第52話 バズ・ニンジャ(十四/十五)



 "見られ方が変わっても、やり方は変わらない。"


 そう言った杏奈は、正しい。

 だが、それでも見せ方・・・は変えるべきだったのだ。俺たちはインターネットに顔を晒す人間として、あまりにも無防備すぎた。


「犯人は、東京駅のホームで待ち構えていたようですね。警察が調べてくれたのですが」


 杏奈の親父さんが、そう説明してくれた。

 入院していると聞いて、すぐに俺は東京に来た。都会の大きな病院は、たくさんの患者でごった返していて、めまいがした。案内された病室は個室だった。


 大きな白いベッドには、眠る杏奈が横たわっている。手術を終えて、まだ麻酔が効いているらしい。

 命に別状はないものの、腹部を刺された影響は大きい。少なくとも二か月は入院生活になるそうだ。


「ほら、ネットでよくない・・・・バズりかたをしてしまったでしょう? 名古屋駅で写真を隠し撮りされたり、新幹線の乗客が"同じ車両にいる"と呟いたりしたようで、居場所が筒抜けだったんです」


 ベッド脇の丸椅子に座った親父さんが、サイドデスクから一枚の紙を取り出した。カラーの画像が印刷されている。駅のホームを斜め上から写したもの。監視カメラの映像を切り抜いたものらしかった。


 その中にひとり、油性ペンの赤丸で囲まれている人物がいる。

 背が低く、線の細いシルエット。黒髪のロングヘア。顔は黒いマスクで大半が隠れている。セーラー服を着ていて、一見すれば女学生にしか見えない。だが。


「ヤヨ・ビシュハーマン……」

「この写真でわかるんですか? さすが、当代の加藤段蔵ですね。刑事さんは"闇ギルドによる報復だろう"と言っていました」


 報復。先日、俺たちが彼らの仕事・・を邪魔したからか。


「"やられた"とも言っていましたよ。普段はピンク髪ツインテールのゴスロリドレスだから、こういう格好をされると紛れられてしまう……、とかなんとか」

「……すみません」


 親父さんは首をかしげた。


「なぜ、きみが謝るんです?」

「俺のせいです。俺が、もっと気を張っていればよかった。いや、そもそもダイバーをやらなければ、ずっと裏方でいれば、杏奈は刺されなかった。……姫虎を泣かせることだって、なかったはずなんだ」


 言葉が止められなかった。姫虎のことは、親父さんに言ったって、意味がないのに。忍者不動術ニンジャ・セルフコントロールスキルも、今ばかりは意味がない。


「ぜんぶ、俺のせいだ。俺がバズ・ニンジャになんて、なってしまったから……!」


 昨日と今日で、たくさんの出来事があった。

 名古屋ダンジョンでのトラブル、暴露動画に、姫虎の来訪。

 空のアンプルに、闇ギルドの報復と、杏奈の怪我。

 ベッドの前で、親を見失った子供みたいに立ち尽くす俺に……。


「……違う、よ」


 ……ベッドの上から、弱々しい声がかけられた。杏奈だ。唇が小さく動いている。

 親父さんが、さっと手を伸ばしてナースコールを押した。


「段蔵、くん。アタシが、誘った、んだから……」

「杏奈、無理して喋らなくていい」


 杏奈のまぶたが少しだけ開いて、俺を見た。


「ね。『NITAMAGO』、読んだ?」

「いま言うことか、それが」

「読んで、ないの?」

「……読んでない」

「じゃあ、読んで。ひめこちゃん、見捨てちゃ、ダメ……だからね。泣かせ、ちゃったん……でしょ?」


 少し呆れてしまう。自分が大怪我をしているときに、他人の心配をするなんて。杏奈は本当に、底抜けのお人よしだ。


「アタシらは、『迷宮見廻組』は……。段蔵くん、は。ヒーローなんだから」

「……わかった」


 だから、俺は素直にうなずいた。杏奈の言葉に、毒気を抜かれてしまっていた。

 また、まぶたが閉じていく。穏やかな寝息も聞こえる。

 すぐにナースと医者がやってきた。俺にできることはない。邪魔にならないよう、病室を出た。


 待合のベンチに腰掛け、スマホを取り出して、電子書籍アプリで『NITAMAGO』の全巻セットを購入した。全72巻。

 読み終えるまで、時間がかかりそうだ。


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