第66話 闇穴(二)



 闇穴くろいあなが浮かび上がり、舞台の中央に移動した。悪意も敵意も感じないが、それゆえに不気味だ。

 そして、ブラックホールみたいに周囲の瓦礫をひとかけら、吸い込んだ。その様子を見て、坂上が口を開く。


「最後の命令で、おまえらに敵対させた。縦断型だからよォ、当然、異界障壁持ちだ」


 ――判断は一瞬。


「あんまる! 標的はボスモンスターだ、早急に姫虎を取り返す!」

「りょ!」


 満身創痍の坂上が、緑のアンプルを数本まとめて首筋に打ち込んだ。


「大変だなァ、ヒーローってヤツはよォ! 【百里跳ビリー・バッド・ニュース】ゥうッ!」

「また遊ぼうねぇ、ばいばーい♥」


 ビシュハーマンを抱えた坂上が跳ぶ・・。気配が消える。異界障壁に突っ込んで、どこか別のダンジョンへ移動したのだろう。


 『逃げた!?』

 『ひめこちゃん優先でいい』

 『とにかく人命救助!』


 闇穴が、ぶるり・・・と震えた。それが、唯一の予兆。


 どぱんっ!! と音を立て、瓦礫の塊が射出された。


「む……!」


 俺の顔面目掛けての一撃。紙一重で回避したが、掠った頬が裂けた。

 確実に音速以上の速度。吸い込んだものを射出できるのだ、闇穴は。

 反撃でクナイを投げてみるが、当然のように吸い込まれた。


「吸い込んじゃったケド、段蔵くん、作戦ある?」

「異界障壁も厄介だが、吸収がまずい。俺の【風魔流忍法:吞牛之術ジャック・イン・ザ・ボックス】と同じタイプに見えるが……」


 周囲の瓦礫が浮き上がり、吸い込まれていく。今度はひとかけらではない。大量に、だ。


「……容量は桁違いだろうな。乱射されると、さすがにまずい。物理攻撃は効かないように見えるが、どちらにせよ、異界障壁を超える威力は必要なんだ。つまり――」

「――鮫丸斬撃波サメマルインパクトね! りょーかい☆」


 あんまるが妖刀鮫丸を担ぎ直す。


「『呪詛組』のアジトのボスだ。一筋縄ではいかないだろう。ミノタウロス戦以上の威力が欲しい。何発いける?」

「マジチャは足りてるけど、集中力と体力が厳しめ。……いけて二回」

「援護する、俺の後ろにいろ。【風魔流忍法:吞牛之術ジャック・イン・ザ・ボックス】――」


 ぶるりと闇穴が震えた。砲弾が、来る。

 どぱぱぱぱんっ!! と炸裂音が連続して、四方八方に瓦礫弾がばらまかれた。

 俺の役目は、盾だ。音速で飛来する砲弾に対応するため、こちらも音速を出すしかない。影から取り出した長クナイ二本を振り回し、弾く、弾く、弾く――。


 『すげ……! ニンジャもうほぼ残像しか見えないぞ』

 『がんばれ段蔵!』

 『ひめこちゃんを取り返せ!』


 全身を連動させた、音速斬撃の連続。


「加藤家秘伝、夕顔落とし……ッ!」


 俺とあんまるをに当たるものだけを選び、ただひたすらに夕顔落としを放ち続ける。無茶な駆動に耐え兼ねた体が悲鳴を上げる。それでも、やる。

 がきんっ、と最後の砲弾を弾く。闇穴は黙って浮かんでいる。弾切れだ。


「あんまる!」

「アイヨーお待たせ☆ 鮫丸サメマルぅッ、斬撃波インパクトッ!!」


 俺の前に出たあんまるが、妖刀鮫丸を振り下ろす。蒼い魔力が円形舞台を真っ二つに裂き砕いてはしる――。

 直撃を確信した瞬間、闇穴がまた、ぶるり・・・と震えた。今さら砲弾を撃っても、もろともに斬るだけだ。もう遅……、違う・・


「ひめこちゃん!?」

「姫虎ッ!」


 闇穴から上半身だけ露出したのは、気絶した人間の上半身。

 あんまるは、眼がいい。忍者として修業した俺よりも、ひょっとすると。だから、先に気づいた。気づいた瞬間、悲鳴を上げて――、とっさに。


 ダンジョンスキルを、解除した。


 蒼い魔力の斬撃が霧散する。ずるりと姫虎を呑み込みなおした闇穴が、間髪入れずに瓦礫弾を射出した。弾切れじゃなかったのか。

 まずい。――あんまるは、俺の前にいる。


「いッ……!」


 腹部に直撃。細い体が吹き飛ぶ。ごろごろ転がって、あんまるが呻いた。


「あんまるっ、無事か!?」

「ぐううっ、めっちゃ痛いッ、ケド……、大丈夫っ! ダイブドレスの防御は抜かれてない、まだ戦え……ッ!」


 すぐさま起き上がろうとしたあんまるが、がくりと膝を突く。不思議そうにドレスの腹部に手を当てる。ダイブドレスに、真っ赤な血が滲んでいた。


「……あはは。やべー。刺されたトコ、開いちゃったっぽい」

「動くな、あんまる!」


 慌てて前に立ち、長クナイを構える。すでに闇穴は瓦礫を吸い込み始めていた。

 落ち着け。勝ち筋を探せ。

 忍者不動術ニンジャ・セルフコントロールスキルだ。冷静に、現状を把握しろ。


 まず俺。闇穴に通用する攻撃手段はない。魔導コーティングされた巨クナイも失った。夕顔落としの乱発で、体が悲鳴を上げている。再び瓦礫弾の乱射が始まれば、削り殺されるのは目に見えている。


 次にあんまる。傷は深そうだ。鮫丸斬撃波は撃てないだろう。【鮫丸推参サメマルエントリー】を解除した以上、また最初からビルドアップ構築のし直しになる。そんな余裕が、どこにある?

 仮に撃てたとしても、姫虎が囚われたままでは、さっきの二の舞だ。


 姫虎を先に助け出さないといけないのに、有効打すら封じられた。

 ダメだ。勝ち筋が、見えない。

 絶望が背中を這いあがって、首筋を撫で上げる。


「く、そ……!」


 そのとき、視界の端に、ふわふわ浮かぶカメラが見えた。蝙蝠の羽をくっつけた、不思議な外観の魔導機械。

 『目玉くん』だ。

 激戦の余波に耐え兼ねたか、側部にひび・・が入っている。それでも懸命に羽ばたき、その下部にホログラフィックディスプレイを映し出す。まるで、俺に見せつけるみたいに。


 『頼む! 俺のマジチャぜんぶやるから勝ってくれ!』



※※※あとがき※※※

段蔵くんたちへの応援コメント、応募いたしますなのだ!

次話の冒頭にダダダっと並べるコメントの中に入れさせていただきますので、短めの「がんばれ!」とかで大丈夫なのだ!

ぜひぜひご応募くださいませなのだ!


よろしくお願いしまぁああああす!!(鼻血出しながらエンターキーを押す作者)


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