第41話 バズ・ニンジャ(四/十五)



 そもそもダンジョン公社は、非常に複雑な組織であるらしい。


「戦後、ダンジョンが現れてなぁ。わしの爺さんの現役世代じゃ。その頃、人類はダンジョンに利用価値を見出せずにいたそうじゃ。戦後復興に活かせる素材がドロップするダンジョンもあったが、ランダム性が強いし、なにより危険じゃからの」


 爺さんが縁側でノートパソコンをカチカチやって、公社のホームページを開く。

 『闇ギルドの活動と公社の対応に関するお知らせ』には、長々と文章が記されている。爺さんは長い顎髭を撫でた。夏の夜風がゆるやかに流れる。


「じゃが、ダンジョンはどこにでも開く。駅のホームじゃろうが、鉄工所のど真ん中じゃろうが、関係なくな。当時の政府はダンジョン対策を迫られたが、戦後じゃ。よくわからんものの対応に時間を取られてはいられん。そこで――」

「公社か」


 麦茶の入ったグラスを二つ、縁側に置く。

 明日、杏奈と今後の打ち合わせをする予定だ。その前にリリースの内容を押さえておかなければならない。ついでに爺さんに「公社について、なにか知らないか」と聞いたところ、話が始まった。


「説明を奪うな、孫。……そうじゃよ。各々の都道府県に地方公社の設立を命じ、対応を丸投げしたわけじゃ。それが地方迷宮公社。彼らは復興の邪魔になる場所に開いてしまったダンジョンを消すため、決死行を繰り返した」


 当時はまだ、ダイブドレスもスーツもないし、ダンジョンスキルも生み出されていなかったはず。生身の人間が、銃や刀剣を片手に、ダンジョンへと飛び込んで……。


「詳しいな。歴史の教科書では、二行くらいしか説明がなかったが」

「血なまぐさい話じゃからな。わしの爺さん……ややこしいな。お前の高祖父も地方迷宮公社に参加したんじゃよ。戦争で心を壊された戦地帰りの男――当時の公社は、そういう益荒男ますらおの集団じゃった」


 せっかく生き残ったのにな、と爺さんが呟く。単純な話ではないのだろう。当時のことは、俺にはわからない。……ただ、俺が誰かに語り継ぐときのために、おぼえておこうと思う。


「各都道府県の地方迷宮公社は互いに連携し、安全で効率的な攻略法を模索しながら運営されておったが、二十世紀の終わりごろ、一度目の変革が起きた。迷宮核ダンジョンコア融合炉リアクターの発明じゃ」


 ダンジョンコアのエネルギーを熱量として取り出し、お湯を沸かして蒸気を生んでタービンを回す発電技術。人類がダンジョンに潜る最大の理由である。

 それによって、"邪魔なところにできたら困る"程度の扱いだったダンジョンの価値が、激変した。そこは三行くらい説明があった。


「他省庁の横やりが入り、民間企業も参入を目論んだ。混沌とした政争の中で、四十七の地方迷宮公社は、たった一つの『ダンジョン公社』に統一された。戦地帰りの益荒男たちは年齢を理由に排除され、公社は骨抜きになったんじゃよ」


 ゼロ行の部分だ。学校では教えてくれない大人の話。

 荻谷さんたちを思い出す。政争は、いまも続いているのだろう。馬鹿馬鹿しいことに。

 ともあれ、それが一度目の変革なのであれば。


「二度目の変革は二十一世紀初頭、インターネットの普及に伴う変革だな? 『目玉くん』とダンジョンスキルの開発が、攻略の在り方を変えた」

「そうじゃ。一般人が強力なスキルを扱うようになり、攻略は完全に民営化されて、公社はダンジョンとダンジョンコアの管理をおこなうだけの組織になった。"官から民へ"とか"小さな政府"とか、知っとるか。そういう時代じゃった」


 爺さんが、パソコンの画面を指で撫でた。


「そんで、これは三度目の変革になるかもしれんぞ、孫よ」

「……こういう発表って、どうしてこう、長々として読みづらいんだ? 要点だけ書けばいいものを」


 ぶつくさ言いつつ、内容を要約すると。


「ダンジョン公社によって認定されたギルドに、ダンジョン内限定で逮捕権を与えて闇ギルドへの抑止力とする……か。よくわからんが、私人逮捕というやつか?」

「うんにゃ、特別司法警察員制度の拡大解釈じゃな、これは」

「よくわからん」


 素直にそう言うと、爺さんはケヒャヒャと笑った。


「さっき言った通りじゃよ。今のダンジョン公社は骨抜きじゃ。戦闘能力を持つ者がいても、十全に武力を振るえない状況にある。対応は後手後手、前線に出てるダイバーは民間人。公社にできることは少ない。ゆえに――」


 にやり・・・と笑って、俺の肩を叩く。


「――闇ギルドとの抗争まで民営化した・・・・・・・・・・・・・・・んじゃよ、要するに。とんでもない厄介事に巻き込まれたなぁ、孫」

「巻き込まれたのか? 俺は」


 一転、爺さんが呆れ顔になった。


「わかっとらんかったんか、お前。配信で手配犯の坂上銀五郎を無力化したじゃろ。ダンジョン公社お抱え自警団の筆頭だと思われるに決まっとろうが」

「俺たちは『迷宮見廻組』だ。自警団などではない。あれは……特殊なケースだっただけだ。そう思われても、違うものは違う」

「若いなぁ、お前」

「若くない。来年で成人だぞ」

「……若いなぁ。世の中それほど、物分かりがいいわけじゃないんじゃが」


 もう一度そう言って、爺さんは嘆息した。


「ま、命だけは気ィつけてな。自分のも、相棒のも」



※※※あとがき※※※

長々と説明回をやってしまったのだ。申し訳ねえ。

次からあんまるが出るので、物語を加速させていくのだ。


裏設定とか用語とかキャラシートとかまとめたものを近況ノートで公開しよかなと思っているのだけれど、興味ある読者さんはいるのだ?

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