第49話 バズ・ニンジャ(十一/十五)



 杏奈の輝く瞳を、なぜだか正面から受け止められなくて、目を逸らす。


「本気だ。俺を損切りするのが、『迷宮見廻組』にとってもっとも被害の少ない選択肢だ」

「段蔵くんがいるから、アタシは『迷宮見廻組』を作ったの。わかってるよね?」

「俺の過失によって失われそうになっているのも、事実だ」

「段蔵くんに過失なんてない。あったとしても、取り返せばいい」

「過失だらけだよ、俺は。……今日の攻略もそうだ。"モンスターは全て格上だ”なんて、杏奈に偉そうなことを言っておきながら、あのザマだ。俺がダンジョンを過小評価したから、ああいう結果になった」


 テルマウス氏の乱入がなくても、攻略は困難だっただろう。幻想深度が奥里のダンジョンより低くても、相性が悪ければ、攻略が難航するのはわかっていたのに。

 杏奈は頬を膨らませてむっ・・とした。


「だったら、アタシのミスでもある。行こうと決断したのは、アタシだもん」

「だが……」


 視線をさまよわせる俺の胸ぐらを、杏奈が掴んだ。避けられたが、避ける気にならなかった。ぐいっと引っ張られて、至近距離から強引に視線をあわせられる。芯の強さを秘めた光り輝く瞳が、俺を見つめている。


「ここで責任取らしてくんないんだったら、なんのための代表取締役社長ギルドマスターなん? それ、アタシが段蔵くんを切るんじゃなくて、段蔵くんがアタシを切ろうとしてンだって、わかってる? アタシに対するサイテーのブジョクだかんね?」

「いや、そんなつもりは……」

「きみの問題はアタシの問題。謝罪動画を撮るとしても、アタシと一緒に撮って、アタシも一緒にアタマ下げる。それが筋。いい? 勝手なことは許さないから」

「……わかった」


 有無を言わせない視線に圧されて、首を縦に振る。手が離れた。


「じゃ、とりあえず一回、東京戻るわ。ひめこちゃん、東京住みでしょ。段蔵くん、ひめこちゃんの連絡先知ってるよね? アポとれる?」

「もう連絡は入れてあるが、返事がない」

「わかった。ギルドのアカウントからも、DMでひめこちゃんにアポ取ってみる。裏で交渉できたらいいんだケド……。そだ、『迷宮見廻組』から"現在、対応中です。次の配信ではお話できるよう努めます"って呟いとかないと」


 せわしなく行動し始める杏奈。

 俺はというと、胸ぐらをつかまれたときの体勢のまま、動けなくなってしまった。


「……なあ。それじゃ、俺はどうしたらいいんだ?」

「ひめこちゃんと、どんな話がしたいか考えといて。考えるのに疲れたら、『NITAMAGO』を読んで修行しな」

「忍者マンガを読んでも、修行にはならないと思うが」

「忍者の修行じゃなくて、ココロの修行だよ。絶対読んでね、人生において大切なことのぜんぶが詰まってるから」


 そう言われても、正直、マンガを読む気分にはなれそうにない。たとえ、人生において大切なことのぜんぶが詰まっているとしても。



 カラオケを出た。もう空が暗い。

 名古屋駅に戻ると、やけに視線が突き刺さってくる。何事かと思うと、少数の人々が俺たちを遠巻きに観察していた。

 ――気づく人は、気づくのだ。俺が加藤段蔵で、横にいるのがあんまるで、いままさに渦中の人であると。スマホを向けてくる者たちすらいる。

 杏奈が苦笑した。


「トキのヒト扱いだねー。死兆星ってどっちだっけ」

「なんだ、いきなり」


 おそらく、マンガのネタだろう。空を見上げても、星は見えない。都会の空は暗いし、そもそも今日は曇りだ。明日は雨かもしれない。夏の天気は荒れやすい。


「杏奈、ひとりで大丈夫か。テルマウス氏のように、凸る人がいるかもしれない。俺も東京まで……」

「心配しなくてもダイジョブだよん。指定席で帰るし、駅まではパパに迎えに来てもらうし。段蔵くんの仕事は、ちゃんと考えること。わかった?」

「……わかった。では、くれぐれも気を付けてくれ」

「ん! 段蔵くんも、気ぃ付けてね!」


 俺も家に帰ろう。帰って、言われた通り、姫虎となにを話したいか考えよう。ギルマスの命令だしな。



 ●



 ところが、だ。

 俺が、伊賀の奥里まで電車とバスを乗り継いで(あと山道を走って)帰ると、家の前に、人影がたたずんでいた。

 清楚な白いワンピースを身にまとった、黒髪ボブカットの美少女が。彼女は俺に気づくと、ぱっと顔を上げた。


「お久しぶりですね、モブ蔵。お元気でしたか?」

「……どうしてここにいる、姫虎」


 月光の下で、ワンピースの女――上杉姫虎はふわり・・・と微笑んだ。


「夏休みは、毎年来ていたじゃありませんか。会いたかったでしょう? お互い、話したいことがたくさんあると思うんです」


 ある。あると、思う。

 だが、困ったことに、俺はまだ姫虎となにを話せばいいのか、なにを話すべきなのか、まったく考えられていなかった。


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