第40話 バズ・ニンジャ(三/十五)



『バズるのは時間の問題だったんだよね。だって、段蔵くん、変な――っていう言い方はチョット良くないか。段蔵くん、異常だもん』


 とは、電話越しの杏奈の言葉。


「ちょっと良くない言い方を変えた結果、より強い言葉になっていないか」


 夜行バスで東京から戻った俺は、ひとまず爆睡した。

 昼過ぎに杏奈からの着信で起き、いまは通話中である。


『ごめんごめん。でも、事実として、段蔵くんの素の能力って、並みのダイバーとは比べ物にならないの。もちろん、すごいって意味でねー』


 他のいわゆる一般人ダイバーよりも基礎能力が高いのは、俺も自覚している部分ではある。忍者修行の賜物だ。


「だが、一晩でここまで跳ねるものなのか」


 軽く検索するだけで、俺に関するニュースが山ほどヒットする。


 "謎のニンジャ・ダイバー現る"

 "ゲーミングニンジャvs闇ギルド。高校生が魔導犯罪者を一蹴"

 "『迷宮見廻組』のゲーミングニンジャ加藤段蔵の正体は? 年収は? 恋人はいるの? 調べてみた"


 結論は全て「不明です」だった。なんのための記事なんだ、これは。正体は十八代目加藤段蔵を襲名した高校二年生で、年収はバイト代程度で、恋人はいない。

 検索エンジンに、うんざりするような見出しが並ぶ。


『もともと、話題になりつつはあったんよ。強い忍者がいるって。そこに救援依頼で、しかも闇ギルドとの遭遇でしょ? 配信の切り抜きがSNSで回りまくってさー。"このゲーミングニンジャは何者だ!?"って、バズってるワケよ』

「ゲーミングニンジャって言うな。……理由はわかった。それで、杏奈」


 スマホで自分のチャンネルを確認すると、どんどんチャンネル登録者数が増えていて、すでに三十万人を超えている。十倍だ。


「どうする? 『迷宮見廻組』の知名度向上のため、なにかしらアクションを起こすべきタイミングだと思うが」

『配信者としては、できるだけ早くダンジョン配信して、バズの流れを途切れさせない――ってのが出来たら嬉しいんだけどねー』


 言外に「いまはできないよね」と匂わせる杏奈。


「……すまん。次回配信は、公社からのリリースが出てからの予定だった」

『そ。なんで、ギルドの配信じゃなくて、段蔵くんの個人配信ってカタチでやるのはどうかな。いっそ、ダンジョンも潜らずに、雑談とか筋トレとかさ』

「ふむ。姫虎も定期的に自宅から配信していたな、そういえば。メンバー限定配信というやつだ。敬語の囁き声でリスナーを罵倒していた」

『ソレ、雑談とはまた別のジャンルじゃね……? 手広いなー、さすがソロの個人勢で五十万人のダイバーだわ。厳密には段蔵くんもいたわけだけど』


 どうだろう。俺がいなくても、姫虎なら上手くやった気はする。


「目的を達成するためなら、努力と手間を惜しまないからな、姫虎は。執念深いと言ってもいい。……話が逸れた。どうせ暇だし、今日これから、鍛錬しながら雑談配信をしてみるとするか。秘密の修行もあるから、見せられる範囲だけだが」

『いーじゃん☆ アタシもマネする、ニンジャの修行! あ、火遁の修行とかある? 口から火を吹くやつ!』


 そんなものはない。



 というわけで、いちおうダイブスーツに着替えて、家の庭で配信を開始。

 ゲリラ的な配信だったが、開始五分で視聴者が五千人を突破した。恐ろしいな、バズりというやつは。


「どうも。加藤段蔵だ。今日はダンジョン外からの配信となる。鍛錬をしつつ、コメントを見ながら雑談するつもりだ。ただし……」


 すぐに『昨日の配信について取材したいです』とコメントが付く。Webメディアのアカウントだな。仕事熱心なことだ。


「……すまないが、ダンジョン公社のリリースが出るまで、昨日のことに関する質問には答えられない。あんまると二人で、『迷宮見廻組』としての配信で説明する予定だから、それまでは待ってほしい」


 なお、今日の配信は『目玉くん』は使っていない。というより、使えない。あれはダンジョン内の神秘性に依存して蝙蝠の羽を出すから、ダンジョン外ではただの丸い目玉型カメラなのだ。

 なので、今日は爺さんからWebカメラとノートパソコンを借り、縁側までケーブルを伸ばして配信している。


 『ほな大したこと聞けんか』

 『めっちゃ家の庭で草』

 『古民家? おしゃれじゃん』


「古民家がおしゃれ? ああ、リノベというやつか。俺も最近、竹槍をクッションに入れ替えた。リノベだな。では、鍛錬を開始する。どんどんコメントして欲しい」


 『竹槍?』

 『竹槍をクッションに入れ替えたってなに?』

 『開始一分でワードが意味不明なんだけど』


 ストレッチで体をほぐす。百八十度開脚したまま上体を地面に臥したり、肩を回して背中で合掌したりして、筋肉をほぐしていく。


 『柔らかすぎんか』

 『本物の忍者なんですか?』


「本物の忍者だ。十八代目加藤段蔵を襲名している。といっても、現代で忍者が暗躍しているわけじゃない。俺は技術を継いでいるだけだ」


 『何歳?』

 『I字バランスできますか?』


「十七歳、高校二年生。I字バランスならできるぞ。ほら」


 『すげー。柔軟性とバランス感覚いいんだな、やっぱり』

 『きみウチの新体操部に来ないか?』

 『あんまるとの関係は? 付き合ってるんですか?』


「柔軟性と体幹は忍者の要だ。申し訳ないが、新体操をやる予定はない。……あんまるとの関係? 相棒だ。付き合ってはいない。体もほぐれて来たし、瞬歩の鍛錬をやる。まずは、軽く流しで……」


 忍者瞬歩術ニンジャ・マニューバスキルで、ちょうど、カメラの端から端までくらいの距離を移動する。体重移動と足さばきを組み合わせた移動技術である。


 『ん?』

 『いま瞬間移動した?』

 『待って、そこダンジョン外だよね? 強化術式も、神秘性薄い場所では利きが悪いはずだよね!?』


「いや、鍛錬だから術式は一切使っていないぞ。ああ、見ればわかると思うが、コツは柔軟性と体幹だ。これは風魔の秘技ではないから、真似してもらって構わない」


 『わかんねえよ』

 『なんだコイツ』

 『真似できるわけねえだろ』


 できるわけない、ということはないと思うが。頭ごなしに否定されると、こちらも少しムキになってしまう。


「わかった、きちんと解説する。いいか、地面を蹴って生み出す反発力ではなく、自分由来の重心を用いた体重移動がキモで、初動からトップスピードを出すためにはだな――」


 『だからできねえって』

 『とりあえず真似してみたらスッ転んで畳で鼻打った』

 『俺も外出てやってみるか』


 そんな感じで、途中から瞬歩レクチャー配信になった。

 かなりゆるい空気感で、こんなのでいいのかとも思ったが……、視聴者はどんどん増えて行った。楽しんでいただけたなら、幸いである。



 その日の夜、ダンジョン公社から『闇ギルドの活動と公社の対応に関するお知らせ』というリリースが出た。さっそく杏奈と次の打ち合わせをしなければ。


 ……あと"ゲーミングニンジャ、生配信で高速移動"というニュースも出回った。どういう見出しだ。


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