン大盛り、奢りだかんね! ほんじゃ、本日最後の【鮫丸推参サメマルエントリー】っ!」


 妖刀鮫丸が顕現する。闇穴くろいあなが震える。攻撃の前兆。


「行くぞ、お前ら・・・。術式強制励起、上位発動――」


 莫大な量の魔力を、術式に流し込む。体が、脳が焼き切れそうなくらいに、軋む。構わない。どうせ最後だ。派手に行こう。


 『おう!』

 『行こうぜ、俺たち!』

 『ぶちかませ!!』


 ――この善意の熱狂が、いまこの時この一瞬だけのことだとしても。

 俺はインターネットの善性と共に征く。


「――【風魔流忍法奥義:影鳶加藤ジャック・イン・ザ・ダーク】ッ!!」


 闇穴が収縮する。瓦礫弾の乱射が、始まる。

 夕顔落としを続ける体力はない――が。


 どぷんっ、と。

 俺とあんまるは影に沈んで・・・・・、回避した。


 『え?』

 『消えた? 影に自分を入れたのか?』

 『自分の影には入れないんじゃないのか? 影が消えちゃうんだから』


 次の瞬間、大きな瓦礫の影から飛び出して、また別の瓦礫の影に潜る。

 瞑想するあんまるを抱えて、影から影へと、跳ね回る……!


 『てことは……』

 『自分以外の影に、自分自身を収納する能力!?』

 『あんまるも一緒だから、自分以外もいけるっぽい』


 空気も光もない影の空間を経由して、ただひたすらに跳ぶ。瓦礫弾をかいくぐり、着実に近づいていく。

 ひと跳びごとに、驚異的な量の魔力が失われてしまう。でも、大丈夫。俺の背を押す熱は、失われていない。


「おおォ……!」


 接近。最後に飛び込む先は、闇穴そのもの。その黒い本体。


「参る……!」


 闇の中に、潜り込む。完全なる闇。静寂。水の中みたいに、空間そのものがまとわりついてくる。姫虎はどこだ? 目で探すのは不可能だが、問題ない。

 だって、どんな暗闇だろうが、いや暗闇であればあるほど、忍者にとっては見知った庭の一部に過ぎないのだから。

 見えなくても、居場所はわかるさ。

 気配を辿り、一直線だ。良く知る気配だ、迷うわけがない。


 ――掴んだ。軽くて重たい、俺の大事な友達を。


「返してもらう!」


 ざぱんっ、と。

 影から、飛び出す。俺と、あんまると、そして気絶した姫虎。

 三人だ。


 『奪還成功!』

 『よっしゃあ!』

 『気を抜くな、まだ闇穴が残ってる!!』


 ごもっとも。闇穴から飛び出した都合、奴との距離は非常に近い。向こうは無傷のダンジョンボスで、縦断型モンスターでもある。対して、こっちは動けない女子が二人と、疲れ果てた忍者が一匹。


 ぶるり、と一際強く震える。射出が来る。

 でも、まったく恐ろしくはなかった。

 なぜならば。


「魔力充填、波刃霧ハバキリかさね、重、さらに重――もうマジチャぜんぶぶち込んで重っ! 段蔵くんっ、イケるよ☆」


 腹の傷が開いていようが、たとえ呼吸のできない影の中だろうが、気力と根性と前向きな行動力で解決してしまう、頼りになるギルドマスターがいるからな。


「ちゅーわけで、あとおねがい☆」

「忍者の武器じゃないんだが、まあ、たまにはいいだろう。実は一度、振ってみたかったんだ。日本刀って格好いいからな……!」


 気を失った姫虎はいま、あんまるに抱きかかえられている。

 ならば、俺がなにを握っているかといえば。


「借りるぞ、あんまる! 鮫丸サメマルゥう……ッ! 斬撃波インパクトぉオッ!!」


 闇穴が圧縮した巨大な瓦礫弾を射出してくる――だが。

 忍者の方が、速いとも。


「それじゃあ、みなさんご一緒に☆ これにて――」


 光り輝く妖刀鮫丸を、音速で振り下ろす。

 蒼い魔力が迸り、瓦礫弾も闇穴も、どころか円形舞台さえも、もろともにぶった切って真っ二つにする。

 爆発じみた光とともに、ボスモンスターが消滅し――。


「「――御免ゴメン☆!!」」


 ――ダンジョンクリアである。



※※※あとがき※※※

コメントくださった皆様、ありがとうございましたなのだ!

調整して使わせていただきました!

「こういうのはWeb連載ならでは、ダンジョン配信モノならではでイイっすね!」と作者も言うとりますなのだ。


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