第56話 カチコミ・ニンジャ(一/六)



 姫虎の残したアンプルの内部には、微量の魔力媒体が付着していた。

 ダンジョン公社の解析により、呪詛溶液マントラリソースだと判明。

 緑色・・だったのだ。姫虎が体に取り入れた――もとい、憑り入れたモノは。


「いやー、参ったねぇ」


 左慈支局長は、いっそ殴りかかりたくなるくらい呑気な口調で言った。


「殴っていいですか?」


 なので、いちおう可能かどうか聞いてみる。


「いやだよ。物騒だねぇ、十八代目」

「こっちは杏奈を襲われ、幼馴染は行方不明な状態です。お役所仕草に付き合っている余裕はありません」


 肩をすくめる支局長。ダンジョン公社東京支局、いつだかと同じ会議室で、俺と左慈支局長、そして荻谷さんが顔を突き合わせていた。


「左慈支局長、こうなった原因は闇ギルドの台頭を許した政府であり、出雲さんの負傷の責任は私達ダンジョン公社側にあると考えます。……そもそも、彼らは未成年ですよ。闇ギルド摘発の手駒にしようなんて魂胆がおかしいんです」


 どうやら、荻谷さんは味方らしい。


「おじさんだってねぇ、公社にまったく責任がないとは思わないよ? けれど、お偉いさんたちにとって、責任ってモノは取るものじゃなくて取らせるものだから」

「支局長だって、お偉いさんのひとりじゃないですか」

「おじさんなんて、中間管理職に過ぎないよ。上には上がいるものだ」


 アンプルの解析結果が出てすぐ、姫虎の捜索が手配された。警察が、全国の公共交通機関等と協力して、足取りを追ってくれていて、公社も捜査情報を共有しているらしい。

 左慈支局長は手元のタブレットに視線を落とした。


「ま、多少の無茶は通したけどね。上杉姫虎ちゃんの自宅に、即日で捜査令状を出させた。押収品のパソコンから闇ギルドとの売買記録も出たそうだよ」

「今朝電話したところなのに、もうそこまで進んだのか。同じお役所でも、警察は優秀なんだな。どこかと違って」

「手厳しいねぇ。荻谷君、続き、要約して」


 苦笑して、そのままタブレットを荻谷さんに手渡す。荻谷さんは怪訝な顔をしながら、捜査情報にさっと目を通した。


「途中からスマホでのやりとりに切り替えたようで、ここ数日は連絡していませんが……、警察は、上杉姫虎さんは闇ギルドに合流している可能性が高いと見ているようです」

「なら、俺は闇ギルドにカチコめばいいわけか」


 左慈支局長が呆れたように溜息を吐いた。


「あのねぇ、それをダンジョン公社が許すと思うかい? 失態続きなんだ、これ以上のトラブルは避けろって命令されているんだよ。きみを拘束しろ、なんて言う幹部もいるくらいさ。さすがに断ったけどねぇ」

「ならば、俺になにもせず大人しくしていろ、と?」


 左慈支局長を睨みつける。支局長もまた、感情の読めない瞳で俺を見た。……数秒ののち、その瞳が柔らかく微笑む。なんだ?


「でも、『迷宮見廻組』は公社の認めた逮捕権を持つギルドだからねぇ。偶然、闇ギルドがアジトにしているダンジョンに入ってしまったりしたら、そのときは、まあ? 個人の判断に任せるしかなくなっちゃうでしょ?」


 ……ん?

 俺が首をかしげているあいだに、左慈支局長は立ち上がった。


「ああ、そうだ、荻谷君。公社管理物品から処分品・・・が出てねぇ、横の倉庫に置いてあるんだけれども」

「はい。それが、なにか?」

「いいかい? ぜったいに、持って帰っちゃあ、いけないからね? 懲戒解雇されちゃうから。あとキミ、有給溜まってるでしょ。望むなら午後から取っちゃってもいいよ。たまった分ぜんぶ。それじゃ、おじさんはここらで」


 そう捲し立てて、左慈支局長は会議室を出て行った。

 今の話は、つまり、ええと……。


「……エリート公務員って、本当に、ほんッとうに、面倒なんですね。絶対になりたくない」

「ええ、面倒です。私ももう辞めるつもりですよ。……大人として、最低限の責任を取ってから、ですが」


 ともあれ、荻谷さんと一緒に倉庫で処分品・・・を回収する。なんと十本も入っていた。総額一千万円か。カバンに詰め込んで、しっかりジッパーを閉めておく。


 東京支局から出ると、昼過ぎだ。太陽がアスファルトを焼いて、今日も猛暑だった。

 荻谷さんは額の汗をぬぐいながらタブレット端末を操作して、情報を表示した。


「姫虎さんが新幹線を降りてからメトロのホームに行く姿を、監視カメラがとらえていたようです。ですが……、姫虎さんのICカード乗車券には、下車駅が記録されていません。他駅のカメラにも引っかかっていないとか。妙ですね」

「いや、逆にわかりやすくて助かる。やつらが根城にしている場所は、東京駅の中、あるいは駅から改札を出ずに行ける場所で、メトロ方向にあるってことでしょう」


 坂上銀五郎のスキルを加味すれば、蜘蛛の巣のように広がる東京地下のどこかに、奴らが根城にしているダンジョンがあるのだと考えられる。


「なるほど。そうなると、捜索範囲が広大になってしまいますね。大規模な捜索隊を動員しないと……しかし、そんな人員は……」


 これ以上は公社の協力を得られないだろうし、警察にも頼れない。

 と、なると……。


「荻谷さん。緑色のアンプルは、ダンジョン外でもごく短時間ならスキルが使えていた。この性質は、オレンジのマナアンプルでも同じですか」


 荻谷さんはうなずいた。よし。なら、ひとつだけ心当たりがある。


「だったら、ひとり、捜索活動が得意な知り合いに脅――声をかけてみます」

「物騒な単語が聞こえましたが、もう有給消化中で非番ですから、気にしないでおくとしましょう」



※※※あとがき※※※

次あたりからダンジョンなのだ。戦闘なのだ。異能バトルなのだ。

筆が乗ったら毎日更新するのだ!

乗れ! 筆! 乗れ! でなければ帰れ!

乗りなさいヤマモトくん! あなた自身のために!


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