第51話 バズ・ニンジャ(十三/十五)
不正を公開したのが、俺を『迷宮見廻組』から離れさせるためだとして。
俺をギルドから離脱させたのが、俺を再び雇用するためだとして。
その最終的な目的は、なにか。思考を巡らせる。
「……最近、姫虎のチャンネルは再生数が落ちていたな。配信の頻度も減っていた」
「チェックしているんですね、私のチャンネル」
「幼馴染だからな」
「それだけですか?」
「それだけだ」
「うそですね。脇と太ももが目当てなんでしょう?」
軽口には応じない。姫虎の言葉にこそ、うそがある。
「姫虎。お前は視聴者を取り戻すため、テコ入れが必要だと考えた。同時に恐れてもいたんだろう。俺が不正を暴露すれば、数字が落ちるどころではないからな。ゆえに、先んじて暴露した」
「ぜんぜん違いますよ」
「俺を裏方として雇用していた頃以上の数字を見据えた、話題性の創出だ。それがさらなる炎上を呼ぶとしても、再生数は上がるだろう。
「だから、違いますって」
テルマウス氏のように、なかばそれを生業にしている者すらいる。衆目を集める行為は、良かろうが悪かろうが、金にできてしまう。
つまり。
「姫虎は
問う。合理的に考えれば、これが答えだ。確信がある。
……そんな確信は、すぐに揺らいだ。正面に、今にも泣きそうな顔をした幼馴染がいたからだ。その顔がうそだとは思えなかった。
「違いますよ。ほんとうに、わからないんですか?」
「それ以外の理由を、思いつかない」
「……段蔵は、私のこと、どう思っていますか」
すがるような表情で、震える声で、姫虎が聞いた。
どう思うか。姫虎に対して思うことは、いろいろとある。
上杉家最新の姫で、加藤家から見れば上役にあたるとか。ダイバーになってからは雇用主だったとか。けれど、俺個人としては、同い年の友人というのが、印象として大きい。だから。
「幼馴染だろう、俺たちは」
「……それだけですか?」
「ああ、それだけだ」
先ほどと同じような遣り取り。
でも、きっと間違っていたのだろう。俺の答えは。
姫虎は持参した小さなバッグを引っ掴んで、居間から駆けだした。
「……っ、待て、姫虎!」
一瞬、あっけに取られて反応が遅れてしまった。忍者として不甲斐ない。
泣いていた。あの、気丈な上杉姫虎が。
どうする? いや、まず謝ろう。きっと、俺がなにか、傷付けるようなことを言ったのだ。まずは謝って、そして……、そして、それから、どうすればいい?
杏奈に言われた言葉を思い出す。「話したいことを考えておいて」――なにを話せばいいんだ、杏奈。
俺は、なにを言えばいい?
幸いにも、俺は忍者だ。走り出せばすぐに追いつく。
玄関から門に続く石材の小道で、姫虎の肩を掴んだ。
「待ってくれ、姫虎。俺が――」
――悪かった、という言葉の前に、地面に落ちているものに気づく。
空になった、注射器のような円柱の容器。俺はそれがなにか知っている。
「――
「知っていますか、段蔵」
姫虎が、肩に置いた手を掴んだ。ミシミシと音を立てて骨が軋む。
振り返らないまま、水気の混じった鼻声で囁く。
「神秘性の薄いダンジョン外でも、この密度の魔力リソースがあれば、ダンジョンスキルの真似事――限定版くらいは、発動出来るんですよ?」
「なにを……!?」
直後。
音が消え去った。万力のような強さで握られた俺の手首を、姫虎が前方向に振り下ろした。ただ、それだけ。でも、ダンジョンスキルがあるなら話は別だ。
【
「さようなら、段蔵」
呟きと共に、俺は庭の石材の小道に叩きつけられた。
はっと、目を覚ます。
四方に壁。空は天井が開いていて、そこからは空が見える。オフ設定にしてあった落とし穴の蓋を破壊して、落下したのだと気づく。
赤い光が差し始めている。夜明けだ。だから……、ゆうに四時間は気絶していたらしい。
「……竹槍をふわふわのスポンジに入れ替えておいて、良かったな」
それ以外は、なにも良くないが。
軋む体を起こして、空のアンプルの容器を探す。内側に少しでも溶液が残っていれば、色がわかる。オレンジか、緑か。それが重要だ。でも、見当たらない。石材もろとも、破壊されてしまったらしい。
「どうする? どうする、加藤段蔵……?」
自問自答。俺だけでは、判断できない。
スマホを取り出す。画面が割れているが、問題なく使えるはずだ。
まずは、アンプルについて公社へ連絡すべきか。だが、アンプルの中身が緑色だったら、闇ギルドから手に入れたとしか考えられない。姫虎を通報することになってしまう。それは、なんだか憚られた。
まずは荻谷さんに個人的に相談してみるか。いや、なにより最初に、上杉のおじさんに報告すべきか。だが、おじさんはおじさんで、確実に通報するだろう。
悩んだ末に、俺はまず杏奈に連絡することにした。情けないことに、俺はこの期に及んで自分で決断せず、誰かに指示してもらおうとしていた。
通話アプリは、すぐに繋がった。
「もしもし、俺だ。段蔵だ。杏奈、早朝から悪いが、相談したいことが――」
『もしもし。加藤段蔵さんの電話で間違いないかな?』
知らない男性の声が帰ってきた。
「……誰だ? 彼氏か? 緊急の要件なんだ、杏奈に代わってもらえるか」
『出雲杏奈の父です。お話は聞いていますよ。杏奈がお世話になっていますね、段蔵くん。申し訳ないんですが、今すぐに代わることはできません』
杏奈の親父さん? 代わることができない?
戸惑う俺に、親父さんは柔らかく、落ち着いた声で――いきなり電話してきた俺を、可能な限り落ち着かせようと作った声音で、言った。
『いいですか、段蔵くん。取り乱さないでくださいね。命に別状はないんですが、杏奈が通り魔に刺されて、いま病院にいるんです』
※※※あとがき※※※
お待たせして申し訳ないのだ。
温かいお言葉の数々、ありがとうございます!
ストレス展開的シーンはあと二話ほどの予定なのだ。
お付き合いいただけると幸いですなのだ。
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