第59話 カチコミ・ニンジャ(四/六)



 坂上銀五郎という男を過小評価してはならない。

 運動性能、格闘技術では俺が上回っているし、スキルの効果もお互い割れているし、前回は俺が拘束して終わった。完封勝利だったと言っていい。

 だが、それでも。俺は、坂上銀五郎が恐ろしいと思う。


「ハッハァ! その首掻っ切ってやるよォ!」


 なぜなら、この男は人間の急所を狙うことに、一切のためらいがないからだ。人を殺した経験と、人を殺す覚悟を持った極悪人。文字通りの人殺し・・・。それが坂上銀五郎なのである。


 空のアンプルを床に捨てながら、連続ワープで背後から襲い掛かってくる坂上を、長クナイで迎撃する。前回同様、【風魔流忍法:吞牛之術ジャック・イン・ザ・ボックス】で捕らえようとしたのだが。


 『光源か、考えたな』

 『自分が光ってれば影は反対側に伸びるもんな』

 『段蔵くん頑張れ!』


 坂上の首元には、煌々と輝く高出力のミニライトが吊るされている。【百里走バッド・ニュース】の奇襲性は激減するが、【風魔流忍法:吞牛之術】を用いた罠への対策としては、この上ない。

 厄介だ。拘束してぶん殴って気絶させるつもりだったのに。


「加藤さん、加勢は……!」

「いや、このままで!」


 加えて、坂上がいるだけで荻谷さんの行動も制限されてしまう。もっとも簡単な背面ワープ対策は、壁に背をつけることだ。荻谷さんは坂上が奇襲をかけて来た直後、すぐにそうした。

 背後は取られなくなるが、身動きも取れなくなるのが問題で、二対一の優位を潰され、俺は坂上との一対一を強いられている状態である。


 『タイマンに持ち込まれたけど、忍者はむしろタイマン強いから悪手では』

 『回避性能高い相手には範囲攻撃に巻き込むのが上策だけど』

 『二の矢があるんだろ、段蔵気をつけろ』


「――坂上銀五郎! なにが狙いだ!?」

「聞かれて答えるバカがいるわきゃねェだろ! ……と思ったが、まあ、たまにはバカになってみるのも悪くねえか。ヤクザに高い金出して譲ってもらったオモチャでよォ、自慢させろやクソガキ」


 長クナイとナイフがかち合い、弾きあって距離が開く。坂上がにやり・・・と笑って、ウェストポーチに手を突っ込んだ。


「まったく、呪術師も商売あがったりだぜ。チンタラ呪いなんかかけるより、こっちのほうがよっぽど手軽だからよォ」


 『なんだ?』

 『戦闘自体が世論を騙すための茶番だから見る価値なし、早くひめこちゃんに謝罪しろ』

 『みんなアンチは無視しろよー』

 『段蔵くん気を付けて!』


 取り出されたのは、レンガのようなサイズの包み紙。その外側に、小さな機械とケーブルがくっついている。荻谷さんが小さく息を呑んだ。


「プラスチック爆弾つうんだけどよォ、コレ使うのずっと楽しみだったんだよなァ……!」


 その包み紙だけを空中に残して、坂上の姿が掻き消える。ワープだ。俺の後ろではない。荻谷さんも壁に背をつけたまま。第三者――おそらく付近に控えたヤヨ・ビシュハーマンの背後にワープした。

