第55話 幕間:上杉姫虎の逃亡(二/ニ)
坂上さんは「そうだ」とうなずきました。
「生体伝承式・
「ダンジョンボスも食べさせちゃったから、いまはあのコがボスだよぉ♥ ギンくんのスキルと組み合わせれば、別のダンジョンに跳べるからさ。ひと気の少ないダンジョンに潜ってコアや素材を回収するのが、ヤヨたちのシノギってわけ」
「ほかにもいろいろやってるがな。公社にケチつけたいテロリストどもからの依頼とか、ダンジョン関係ない呪いの仕事とか……、逆に解呪を頼まれたりな」
渋谷での『迷宮見廻組』の配信を思い出します。認定試験のとき、ダンジョンボスが出現したのは、依頼を受けた『呪詛組』の仕事だったのでしょうか。
あのときの配信を思い出すと、それだけでこう、脳が痺れてきて……はっ! いけません、こんな人前で。
くねくねする私を半笑いで見ながら、ヤヨさんが「んぅー」と伸びをしました。
「ふぁあ。ヤヨ、眠くなってきちゃった。姫虎ちゃん、一緒に来てくれる? 一階層手前のセーフゾーンが仮眠室だから、案内してあげる♥ 眠いんでしょ?」
私は慌てて紅茶を飲み乾して、立ち上がりました。私も段蔵の家からずっと眠っていなくて、疲労が頭のてっぺんからつま先までみっちり詰まっているような状態でした。
お言葉に甘えて、眠らせてもらいましょう。……その前に。
「……あの、坂上さん。紅茶、美味しかったです」
「おう。次からは茶葉代払えよ」
うなずいて、私は踵を返しました。
水路のダンジョンを歩くだけでも、少しおっかなびっくりな私です。ヤヨさんが面白そうに笑いました。
「水が怖いのぉ? あ、もしかして、泳げないとか?」
「……いえ、大丈夫です。もう子供じゃないですから」
泳げないのは、まあ、そうなんですけれど。わざわざ言わなくてもいいでしょう。
セーフゾーンは、いくつかの角を曲がった先にありました。薄暗い水路の端です。あまり衛生的とは言えない場所ですが、ブルーシートやテントや寝袋や、なぜかゲーム機なども持ち込まれていて、生活感があります。
簡易ベッドに腰を落として、ほっと一息つく私に、ヤヨさんがスマホを差し出しました。
「これ見て、姫虎ちゃん」
ダンジョン内だというのに、電波が通じている……? 私自身のスマホは不通なので、おそらく、ヤヨさんが何らかの魔術を行使しているのでしょう。
ダンジョンスキルは人々に"一芸"を与えますが、魔術や陰陽術のような基礎技術を持つ人は、やはり優秀ですね。……忍術も、そうであるように。
スマホの文面に目を落とすと……。
「緊急捜索手配、ですか? ……私の!?」
「民間には、まだ非公開なヤツだけど♥ 警視庁からリークが流れて来たよぉ。
ヤヨさんは、うっとりと頬を染めて微笑みました。
「ようこそぉ、犯罪者の世界へっ♥ あのニンジャ、加藤段蔵くんも探してくれてるんじゃないかなぁ? もしかしたら、王子さまが迎えに来てくれるかも♥」
迎えに来る? でも、私に捜索依頼が出たとすれば、確実に段蔵が通報したからでしょう。つまり……。
うつむく私の横に、そっとヤヨさんが寄り添いました。
ふわりと、お香の香りが漂います。なにか、香水をつけているのでしょうか。
「あるいは剣を携えて断罪しに来るかも♥ あわれ、姫虎ちゃんはギロチン台送りにされてしまうのでした……♥」
断罪。ギロチン台。ヤヨさんの声が頭に響きます。
「そうならないように、さ♥ ちゃあんと、
「おわか、れ……?」
囁きが、耳から流れ込んで、ぐるぐる渦巻いているかのようです。
「そう、おわかれ♥ 自分のモノにならないなら――他人のモノになっちゃうなら――ぜんぶ、ぜぇんぶ、さぁ――」
「――壊しちゃえば、いいんだよ♥」
●
「おつかれー♥」
「バカヤヨか。テメェ、寝たんじゃなかったのかよ」
「フリよ、フリ♥ 不安で眠れなさそうな姫虎ちゃんに、よく眠れる
「……そういうことかよ」
「んふふ♥ それにしても、純真な人ほど呪詛溶液の
「いいのか? 死ぬぜ、あの嬢ちゃん。今はせいぜいステージ1だろうが、俺らほど呪詛耐性がねえだろ。あと五本も打ちゃ確実にトぶ。気に入っているんじゃなかったのか?」
「気に入っているからこそ、だよぉ? だから、ステージがまだまだ
「……。……ッたく、ひでえ女だよ、テメェは」
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