第38話 幕間:上杉姫虎の不調(一/ニ)



 いらつく。いらつきます。ああ、いらついてしまいます。


 『ひめこちゃん、なんか調子悪い?』

 『いつもより攻略ペース遅い』


 そんなコメントばかり、目に入るからです。


 今、私は都内でダンジョン配信をしているところでした。ローラシア・カテゴリー、タイプ:ギリシア2で幻想深度4000程度の浅いダンジョンです。

 これまでは――モブ蔵がいる都合で――地方の、ひと気の少ないダンジョンばかり選んでいましたが、今回、心機一転して東京のダンジョンにも潜ってみたのです。

 けれど、現状、攻略はまったく上手くいっていません。


「いえ、調子が悪いってことは、ないのですけれど……」


 いらつきを笑顔で隠しながら、石造りの迷宮を歩きます。


 『攻撃も空振り多いし』

 『当て勘が悪くなってる?』

 『本来、ソロだとこんなもんだけどね。タンクがいないと』


 ひきっ、と頬が震えてしまいました。いけないいけない。


「そ、そうですね。ダイブがスムーズではなくて、申し訳ないです」


 形だけ、謝っておいてあげましょう。

 なにもかもが、やりづらくなっているのは事実です。

 モブ蔵に任せていた『目玉くん』の設定やダンジョンの下調べなど、自分でやらなければなりませんから。いえ、それは大した手間ではないのです。事務的な作業は得意で、記憶力や要領も良いほうですし。


「……あ。接敵ですね。鹿型のモンスターです。がんばりますっ!」


 問題は、戦闘です。

 私の【六秒間の蛮行シックストラグル】は身体機能へ魔術的なブーストをかけるダンジョンスキルです。ダイブドレスに備わっている強化術式の、さらに凄いバージョンのようなもの。


 六秒間限定ですが、棘付きメイスのひと振りで、霊体や異界障壁のような例外を除けば、たいていのものを粉々に出来てしまう威力を発揮できます。


「こ、このぉ……っ!」


 けれど、自慢のひと振り・・・・も当たらなければ無意味です。


 『あーあ』

 『また外れた。今日ずっと調子悪いな』

 『攻撃外してもかわいいよ♥』


 『あーあ』って、なんですか。『外してもかわいい』とかも、意味が分かりません。かわいいと言われて、ちやほやされるのは好きですけれど……、今はただ、癇に障るだけです。


 メイスをぶんぶん振り回して、当たらなくて、【六秒間の蛮行】が切れて。またマジチャを消費してダンジョンスキルを発動して、でも鹿型モンスターはひょいひょい避けて……。

 角で突かれたり、メイスをかすらせたり、泥仕合を繰り広げた挙句に、鹿は走って逃げて行ってしまいました。うう……。


 『逃げた』

 『草。これが登録者五十万人いるダイバーの実力かぁ』

 『落ち込まないで♥ 弱くてもかわいいよ♥』


 原因は明確です。段蔵がいない・・・・・・から。

 彼の針クナイで動きを阻害し、私のメイスで粉砕する。そういう、火力を段蔵のサポートで補う戦い方で一年間やっていたのです。彼がいないと、攻撃はなかなか当たってくれません。


 実際、私達はバランスの良い相棒だったと思うのですが、いま、段蔵の相棒として戦っているのは白豚ビッチで……、あー、ダメです、これはダメです考えだしたら脳から汁が出ちゃうから、ほァ、ふぅ……っ。


 『顔赤いよ? 震えてるし』

 『やっぱり体調悪かったのか、無理しないで』

 『おじさんが看病してあげるよ♥』


 思い出し脳破壊でビクビクしてたら、なんか勘違いされました。……現状の私にとっては、好都合です。


「……ごめんなさい。やっぱり、体調良くないみたいです。明日と明後日は、配信をお休みにしますね。しっかり休んで、来週からまた頑張りますっ!」


 というわけで、その日は第五階層にも到達できずに入り口まで引き返し、配信を終えました。過去最低の配信だったと思います。


 そして、タクシーに乗って帰宅中。

 Xwitterで、ある告知を発見しました。


「明日、『迷宮見廻組』のギルド認定試験配信を行います……?」


 それは、段蔵と白豚ビッチの新たなコラボ配信の告知でした。



※※※あとがき※※※

一話で収まらなかったので、次回も脳破壊なのだ。


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