第47話 バズ・ニンジャ(九/十五)



 横向きにしたスマホの画面に、黒いビジネススーツを着た姫虎が映っている。

 制服でもダイブドレスでもない、シンプルな正装。


『みなさんに謝罪しなければならないことがあります』


 配信部屋の白い壁を背景に、神妙な顔で語り始めた。


『私は嘘を吐いていました。今まで、私はずっとソロで潜っていると言っていたのですが、本当はひとり、スタッフがいたんです』


 名古屋、大須のダンジョンを出て、公社のひとにテルマウス氏を引き渡し、諸々の事後処理を終えたあと。

 杏奈が、『迷宮見廻組』名義でやっているXwitterアカウントに届く大量のDMダイレクトメッセージを見て、その動画に気づいた。


『住む場所は遠いけれど、私の幼馴染で、昔から長期休暇のたびに遊んでいた男の子です。一年前、二人でダイバー活動を始めました。彼には裏方をお願いしていました』


 慌てて俺たちは近くのカラオケに飛び込んで部屋を取った。ふたり並んで、小さなスマホの画面で姫虎の謝罪動画――もとい暴露・・動画を見ている。


『彼が画面に映らないことで、私はソロだと勘違いされました。でも、その勘違いを助長させたのは、ほかならない私です。女性一人だと思われたほうが、ダイバーとして有利だと考えたからです』


 目じりに涙を溜めて、姫虎は頭を下げた。


『今まで黙っていて、申し訳ありませんでした』


 そのまま、たっぷり三十秒は時間が流れた。プライドの高い姫虎が、不特定多数に向かって頭を下げるなんて、信じられない。

 頭を上げた姫虎は、泣き顔をカメラに向けた。


『今年の初夏、彼は私のもとから去りました。だから、いまは完全に、本当にソロです。……ひとりぼっちに、なってしまいました』


 目じりを赤くしたまま、寂しそうに微笑む。


『もうひとつ謝罪があります。私たちの戦闘には不正がありました。彼が使っていたのは、この投擲武器です。細い上に高速で投げられる武器ですから、ダイブ用カメラに映ったことは、一度もないはずです』


 言って、取り出したのは――俺の針クナイ。息を呑む。

 姫虎は、針をカメラに近づけた。つや消しされた、黒くて細い武器。一年に渡る姫虎とのダイブ活動で、何本か失くしていたのだが……、そのうちの一本だろう。


『彼が画面外からこの武器を投げ、モンスターの関節部に撃ち込み、隙を作るんです。その隙を、私がメイスで殴って倒す。私達の基本戦術でした』


 杏奈が渋い顔で動画に対するコメント欄を開く。案の定、誰もがひとつの名前を挙げている。

 カメラの画角に映らない高速の立ち回りが可能で、関節を狙い撃てる投擲技術を持ち、そして――大前提として、そのスタッフは『目玉くん』を使っていない。だからこそ、姫虎はソロだと思われていたのだ。


 自分で言うのもなんだが、そんなやつ、ひとりしかいない。

 加藤段蔵だ。


『私、ひめこはそういう手段を用いて、戦闘能力に関する、実力にそぐわない高い評価を得ておりました。これは紛れもない不正だったと反省しております。本当に申し訳ございませんでした』


 また、姫虎が頭を下げた。どんな表情をしているのかは見えないが、いっそわざとらしく聞こえるくらい震えた声で言う。


『ただ、どうか彼の、スタッフの名前やプライベートの詮索は控えていただくよう、お願いします。私が悪いんです。私が悪いから、捨てられたんです。だから、彼の邪魔だけは絶対やめてください。重ね重ね、本当に申し訳ありませんでした……!』


 そうして、動画は終わった。すでに再生数は三十万回を超えている。

 薄暗いカラオケルームの中、杏奈がソファに体を叩きつけるみたいに勢いよく寝転がって「やられたー!」と叫んだ。


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