 坂上のワープが前提……、ならば爆破までの時間は、おそらく三秒もない。瞬間、俺は壁際の荻谷さん目がけて跳んだ。


「荻谷さん、深呼吸! 【風魔流忍法:吞牛之術ジャック・イン・ザ・ボックス】……!」


 ダンジョンスキルを発動し、巨クナイを引きずり出すと同時に、深く息を吸う荻谷さんを影に沈める。間髪入れずに巨クナイを構えて――。


 ――ゴバッ! と空間が丸ごと震えるような衝撃が、通路を駆け抜けた。


「く……!」


 吹き飛ばされ、ゴロゴロと通路を転がる。衝撃に耐えかねたダンジョンの天井や壁面が、一部崩落するほどの威力。だが、なんとか防御は間に合った。


 『やば! 画面砂嵐なんだけど段蔵くん大丈夫?』

 『目玉くんぶっ壊れたんじゃないの』

 『あ、画面戻った。目玉くん頑丈だな、さすが謎技術の結晶』


 生きている。しのいだ。

 巨クナイは弾き飛ばされて水路に落としてしまったし、耳もイカれてしまったらしく、『きぃいん』という耳鳴りしか聞こえなくなっているが、怪我らしい怪我はない。


 『段蔵くんが膝ついてるとこ、初めて見たな』

 『回避盾は範囲攻撃に弱い、相手もわかってたか』

 『二の矢防いだから勝ちだろ』


 ダイバースーツには魔術的な防護処理が施されている。ダンジョン内限定だが、機動隊の対爆スーツにだって負けない性能がある。単純な爆破による衝撃波なら、こうして耐えることが――待て。

 俺対策にプラスチック爆弾まで用意していた相手が、ダイバースーツの基本的な仕様を理解していないなんて、考えられるか?


「崩落が狙いか!」


 跳ね起きながら背後を確認。来た道が、がれきでふさがっている。袋小路に閉じ込められてしまっている――三の矢・・・だ。


 そう気づいた直後、狭い水路の袋小路に、ピンク色のなにか・・・が流れ込んできた。それは魔力で編まれた強靭な繊維の集合体。ショッキングピンクに染められた――髪の毛の濁流。


 『ヤヨ・ビシュハーマンのスキルだ!』

 『逃げて!』

 『逃げ道がないから潰されるぞ』


 坂上の暗殺が成功すれば良し、失敗しても爆弾を使えば良し、爆弾で仕留めきれなくても逃げ道をふさいで髪濁流・・・で圧殺できれば良し。

 三段構えで、確実に殺しに来ている。


 コメントの言う通り。回避性能の高い忍者は個別の攻撃には強いが、範囲攻撃には弱いという性質を見抜いた、見事な戦術だ。

 一点、奴らに想定外があったとすれば……。


「【風魔流忍法:吞牛之術】――荻谷さん、待たせた!」

「ぷはっ、影の中って呼吸できないんですね。私、影に入ったのなんて初めてで……、おっと。【終わらぬ巡礼セイント・ミー・アラウンド】、発動します」


 空のアンプルが一本、ダンジョンの床に落とされて軽い音を立てる。

 直後、バヂッ! と音を立て、髪濁流が弾け飛んだ。


 『出た! 荻谷さんの無効化スキルだ!』

 『影の中、人体が入れるのはわかってたけど、丸ごと納められるんだな』

 『あれ? 非番なのにアンプル使ってる? いいの?』


 影から飛び出してきた荻谷さんが、右拳で髪濁流をぶん殴ったのだ。

 他人のスキルを無効化するスキルを纏った、拳で。


「……あれぇ? 今日は面倒くさい申請しないんだねぇ、荻谷ちゃん♥」


 通路の奥から、ゴスロリの犯罪者がひょっこりと顔を出す。隠れて出番を待っていたのだろう。


「出ましたね、ヤヨ・ビシュハーマン。ええ、本日の私は有給、非番ですから。申請は不要となっております」

「相変わらずクールでかわちぃね♥ つま先からちょっとずつ摩り下ろして、ヤヨ特製の美容液に加工してあげたくなっちゃう♥」

「あなたは相変わらず恐ろしいですね、"人喰い"ビシュハーマン」


 そう言いながら荻谷さんが両手に武器を嵌めた。艶消しの黒で塗られた、棘付きのメリケンサックだ。……いかついな。


「……んん? かわちぃくないねぇ、その武器」

「こちら、私が休日にダンジョンで憂さ晴らしをするとき用の武器でして。公社からは『印象が悪いから使うな』と言われているのですが――再度、申し上げておきます。本日の私は有給、非番です」


 荻谷さんは、にっこりと微笑んだ。


「コンプラなしで、いかせていただきます」

「んふふ、上等ぅ♥」



※※※あとがき※※※

レビューとコメント、ありがとうございますなのだ!

ところで普通にやらなきゃいけない仕事があった(のに親愛なる隣人としてニューヨーク守るゲームやってた)ので、更新はまた明後日以降になると思いますなのだ。申し訳ないのだ……。

ラストバトルまでプロットは詰め終わっていて、残り十二話(約二万文字)の予定なのだ。

最後までお付き合いいただけると幸いです。


@panicflavorさん、ギフトありがとうございますなのだ!

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