第64話 姫虎に問う(二)



「……きらい、です」


 姫虎は呟いた。ざりざりに掠れた声で。


「段蔵なんて、きらい。きらい、きらいっ、だいっきらい!」


 血を吐くみたいに、きらいという言葉を叩きつけてくる。

 それは嘘だと思う。でも、重たい鎧に囲われた心の中身を、どうやって取り出せばいいのだろう。


「――だったらさ!」


 俺の無言を補うように、妖刀鮫丸を杖代わりにしたあんまるが、言葉を飛ばす。


「アタシはさぁ、段蔵くんとはホント、一ヶ月程度の仲だけど! ひめこちゃんは違うんでしょ!? 幼馴染なんでしょ!? 付き合い長いんでしょ!?」


 にやり・・・と笑って、俺にウインクを飛ばしてくる。


「だったら、ぜんぶ言わなきゃ! どこが嫌いなの!? どこが気に入らないの!? 素直に言えばいいんだよっ! どう思っているのか、どう思っていたのか、どう思っていたいのか――どう思われたいのか! ぜんぶ吐き出しちゃえ!」


 姫虎はあっけに取られたようにあんまるを見て、頭を掻きむしるように両手で抱えて、ぶつぶつ何事か呟いて……、それからうつむく。


「……私に鈍感なところがきらいです」


 ややあって、ぽつりと言葉が漏れた。


「我がままに付き合ってくれるところがきらいです。無茶な命令でも"わかった"なんて言って、こなしてくれるところがきらいです。私ばっかりどきどきして段蔵がぜんぜん動じないのは、私に興味ないみたいで、きらいです」


 一度流れ出した言葉は、堰を切ったみたいに止まらない。


「冷静ぶって、すかしたところがきらいです。そのくせ、困っている人を見捨てられないところがきらいです。私だけを見て欲しいのに。あなたがそんな風じゃなかったら、私もこんな風じゃなかったのに。でも、そういう誰にでも優しいところが、とても格好良くて――」



「――なにより、いちばん、だいきらいです」



 姫虎が顔を上げて俺を見た。まっすぐ、濁りのない瞳で。

 だから、俺もまっすぐ姫虎を見る。


「……一昨日の夜、聞いたな。自分をどう思うか、と。どう思っているのか、と」


 あの時、俺はやっぱり、間違えていたのだ。

 何十回、何百回きらいと言われても仕方がない間違いを犯した。


「俺は答えた。幼馴染だと思っていると。それだけだと。あれは嘘だ。決して、それだけじゃない。もっといろんな気持ちがある。だが――」


 正面からぶつけられた言葉には、正面から返さないといけない。

 そんな当たり前を、今こそ為そう。だから、言う。


「――わからん! 俺が姫虎に向ける気持ちが何なのか、ぜんぜんわからん!」


 あんまるが「え゛ッ」と変な声を出した。


「だってな、姫虎! 俺は修行漬けな上に、田舎暮らしの忍者だ! 恋愛感情がどうとか、わからん!」


 結局、俺は未熟者なのだ。忍者としても――それ以外の面でも。


「だけど、ひとつだけ確かなことがある! 俺は姫虎が嫌いなわけではない! 姫虎がどれだけ俺を嫌っても、俺がお前を嫌いになることはない!」

「う、うそです!」


 姫虎が首を横に振る。


「だって、私を置いていったじゃないですか!」

「嫌いなら、そもそも着いて行かないさ! わかりにくかっただろうが、毎年、お前が来るのを楽しみにしていたとも! そうだ! 姫虎が好きなものを共有してくれて、俺は楽しかったんだ!」


 胸のうちにある、たしかな事実気持ちを自覚する。

 我がままに付き合うのは面倒でもあったが、それ以上に……楽しかった。


「好きか嫌いかで言えば、好きだ! 大切な幼馴染だ! だからこそ、恋愛について俺なりの答えを出してから、もう一回ちゃんと答えさせてほしい! いや、必ず答える! だから、もう少しだけ待ってくれ! すまん!」


 言い切る。こんなに叫んだのは、人生で初めてかもしれない。なにか、つっかえが取れたような感覚がする。


 ふと、ふよふよ浮かぶ『目玉くん』と、その下部のホログラフィックディスプレイが視界に入った。衆人環視の中で、俺たちはなにをしているんだろう。なにを言っているんだろう。


 少し恥ずかしくて、でも、それ以上にすがすがしい気持ちだった。

 たぶん、姫虎もそうだと思う。あの呆れ顔を見ればわかる。

 だから――ああ。


「あと、これは余計なことかもしれないが」


 思っていること、思っていたこと、ぜんぶ。

 言ってしまおう。そうしないと、俺たちは先へ進めないのだから。

 どう思いたいのか。どう思われたいのか。そういう場所まで、進むために。


「姫虎は脇がものすごくエロいと思う。以前、脇なんて見ていないと言ったが、本当はめっちゃ見ていた。それもすまん」


 『マジで余計なことだよ』

 『思春期エロニンジャがよ』

 『段蔵くん、最低です』


 言うと、姫虎は潤んだ瞳で頬を赤く染め、もじもじした。


「やっぱり見てたんじゃないですか、もう……、段蔵ったら、すけべなんですから」


 『なんで嬉しそうなんだよ』

 『脳内ピンク女……』

 『おじさん、なんかもう一周回ってファンに戻りました』


 コメント欄がうるさい。あんまるも腹をよじって大爆笑している。

 でも、悪い気持ちはしなかった。


「さあ、姫虎。帰ろう。一緒に」

「……はい。帰りましょう、段蔵。あんまるさんも、ごめんなさい。迷惑をかけましたね」


 憑き物が落ちたみたいに、姫虎が微笑む。頭上の王冠が消える。相変わらず顔色は悪いが、もう大丈夫だろう。

 あんまるが笑った。


「いいって。仲良くなりたいって言ったっしょ? と、いうわけで! これにてっ、一件落着――」


 あんまるが見栄を切ろうとした、そのとき。ぞわ・・、と背筋が震えた。

 瞬時に、反射的に身構える。誰に? ――当然、相手は決まっている。


「いい話だねぇ♥ 青春ってやつ? かわちぃね♥ 胸にきゅんきゅん来ちゃって、ヤヨはもーゲロ吐きそう♥」

「やめとけ。いま吐いたら荻谷に潰された内臓とかが欠片になって出てくるぞ。……それはそれで見てェな、オイ」


 瓦礫の山の影、円形舞台の端にある祭壇に、人影がふたつ並んでいた。ゴスロリを赤黒く染めた女と、左腕が変な方向にねじ曲がった男。

 凄惨な姿で、でも心底楽しそうに、残酷な顔で笑っている二人組。


「つーわけで、よォ」

「最終決戦、やっちゃおっかァ♥」



※※※あとがき※※※

でも段蔵くん、青春と悪党は待ってくれないぞなのだ。


前回のナルシスト質問がナルシストすぎた感あるので、「おまえの気持ちを聞かせて欲しい」等の柔らかい遣り取りに変えるかもなのだ。

変えるとしても展開には影響ないからご安心くださいなのだ。


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