第57話 カチコミ・ニンジャ(二/六)



 東京地下鉄の歴史は長い。

 二十世紀前半に始まった鉄道は、戦後の復興期、高度成長期を通して縦横無尽に張り巡らされた。令和になった現在、その総延長は300キロメートルを超えている。


「東京から名古屋まで、直線距離で260キロメートルくらいだったはず。東京は小さいのに、地下にはとんでもなく長い道が詰まっているんだな」


 つぶやいた言葉が、暗闇の中で反響した。


 俺たち三人・・は、まさに東京の地下鉄線路に降り立っていた。現役の線路から少し外れたところにある、線路の通らない線路。すでに使われていない路線である。


「歴史が長い分、廃線、廃駅もぎょーさんあるっちゅうわけか。梅田の地下もたいがいやけど、東京は格別やな」


 小太りの男性が、ぼやきながらオレンジ色のマナアンプルを首に刺した。

 地下鉄線路潜入から、数十分。二本目のアンプルだ。


「もっかい確認しとくで。俺の【共歩きの悪魔チェイス・オーメン】で追いかけられるんは、厳密に言うたら現在位置やない」


 そう、迷惑系ダイバーのテルマウス氏である。


「俺を中心にした半径十キロ圏内で、追跡対象が、どの道をどう通ったか、や。こうも複雑な道やと、ゴールまで何本使うかわからんで」

「十本以内に終わるなら構わない」


 彼のダンジョンスキルで姫虎を追跡し、アジトまで導いてもらおう、という計画である。脅してでも協力してもらうつもりで連絡を取ったのだが、彼は「ほな東京行くわ」と二つ返事で新幹線に乗って来た。


 とはいえ、友好的なわけではない。俺たちの間に、会話はほとんどない。

 また数十分、懐中電灯を揺らして黙々と歩く。三本目のアンプルを打ったあと、先頭を歩くテルマウス氏が口を開いた。


「あの子、命に別状はないんやて?」


 杏奈のことだと、すぐわかった。


「……まさか、責任を感じているのか。杏奈が刺されたことに」

「いや別に? 刺されたんは俺のせいやない。悪いんは、刺したやつやろ」


 本当にそう思っているような、身勝手な口調だった。チャンスがあれば殴ろう。無許可で。


「なら、どうして俺たちに協力的なんだ」

「……俺はな、クズなんや」

「そうだな」「ですね」

「おい」


 テルマウス氏は半目で振り返った。事実だろうに。


「クズはな、善人ぶったやつに助けられっぱなし、ちゅうのんが、いちばん居心地悪いんや。……ま、お前には、わからんやろうけど、クズにはクズなりのプライドがあるちゅうこっちゃ」

「ああ、わからん。クズに限らず、俺には他人の考えることなんてわからん。……だが、助かる。ありがとう」


 テルマウス氏は「ふん」と鼻を鳴らして、前に向き直った。


 一時間ほど経ったところで、光を見つけた。使われていない線路の先に、光がある。

 近づいてみると、小さなキャンプ用ライトが置かれた、古い駅のホームだった。駅名表示の看板は朽ちて読めず、電光掲示板のたぐいは一切ない。


 ――そして、ホームの端に黒い穴が浮かんでいる。


「戦前の廃駅ですね」


 荻谷さんがタブレットで古い路線図を見ながら言った。

 線路上には太いタイヤを持つ三輪原付トライクが置かれている。どうやって持ち込んだのかはわからないが、闇ギルドの面々はコレで廃線を移動しているらしい。


「……ここから先は、追跡できへん。ルートが途切れとる。異界・・に入った、ちゅうこっちゃな。ほな、俺はここまでや、警察に場所を通報して、ゆっくり待っとる」


 キャンプ用ライト以外にも、ブルーシートの上にはアウトドア用品がぽつぽつと置かれている。虫よけ、殺鼠剤、発電機……。誰かがこの駅を利用しているのだ。それが誰かなんて、考える必要もない。


 テルマウス氏は、疲れた顔でシートの上に座り込んだ。マナアンプルを用いた、ダンジョン外でのダンジョンスキルの連続使用。かなり疲弊しているはずだ。

 彼はここまで。

 ここからは、俺たちが。


「荻谷さん、休憩はいりますか」

「不要です。加藤さんはどうです?」

「俺も必要ないです。ただ――」


 肩掛けのボストンバッグを床に置いて、ジッパーを開ける。

 中にはマナアンプルが残り五本と、浮遊カメラの『目玉くん』、それから白い衣装が詰め込まれている。


「――準備する時間が、少しだけ欲しい」


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