第63話 姫虎に問う(一)



 姫虎が険しい顔であんまるを睨みつける。

 あんまるは挑戦的な笑顔を姫虎に向ける。


「邪魔、を……しないで……!」

「傷つくなー、邪魔だなんて言われたらさー」


 片や、メイスを引きずり。

 片や、大太刀を担いで。


「アタシはひめこちゃんとも仲良くなりたいケド?」

「うるさい、あなたなんて、あなたみたいなのがッ……!」


 そして、そのどちらもが。


「――いちばん、許せないん、です! 【六病冠の残光シックスシックストラグル】ッ!」

「魔力充填、鮫丸サメマルゥ……ッ、斬撃波インパクトおッ!」


 超火力スキルを振り回す、強者だ。

 蒼い魔力の斬撃が、メイスのフルスイングとぶつかる。斬撃が砕け、衝撃波が円形舞台を駆け抜ける。瓦礫が震えて崩れ、水しぶきがそこかしこで上がる。


「やっぱり、ただの腕力で鮫丸斬撃波砕いてるよね? やばぁ」

「……あんまる。どの程度、動ける?」

「ポーションのおかげで、それなりに。ただ――」


 あんまるは額に汗を浮かべてにやり・・・と笑った。


「――鎮痛効果が切れたあとのことは、考えたくないカナ☆」

「わかった。どちらにせよ、時間はさほどない。姫虎の暴走スキルは、おそらく時間制限なしのフィジカル超強化だ。身体への負担は度外視しているだろう。呪いも心配だ。長引かせたくない」


 事実、姫虎の唇の端からは血が流れ落ちている。顔色は青を通り越して真っ白だ。


「おけおけ。で、段蔵くんは、どうしたいのん? なに話すか決まった?」

「ああ。スキルで拘束を試みる。正面から打ち合って、タゲを取ってくれ。……頼む。あんまるにしか頼めない」

「りょーかい☆ ラーメン奢りね!」

「地上に戻って再入院して、退院してからな」


 あんまるが再び鮫丸斬撃波を放つ。ふらふら歩く姫虎が、メイスで迎え撃つ。

 空間が震えるほどの衝撃。魔力と膂力がしのぎを削り、びりびりとボスフロアを揺らす。


 普段とは逆だ。あんまるが正面でタゲを取り、メイスの一撃を抑えてくれれば、俺が裏を取れる。忍者機動術ニンジャ・マニューバスキルを使えば、姫虎の裏を取るのは、簡単だった。あとは、影を踏ませて、スキルを発動すればいい。

 だが。


「なに、か……。しました、か……?」

「――【風魔流忍法:吞牛之術ジャック・イン・ザ・ボックス】、が、効かない……!?」


 姫虎が影に沈まない。

 影を踏ませた瞬間、わかった。


「重量制限か!」

「ふふ……どう、せ。私は重い、女……です……ッ!」


 そういう意味ではないのだが。

 メイスが振るわれる。回避するも、風圧で吹き飛ばされ、またゴロゴロ転がる。追撃が来る前に、あんまるの斬撃波が割り込んだ。ありがたい。


 『どゆこと?』

 『影の収納、牛一頭くらいは入るんじゃなかったっけ』

 『ひめこちゃん、牛より重いんか』


 そう。明らかに見た目よりも重い。

 【六病冠の残光】はフィジカル強化系術式だろう。しかし、姫虎が筋肉ムキムキになっているわけではない。

 ダンジョンスキルが重さ・・を与えているのだと考えれば、合点がいく。


「――あんまる! 拘束は無理だ! このまま話す! 打ち合っていてくれ!」

「段蔵くんって実はすっごいドSだよねぇ!?」

「すまん! 許せ!」

「許す!」

「私の、前で……! イチャつくんじゃ、ないですよぉ……!」


 また、魔力とメイスの衝撃。

 おそらく、五本分の呪詛溶液マントラリソースが、質量を持った魔力に変換され、姫虎の体に加算されているのだ。威力から察するに、十トンは軽く超えているはず。容量八百キログラム程度の【風魔流忍法:吞牛之術】には収まらない。


 一発一発の威力が度を越しているのも道理だな。

 巨大な肉食恐竜が尻尾を振り回して暴れているようなものだ。


「姫虎、答えなくてもいい。ただ、聞いてくれ」


 青の魔力とメイスが、何度も何度もぶつかり合う。

 あんまるは、あと何発、鮫丸斬撃波を放てる? そう多くはないだろう。本来は一ダイブに一回か二回しか撃てない必殺技の連射だ。

 いくら俺たちのダイブが視聴者を集めていても、マジチャには限りがある。


「姫虎は知っているだろうが、俺は小さいころから忍者として育てられてきた。歴史に再び加藤段蔵の名を遺したいと願い、修行に励んできた」


 だから俺は足を止めて、呼びかけだけに集中する。コメントもカメラも忘れる。


「伊賀の奥里の学校は生徒総数四人で、同学年はひとりもいない。父さんは出張、母さんはイタリアで仕事。ただ、爺さんに忍術を習い続ける、代わり映えのしない毎日だった」


 いま、俺が気にすることは、暴走する幼馴染に届ける言葉だけだ。


「毎年、姫虎が遊びに来ると、そういう毎日が変わるんだ。ネットに疎かった俺に配信を教えてくれたのも姫虎だった。昔から、そういうコンテンツが好きだったよな、姫虎は。なぜ俺を巻き込むのか、と思っていたが……」


 俺は幼馴染失格だな。お前の心を知るべきだったのに。お前の心に寄り添うべきだったのに。寄り添うどころか、知ろうともしなかった。


「やっとわかった。親しい人や、親しくなりたい人とは、好きなものを共有したくなるのだと」


 なあ、姫虎。お前はただ、ダイバーになれたら良かったわけじゃないんだろう?

 俺と、一緒にやりたかったんだろう?


「姫虎。お前は、俺と共有したかったんだ。楽しいことを。好きなものを。好きなことを。だから――」


 何度も打ち合った末に、蒼い魔力が弾け、霧散する。妖刀鮫丸から魔力が抜けていく。あんまるが膝を突く。マジチャが尽きたか、あるいは集中力の限界か。

 姫虎が、ゆっくりと俺を見た。濁った瞳で、最優先の目標に照準を定め、歩き始める。つまり、俺に向かって。俺はただ、正面で待つだけだ。


「――ひとつ、聞かせてくれ。自意識過剰な質問だ。以前も聞いたことだ。なあ、姫虎」


 以前は、ただの確認だった。状況から逆算して、聞いただけ。

 でも、今は違う。その心を知りたいから、聞くんだ。

 お前を知りたいから、寄り添いたいから、問うんだ。

 姫虎が俺の目の前に迫る。メイスが振り上げられ、そして――。


「お前、俺のことが好きなのか?」


 ――姫虎の動きが、止まった。



※※※あとがき※※※

だいぶクライマックス感あるのだ。

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