第65話 闇穴(一)



「ヤヨのおまじない・・・・・を、アオハルで解除するなんてね。屈辱すぎて興奮してきちゃっちゃ♥」


 ヤヨ・ビシュハーマンが姫虎に流し目を送った。姫虎が一歩、あとずさる。俺は姫虎を背後に下がらせつつ、油断なく長クナイを構えて相対した。


「その怪我で戦闘する気か? 外では警察が待ち構えていて、じきに公社から業務委託緊急クエストを受けたダイバーたちも突入してくるはずだ。諦めて投降しろ」


 そう簡単に諦めるなら、最終決戦なんて言わないだろうが……。

 しかし、坂上はひらひらと肩の高さで両手を振った。


「ああ、諦めた。お前らには勝てねえ。怪我もしてるしな。認めてやる、クソガキ。忍者はすげえ。……だから、てめえらの相手は俺らじゃねェ」


 そして、その両手が素早く組み合わせられ、複雑な印を結んだ。漫画の忍者みたいに。ダンジョンスキルではない。坂上本来の技能だと推測できる。すなわち。


「呪術か……!」

「当たり前だろ、そもそも呪術師と黒魔女だぞ。正面切って殴り合うのは苦手なんだよ。商売あがったりだぜ、まったく。このアジトを捨てなきゃならねェなんてな、クソが」

「いひひ、ギンくんとヤヨが管理を放棄したら……ねえ♥ このダンジョン、どうなっちゃうと思う?」


 姫虎が「あっ」と声を上げ、円形舞台の端を見た。注連縄で囲われた祭壇とガラス容器が、がたがた音を立てて震えている。

 あんまるが露骨に顔をしかめた。


「なんあれ。……イヤな感じすんだケド」

「く、闇穴くろいあなです! たしか、ダンジョンボスを食べさせた、階層縦断型モンスターだって……!」


 『闇穴? 聞いたことないけど』

 『え、マジで闇穴? 激レアじゃん』

 『タイプ:フェイクロアの縦断型の一体で、発生率がめちゃくちゃ低い。能動的に攻撃してこないからほぼ無害なはずだけど』


 無害な縦断型モンスター? そんなのいるのか?


 ぱりん、と音を立てて、円形舞台の端に据えられたガラス容器が割れる。内側から黒いなにか・・・が、空中を滑るみたいに、すうっと出てきた。

 黒くて丸い……、なんだ? なんだ、あれ。


「ダンジョンゲートか?」


 空間にぽっかりと開いた黒い穴は、ゆっくりと動いて、ふるふる震えながら地面に落下した。そして、瓦礫だらけの地面と同化して……。


「……ねえ、ヤヨさんたち。奥の手っぽいモンスター、消えちゃったぽいケド、だいじょぶそ?」


 あんまるの挑発に動じることなく、『呪詛組』はニマニマ嗤った。


「生体伝承式・闇穴くろいあな。コイツは生きてる呪い・・・・・・でなァ」

「呪いを食べて、強く、大きくなるの。だから――」


 消えたんじゃない。すでに攻撃は始まっているのだ。どこだ。どこから襲ってくる……?


「ひ、ゃあっ!」


 悲鳴。瞬時に振り返る。


「姫虎ッ!?」


 姫虎が、地面に開いた黒い穴に、吸い込まれるように呑まれていくところだった。とっさに手を伸ばす。姫虎も、俺に向けて手を伸ばした。だが。


「――いまの姫虎ちゃんは、この子にとって一番のごちそうってわけ♥


 間に合わない。とぷん、と音を立てて、姫虎が――消えた。



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