第53話 バズ・ニンジャ(十五/十五)



 『NITAMAGO』は、少年忍者が強敵たちと戦いながら成長していくバトルマンガだった。

 本来の忍者とは程遠い。手指で印を結ぶことで、火を噴いたり、巨大な生物を召喚したり……、どちらかといえばファンタジーの部類だが、そこが格好良い。


 主人公は、少し空気の読めないところもあるけれど、仲間思いで優しくて、ひどい逆境でも前向きで、どんな困難にも立ち向かっていく。

 ちょっと、杏奈みたいなやつだな、と思った。

 あるいは、杏奈が主人公みたいなやつなのかもしれない。


「加藤くん、ちょっといいですか」


 待合室で漫画を読む俺に、声がかかった。


「僕は一度、家に帰ります。諸々の連絡などもありますし。加藤くん、宿はもう取ってありますか?」


 杏奈の親父さんだ。首を横に振ると、「そうですか」とうなずく。


「なら、今日は病院に泊まっていってください。杏奈は個室ですから、一名まで同伴者として泊まれるんです」

「それなら、親父さんが泊まったほうが……」

「僕が一緒にいるより、十八代目加藤段蔵がいたほうが、安心じゃないですか。まだ襲撃があるかもしれませんし」


 病院には警備員もいるし、杏奈が事件の被害者だからか、警官も定期巡回している。闇ギルドが襲ってくるとは考えづらい。

 どちらかといえば、俺を心配した提案なのは、すぐに分かった。親父さんのほうがつらいはずなのに、心配されている自分が、無性に情けなかった。

 親父さんは、答えあぐねている俺の手元に目を向けた。


「『NITAMAGO』は僕が小さいころの作品でしてね。杏奈は字が読めるようになると、書斎の本棚の前に座り込んで、一日中読んでいましたよ。一緒に印を結ぶ練習をしたりもしました。まだ出来るんじゃないかな」


 懐かしそうに微笑む。


「杏奈はね、特に主人公が大好きなんです。だから、加藤くんにも読んで欲しいんだと思いますよ。好きなものは、他人と共有したくなるものですから。親しい人や、これから親しくなりたい人とは、特にね」


 そういうものなのだろうか。俺にはまだ、よくわからない。

 でもきっと、杏奈はそういうことがわかって欲しくて、俺に「マンガを読め」と言ったのだろう。

 親父さんに挨拶して病室に移動したあとも、俺は簡易ベッドでひたすら『NITAMAGO』を読み続けた。


 夜が明けるころには、少年忍者は師匠の死や、失恋や、ライバルとの戦いを経て、里の長になっていた。ほぼ丸一日がかりで、なんとか読み終わった。

 日光がカーテンの隙間から差し込み、眠る杏奈の顔を照らす。まだ起きないだろう。寝ていたほうがいい。


「……共有したい、か。杏奈、面白いマンガだった。教えてくれてありがとう」


 俺は静かに病室を出た。やるべきことは、わかっている。

 病院内ゆえにコールを切っていたが、スマホには着信履歴がいくつか。爺さん、母さん、父さん……、その他にもニュースを見て心配してくれた人が何人か。

 家族には短いメッセージで済ます。『しばらく帰れません、ちょっと戦ってきます』とだけ。きっと怒られるだろうから、ぜんぶ終わるまではミュートにしておこう。


 病院の正面玄関から出て、マナーモードを解除。履歴から、爺さんでも母さんでも父さんでもない番号をタップする。早朝だから出てくれるか不安だったが、たったのツーコールで呼び出し音は止まって、通話が繋がる。


「もしもし、加藤段蔵ですが」

『はい、荻谷です。加藤さん、こういうときはもう少し早く連絡をですね……、いえ、酷な言い様ですね。申し訳ありません』

「こちらこそ、早朝に電話して申し訳ないです」

『大丈夫ですよ。仕事で――闇ギルドのアレコレで、渋谷の支局にいるので』

「ちょうどいい。いまから公社に行っても構いませんか」


 カバンから空のアンプルを取り出して、朝日に透かす。色はわからない。

 だが、おそらく――。


「調べて欲しいものがあるんです」



※※※あとがき※※※

そろそろ天気痛も収まってきたし、整体の予約もいれたので、作業量増やして月曜あたりからペースを取り戻していくつもりなのだ。

今月中には一章完結まで持っていきたいのだ!

なお二章があるかどうかはわかんないです。


@a_bird_in_cageさん、ギフトありがとうございますなのだ!

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