第54話 幕間:上杉姫虎の逃亡(一/ニ)



 どこで間違ったのでしょうか。

 なにを間違ったのでしょうか。


 うつむいて、そんなことばかり考えてしまいます。

 段蔵を振り切って、走って、でも家に帰る気にもなれなくて……。しかも、衝動的にマナアンプルを使ってしまった挙句、容器は段蔵の家の庭に落としてきたのです。

 端的に言って、詰みでした。


「いひひ♥ だからって、ヤヨに連絡するぅ~?」

「……すみません」


 湿気が肌に張り付くような、薄暗い水路。高低差のある構造で、そこかしこに小さな滝が形成されています。巨大な地下施設を、ランダムにつなぎ合わせて作ったような、いびつな空間。


 ここは闇ギルドの一派、非合法呪物の取引に特化した二人・・のアジトである、公社未登録のリポップダンジョンです。

 ……そうです。私はいま、彼女たちに匿ってもらっています。


「ヤヨたちから呪詛溶液マントラリソース買うだけでもヤバいのに、匿って欲しいだなんて、最近の若い子は警戒心が足りないなぁ♥ 闇バイトとか知らないの? 気軽に手を出して個人情報握られて、断れないまま使い捨ての手先にされちゃうんだよぉ?」


 最深部であるボス層、水路の中央に浮かぶ円形舞台。中央には猫足のテーブルと椅子が設置され、ヤヨ・ビシュハーマンさんは優雅に紅茶を楽しんでいます。

 対面に座る私の前にも、ティーカップが。温かい湯気が立ちのぼっていますが、まだ手をつけていません。


「……覚悟は、しています。でもきっと、段蔵は私がアンプルを使ったことを、公社に通報するでしょうから。逃げるしかないんです」


 段蔵は私を拒否しました。私は単なる幼馴染で、他人に過ぎなくて……。好きなのは私だけで、段蔵は好きでもなんでもないわけで……。

 だから、かばう理由なんて、ひとつもありません。どころか、ダンジョン内での犯罪を取り締まる立場になった段蔵にとっては、敵に……。

 うじうじ考えながら、またうつむいていると。


「あんま怖がらせんな、ヤヨ。素人に手伝わせるようなシゴトは、ウチにゃねェよ」


 そう、声が上がりました。円形舞台の端に置かれた大きなガラス容器の前に座り込み、陰陽道の式盤を操っている男性。坂上銀五郎さんです。


「リスクがデカくなるから、できれば匿いたくもねえんだが、入れちまったらしょうがねえ。バカヤヨ、なんで連れてきた」

「えーっ! ギンくん、ひッどぉい♥ 傷心の女の子はね、世界でいっちばん繊細に扱わなきゃいけないんだよ? ヤヨから何を学んできたの?」

「残虐性と無計画性と自堕落さ」


 坂上さんが立ち上がり、ガラス容器の全容がよく見えるようになりました。

 人間大のフラスコを中心とした、魔術的祭壇でしょう。周囲には注連縄しめなわが張られているので、陰陽道系でしょうか。


 ガラスの内側には黒くて丸いなにか・・・が浮かんでいます。一見するとダンジョンへの入り口のようにも見えますが……、その気配は異質。


「にしても、呪詛溶液のアンプルを外で使って暴行、逃走ねぇ。アンタ、なかなかどうしてキマってんじゃねえか。並みの生き物なら百回は死んでるぞ。……なんであのニンジャ死んでねえんだ?」


 坂上さんは顎を撫でながらテーブルに歩み寄り、ヤヨさんのティーカップを持ち上げて一気に煽りました。


「あー! ヤヨのなのにぃ♥」

「俺の秘蔵の茶葉なんだから、俺のだろ。勝手に淹れやがって。上杉も飲むなら早く飲め、味が落ちてもったいねえ」

「……あの、お二人はどういうご関係ですか?」


 お二人は顔を見合わせ、首をかしげました。


「仕事仲間か?」

「腐れ縁かもよ♥ あ、幼馴染ってのはどう?」

「やめろ、気色悪い」


 坂上さんは苦笑し、ヤヨさんは微笑みました。


「魔女血統のビシュハーマン一族と、外法師の坂上家は折り合いが悪くてさぁ。ヤヨたちは小さいころから刺客として殺し合っていた仲なんだけれどね? なんやかんやあって、一緒にビシュハーマン一族と坂上一家を滅ぼしたの」

「……なんやかんやで済ませていいんですか、それ」

「ありゃ楽しかったなァ、呪詛溶液使えばダンジョン外でも短時間だけスキル使えるってわかったからよ、俺たちを道具扱いしてたバカどもの背中を取って、なァ」


 背中を取って、どうしたのか。それは……、聞かなくてもわかります。

 そして、二人はお尋ね者の魔導犯罪者になり、こんなところをアジトにしているのだとか。恐ろしい話です。聞いておいてなんですが、聞くべきではありませんでした。


 話をそらすために、ガラス容器に目を向けます。その内部の黒いなにか・・・に。微動だにしていないのに鼓動しているような錯覚をおぼえます。フラスコごしに、生々しい息遣いすら聞こえてきそうな、異質感。


「あれ、縦断型モンスター……、ですよね?」


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