第61話 カチコミ・ニンジャ(六/六)
坂上を後ろ手で縛る。当分は起きないだろうが、念のため。
袋小路の入り口側を見れば、荻谷さんが髪と残滓を殴り越えて、ビシュハーマンの腹に拳を叩き込んでいるところだった。
小さな体が"く"の字に曲がって真横に吹き飛び、反対側にある壁に激突する。
傷だらけ、血まみれの荻谷さんが、口元の血を拭って微笑んだ。
「まだ、やります?」
「ぐッ、けほ、イヤな女ねぇ……♥」
『自傷覚悟の特攻で腹パンかぁ』
『これが公務員の戦い方かよ』
『きょ、今日はオフだから……』
ビシュハーマンも拘束して、姫虎を探しに行かないと。
「荻谷さん、こいつらを入り口まで持っていったら、俺は姫虎を探しに行きます」
気絶した坂上を肩に担ぐ。
水路と通路が入り組んだダンジョンでの探索は難航しそうだが、幸いモンスターは湧いていない。『呪詛組』の魔術か呪術か陰陽術か、俺にはわからないが、そういう技術によるものだろう。
「ひとりで大丈夫ですか?」
「問題ありません。爆破の衝撃は食らいましたが、その程度で――」
――話しながら袋小路を出ようとしたところで、気配がひとつ増えていると気づく。
壁に半ば埋まったままのビシュハーマンが、横目で
「あらら。起きたんだ、姫虎ちゃん♥」
そこにいたのは、姫虎だった。上杉姫虎。俺の幼馴染。俺が話をすべき相手。
愛用のメイスを引きずるように持って、立ち尽くしている。
『ひめこちゃんだ!』
『よかった! 保護しなきゃ』
『なんか顔色悪くね』
「姫虎! 無事でよかった……!」
「段、ぞ……う? どうして、ここに……?」
「探しに来たんだ。俺はお前に言うべきことが――待て。目のクマがすごいぞ。顔色も悪い。大丈夫か?」
様子がおかしい。眼は濁り、どこか虚ろな表情をしている。俺の言葉にも、首をかしげてぼんやりとした反応しか示さない。
悪い予感がする。にちゃり、と壁に埋まったビシュハーマンが嗤う。
「姫虎ちゃあん? 段蔵くんがいるよぉ?
「――暗示魔術!? させません!」
荻谷さんの拳が閃く。追撃の腹パンが、ビシュハーマンの体をさらに壁に埋め込み、口から血反吐がまき散らされた。……だが。
拳を腹に抱え込んだまま、ぎゅるッ、と髪が蠢く。ヤヨ・ビシュハーマンが、見た目以上のタフさと根性を発揮して、自分ごと荻谷さんを髪の毛でがんじがらめにしたのだ。
「しまッ……!」
「がふッ、あはぁ♥ さあ、姫虎ちゃん、みぃんなまとめてェ……」
まずい。なにかわからないが、まずい!
俺は坂上を投げ捨て、姫虎に駆け寄ろうとして――がくん、と
いつの間にか目覚めていた坂上が、歯茎をむき出しにし、嗤いながら俺のダイブスーツの裾に噛み付いていた。驚きを瞬時に
「タフな男だ……!」
掌底の打ち下ろしを頭に叩き込み、再び意識を刈り取る。
対応は完了したが――出遅れた。
かちゃん、と音が鳴る。
荻谷さんの【終わらぬ巡礼】が、髪の毛を弾き飛ばした――だが、しがみつくビシュハーマンまでは、剥がせない。
姫虎の瞳が、濁った緑色に輝く。ビシュハーマンが、囁いた。
「……ぜんぶ、ぜぇんぶ、壊しちゃえ♥」
「――あ、あああ、あああああああああ……ッ!」
俺が
「【
姫虎のスキルが励起する。強制的な上位発動――
暴走した姫虎は、重たいメイスを両腕で振り上げ、地面に叩きつけた。
ただ、それだけ。たった、それだけなのに。
轟音。衝撃。
破壊。崩落。
たった、それだけのことで。ダンジョンが、ぶっ壊れた。
プラスチック爆弾にだって負けていない、いやそれ以上の、圧倒的な破壊力。
通路が砕け、足が地面から離れ、上下感覚があやふやになる。一瞬の浮遊感のあと、背中から地面に叩きつけられて、ようやく脳が状況に追いつく。
「一階層ぶん、床をぶち抜いたのか……!」
忍者不動術。跳ね起きながら、周囲の状況を確認。
そこは水路の中央に浮かぶ、円形の舞台だった。破壊された上層水路から、水が滝みたいに流れ落ち、瓦礫の山を濡らしている。
舞台の端に祭壇みたいな場所があって、円柱型のガラス容器が据えられているのも見えた。中から嫌な気配が漂っているのは気になる……、いや、今はそれどころではない。
『は? え?』
『シンプル暴力でダンジョン構造体ぶっ壊したってこと!?』
『段蔵くん大丈夫!?』
「俺は大丈夫だ。幸い、瓦礫にも潰されなかったしな。だが……」
至近距離であの衝撃を浴びた荻谷さんが心配だ。絡みついたビシュハーマンごと瓦礫の下かもしれない。坂上も吹き飛ばされて、どっか行ってしまった。安否確認をしたいが、暴走中の
「段蔵。来てくれたんですね。来て、しまったんですね。ああ、段蔵……」
「姫虎……!」
俺の幼馴染は、舞台の中央に着地し、ひとり無傷でたたずんでいた。
瞳は緑色に輝き、頭の上には王冠型に凝結した魔力の塊が浮かんでいる。【
「目を覚ませ、姫虎! お前はいま、普通じゃないんだ」
「私の段蔵。ずっと、そばにいて……。いえ、私の段蔵じゃ、ないんですっけ。だったら、ああ、あ、私のモノじゃないなら……そうです……」
「話を聞け、姫虎。俺は、お前に――」
「壊してしまいましょう……ぜんぶ壊して、私も一緒に壊れて、同じところで眠りましょう。そうしたら、ね? ずっと、ずうっと、一緒にいられます……」
「姫虎! くそっ」
聞いちゃいない。姫虎の体が翻り、驚異的な速度で襲ってくる。
飛び退って唸るメイスを回避。瓦礫の上をゴロゴロ転がり、また立ち上がって呼びかける。
「姫虎! 俺は戦いに来たわけじゃない!」
「一緒に、いきましょう? ね、段蔵……」
『反撃しろ』
『デカいクナイならアレと打ち合えるんじゃない?』
『さっき折れただろ』
【
万事休すか、と歯噛みしたそのとき。
――ふいに、姫虎がメイスを斜め上に振り抜いた。
猛烈な速度で飛来した青いオーラの一撃をメイスで迎撃し、かき消したのだ。
今のは。はっとして、振り返る。天井に開いた上層通路の穴のふちに、人影が立っている。
「……どう、して。なんで、ここにいるんだ!? 病院はどうした!?」
「どうしてって、そんなのさ」
間抜けな顔で問いかける俺に、上層通路から飛び降りたそのギャルは
「決まってんじゃん。『迷宮見廻組』は、ダンジョンで困っている人を見捨てないってワケ」
袴と甲冑を組み合わせた、サムライ風のダイブドレス。青い魔力を滾らせた、見事な波紋を持つ大太刀。
そして何より、盛夏のひまわりみたいな、力強い相貌。
「だから、助けに来たよ、段蔵くん。ひめこちゃんもね☆」
ギルドマスター。出雲杏奈が、そこにいた。
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