第60話 カチコミ・ニンジャ(五/六)



 拳打。すさまじい速度で繰り出される、拳打。

 ピンクの髪が弾け飛び、再生成され、また弾け飛ぶ。

 荻谷さんとヤヨ・ビシュハーマンの戦闘は、嵐のようだった。吹きすさぶ暴風のごとき拳の連打と、通路を埋め尽くすほどの髪の津波のぶつかり合い。


 『すっご……』

 『荻谷さん強くね』

 『メリケンサックに魔術的な加護が入ってるっぽい』


 手を出せる状況ではない。第一、まだ爆弾の衝撃が体から抜けていない。音もほとんど聞こえないから、忍者読唇術ニンジャ・リップリーディングスキルで代用しているくらいだ。


「いひひ♥ 荻谷ちゃあんっ! そのスキル、実は無効化じゃないでしょ? その正体はぁ、触れた術式にループ処理を組み込んで強制エラーで処理落ちさせる、術式のたらい回し! とっくに分析済みだよぉ♥」

「わかったところで、対策できるようなものでもないでしょう」

「そうねぇ、並みの術師なら、そうだよねぇ。でーもっ♥ ヤヨは"人喰い"ビシュハーマンなのだ♥」


 ビシュハーマンが、緑色のアンプルを三本まとめて首にぶっ刺した。


「無条件の魔力分解とか、そういうチートじゃなくて、術式をバグらせるだけでしょお? だったら、こっちが最初からバグってれば効果は半減するよねぇ♥」


 オーバードーズの影響か、鼻から血が一筋垂れる。


 『こわ』

 『白目剥いてるよ……』


「んぶふッ♥ 魔力充填ンンぅ……ッ! 上位発動ッ、【しがみつく灰アシェンプテル】ぅうっ♥」

「過剰魔力による上位術式の強制発動――、暴走・・ですか!」


 毛髪の津波が、さらに勢いを増す。

 荻谷さんが顔をしかめて殴り、髪を消し飛ばす――だが。ばらばらに散ったピンク色の髪が、消滅しない。砂粒のような魔髪の残滓が、空気中をきらきら光りながら漂っている。


 残滓がうねる。荻谷さんがスウェーでかわす。砂嵐のように渦巻く残滓の塊が、壁面をたやすく削った。やすりのように。

 追加される髪蛇の猛攻を殴って消し飛ばしながら、荻谷さんが数歩下がる。


「髪の残滓も自在に動かせる能力ですか。厄介な」

「荻谷さん、助力は必要か?」

「邪魔が入らないようにしていただけるとありがたいです」

「心得た。背中はカバーする。……ビシュハーマンを倒す策があるんだな?」


 荻谷さんが、オレンジ色のアンプルを首にぶっ刺した。パンツスーツの足が軽快にステップを踏み、革靴が小気味よい音を鳴らす。


「ええ。――正面から殴り倒します」


 『ゴリ押しで草』

 『相手も暴走っていうゴリ押しだしまあ……』

 『がんばれ荻谷さん!』


「がんばります……!」


 律儀にコメントに返事をしながら、荻谷さんが駆ける。襲い来る残滓の砂嵐を殴り、髪蛇を殴り、前進していく。防護処理されたスーツが裂け、頬が残滓に削られ血が流れても、足を止めない。

 シンプルな策が、暴走するビシュハーマンに迫る。


 俺は荻谷さんの背中をカバーする位置をキープして――と。


「こっちに来たか……!」


 瞬時に振り向き、ワープして来た坂上銀五郎を迎え撃つ。

 やつは歯を剥いて笑った。


「この脳筋どもがよォ、こちとら非力な術師だってのに、フィジカルでゴリ押してきやがって!」

「強みを押し付けるのが勝負の基本だろう。そちらの策はもう品切れか?」


 ナイフと長クナイが、再度、弾きあう。

 転移による奇襲攻撃は強力だが、それ以上に厄介なのは、ワープ回避だ。


 現在、俺たちは崩れた狭い通路の袋小路に追い込まれている。入り口にはビシュハーマンが陣取り、荻谷さんがビシュハーマンに向かって進撃し、俺はその背後をカバーしている状態である。

 ビシュハーマンの背後に避難されたら、攻撃の当てようがない。


 その上、非力な術師だと自称しているが、俺のクナイと打ち合える程度にはナイフ格闘もこなす男だ。

 光源をぶらさげているし、【風魔流忍法:吞牛之術ジャック・イン・ザ・ボックス】の罠も有効ではない。と、なると。


「仕方ないな」

「なにが仕方ないってんだ、あァ!?」


 だったら、坂上の反射神経を超える速度の一撃で、意識を刈り取るしかない。

 俺は長クナイを影に収納して、脱力した。


 『段蔵くん!?』

 『なにする気だ……?』


「ふざけてんのか、テメェ」

「大まじめだ。いつだってな」

「そうかよ」


 坂上の姿が掻き消える。気配は――俺狙い。


「――ッ」


 パン、と小さな破裂音が鳴る。

 ナイフを構えた坂上の体が力を失い、どさりと通路に崩れ落ちた。


 『え? 今の音なに?』

 『音が鳴ったら坂上が気絶したんだけど』

 『段蔵くん、姿勢変わってね』


 そう。俺は、手刀を横に振り抜いた姿勢で止まっていた。ふう、と息を吐く。


「加藤家秘伝、夕顔落とし。奥義だからな、カメラの前では使いたくなかったんだが」


 忍者の体重移動技術と身体操作技術の応用。超高速の一撃だ。本来は、クナイなどの刃物を用いて、敵の首を瞬時に落とす術である。

 今回は手刀で顎を打ち抜き、脳を揺らして意識を刈った。


「実戦で狙って使うのは初めてだったが、うまくいってよかった」


 坂上を打ち据えた右手をさする。威力は抜群だが、負担の強い技だ。指先が痺れている。


 『鞭でも同じような音が出るよね、パァンって』

 『まさか、さっきの音、衝撃波か!?』

 『手刀の先端速度が音速超えたってこと!? どうやって打つんだそんなの』


「秘密だ。秘伝だからな。真似しないでくれると嬉しい」


 『真似できねえよ』

 『忍者怖い』

 『コイツ漫画のキャラか?』

 『いや、ゲームのキャラだよ。ゲーミングニンジャだし』


 ゲーミングニンジャって呼ぶな。



※※※あとがき※※※

大変長らくお待たせしましたなのだ!

次回もバトルなのだ!

あの人が出てくるのだ!

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