第50話 バズ・ニンジャ(十二/十五)



 我が家の門前で姫虎と向かい合う。よくわからない緊張感が漂っている。


「おじい様は、本日はいらっしゃらないのですよね? 勝手に上がらず、門の前で待っていたんですけれど、ずいぶん遅かったですね。どこか、寄り道でも?」

「あ、ああ……。爺さんは所用で出ているが」


 涙の謝罪動画とはまるで違う、屈託のない笑顔で、姫虎は言う。


「推しのライブで、福岡でしたっけ? 素敵です、お若くて。"長生きと健康の秘訣は、いろいろなものに興味を持ち続けることだ"なんて、よく聞くフレーズですけれど、本当にその通りですね」

「……なぜ爺さんの予定を知っている?」

「幼馴染のおじい様ですよ? 家族同然のお相手ですもの、予定くらい知っています。モブ蔵と違って、SNSもされていますし。で、モブ蔵。どこ・・で、だれ・・と、なに・・をしていたんですか?」


 どんよりした雲が、月光を遮った。奥里は暗い。姫虎の顔にも、影が差す。


「言う必要はない」

「私に言えない相手と、私に言えないところへ行ったということですね? そうなんですねっ? ――うく、ぐぐッ、ふぅ……! ナマは効きますね……!」

「大丈夫か。急に震え出して」

「心配は不要です。ちょっと癖になっているだけですので」


 まったく大丈夫には聞こえない。癖になってはいけないだろう、けいれんは。

 変な薬でもやっているんじゃないだろうな。


「ともかく、話があって来たんです。中に入れてくれませんか?」

「……わかった」


 居間に姫虎を通して、自室に荷物を放り込む。冷えた麦茶を二人分カップに注いだあたりで、ようやく俺が聞くべきことを、ひとつ思いついた。


「姫虎。どうして、あんな動画を出した」

「悪いことをしたと思ったからです。それ以外に、なにかありますか? ……まあ、準備が出来たから、というのもありましたけれど」

「準備? なんの準備だ」

「ここに来る準備です。……段蔵、お話というのはですね」


 姫虎は、すう、と息を吸って、少し緊張した面持ちで微笑んだ。


「私達、やり直しませんか。不正は謝罪しました。元通り、私と一緒にダイバーをやりなさい。それが、あなたにとって、最善の道です」


 あまりにも屈託のない笑顔で言うものだから、その言葉の文字列が何を意味しているのか、しばらく頭に入ってこなかった。


「……は? や、やり直す? 俺を再雇用したい、と? だが、そもそも俺をクビにしたのは姫虎で――」

「私、新しい力・・・・を手に入れたんです。強くなったんですよ? 今の私のアタッカー適性は、あの女より上です。段蔵とペアで配信をすれば、すぐにトップに上り詰められますとも」

「おい、話を聞け。……どうしたんだ。様子がおかしいぞ、姫虎。体調が悪いのか」


 そこで気づく。姫虎の目の下に濃いクマ・・が浮かんでいる。化粧で誤魔化しているようだが。


「体調? 絶好調ですよ。元気いっぱいです。ね、段蔵。あなたのことですから、『迷宮見廻組』を辞めて来たんじゃないですか?」

「……どうしてそう思う」

「あなたなら"自分がいなくなるのが、もっとも効率的だ"という結論に至るでしょう? あの女だって厄介事の火種を抱えたくはないはずですし、受け入れられたのでは?」


 結論は、たしかにそうだ。俺がいなくなればいいと、そう判断した。だが、そうはならなかった。


「ネットは見ましたよね。世論は私寄りです。あなたはもう、私とやり直すしかないのです。ですから、ね? やり直しましょう、段蔵。今度こそ、正しい形で――」

「悪いが、姫虎とやり直すつもりはない」


 断言すると、姫虎は何秒か固まってから、こてん・・・と小首をかしげた。


「……。あ、わかりました。ああいうのが好きなんですね? じゃあ、私も金髪にしてあげますよ。胸もシリコンを入れて、言葉遣いも変えて、あなた好みの女の子に――」

「姫虎。そういう話をしているんじゃない」


 幼馴染として、十七年。ダイバーとして、一年。

 俺の交友関係の中で、いちばん付き合いが長くて深い相手なのに、どうしてだろう。

 目の前にいるいまが、これまでのどの時よりも、遠く感じてしまう。


「第一に、いまから姫虎とやり直したところで、さらなる炎上を呼ぶだけだ。最善などとは程遠い。第二に、俺は『迷宮見廻組』を辞めていないから、再雇用には応じられない」

「……え?」

「杏奈は俺を見捨てなかった。俺もまだ『迷宮見廻組』にいたいと思っている。だから、再雇用の申し出には応じられない。……いや、待て。まさか」


 嫌な予感が、背筋をなぞった。


「俺を『迷宮見廻組』から離脱させるために、謝罪動画を出したのか?」



※※※あとがき※※※

バチクソに体の調子が悪いので、休み休みの更新になるかもなのだ。

あと近況ノートでの設定開示はもうちょっとあとになりますなのだ。

今後ともよろしくお願いいたしますなのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る