第37話 バズ・ニンジャ(二/十五)
俺達は、公社が用意したタープテントの下で、パイプ椅子に座って待っていた。配信は終わりにして、もう着替えも済んでいる。ヤマザキさんはダンジョン公社の救護班に預けたし。
「んんー。一件落着☆ と、言いたいところだけどさー。ヤマザキさんを救えたのは、本当に良かったケドさー」
脱出中に聞いた話だが、ヤマザキさんには不治の病を抱えた義妹がいて、ダンジョン産のとある霊薬を求めて、ダイバー活動をやっているのだとか。
これまで全世界で三回だけ存在が確認された、超レアなボスドロップだ。国家予算に匹敵する額が付くシロモノだから、自分で探しているらしい。
「俺が死んだら妹がひとりになるところだった」と、泣いて感謝された。もしも俺達が運よく霊薬を手に入れたときは必ず融通すると約束したら、再び泣かれた。
彼はいい人だったが……、そうじゃない人もいた。
「やっぱり、あの二人のこと、もにょもにょしちゃうよね」
杏奈がぼやく。俺も同意だ。
「闇ギルドが出たこと、闇ギルドが出るかもしれないと公社が知っていたこと、闇ギルドがダンジョンで何をしていたのか……。あのアンプルも謎だ。公社のオレンジ色のものと、闇ギルドの緑色のもの。二種類あったな」
「そもそも闇ギルドってなんなんだろーね。いや、アタシも被害受けてるワケだけどさ。正直、悪い奴らだってことしか知らん」
「闇ギルドとは、主にダンジョンに関する魔術犯罪を主目的として結成された集団です」
答えが、横から返ってきた。
「前身は魔術結社、やくざ、宗教団体、半グレなど多岐に渡り……、出雲さんの認識通り"悪い奴ら"というのが、わかりやすい表現かもしれません」
荻谷さんがタープテントの端から、俺達の座るテーブルに近づいてきていた。諸々の処理を終えたらしい。約束通り、質問に答えてくれるそうだ。
「杏奈。なにから聞きたい?」
「え、アタシが決めんの? あー……、荻谷さんって彼氏いますか?」
なにを聞いているんだ、おまえは。
「いません。将来を見据えて、結婚を前提にお付き合いできる方を探しているところですが、なかなか良い縁に恵まれず、困っています」
答えるのか、荻谷さんも。
「なんでも答えますよ。それが、私がいま、『迷宮見廻組』に果たすべき責務だと考えておりますので」
真面目が過ぎると、おかしくなるんだな。
なんでも……、もしかして、スリーサイズとか聞いても答えてくれるのだろうか。ふむ。ほう。なるほどな。
「段蔵くーん? そのお顔は良くないこと考えてる顔だなー?」
「そんなわけないだろう。……荻谷さん、まずひとつお聞きしたい。闇ギルドの連中がいるかもしれないと、知っていたんですか」
荻谷さんは曖昧にうなずいた。
「確証はありませんでしたが、可能性は感じていました。といっても、左慈支局長の直感ですが。元刑事の勘というやつですね」
「奴らの狙いは?」
「ダンジョンコアの回収でしょう。純粋な魔力リソースは貴重ですから。ダンジョンコアを触媒にすれば、神秘性の薄いダンジョン外でも、呪詛や遠見といった魔術が行使できますので」
つまり、ダンジョン公社が管理していない、非合法のコアを求めている、と。
昨日、戦ったミノタウロスも、そうしたコアを接続されて生み出されていたはずだ。闇ギルド、ダンジョンコア、階層縦断型モンスター……、ここの繋がりに、左慈支局長は勘を働かせたのだろうか。
「アンプルの材料は、ダンジョンコアですか」
「察しがいいですね。そうです」
荻谷さんはオレンジ色のアンプルを懐から取り出して、机に置いた。杏奈が興味津々といった様子で、指でつまんで持ち上げる。
「マナアンプル。この夏から公社の正式装備に採用されたものです。ダンジョンコアを砕いて溶かした純粋な魔力リソースで、配信による
「ほえー。じゃあ、公社のひとはこれから、このアンプルを使ってダンジョン攻略をするようになるんスか?」
「いえ。ダンジョンコアを得るためにダンジョンコアを削ってマナアンプルを作るのは、本末転倒ですから。それに……、一本あたり約百万円の製造コストがかかりますので、ダイバーの皆様に頼る形になります」
「百まんっ?」
杏奈が、そっとアンプルを元の位置に戻した。賢明な判断だ。
「坂上とビシュハーマンが使っていたのは、緑色でした。違いは?」
「こちらはダンジョンコアだけで作っていますが、あちらは薄めた物に呪詛……、呪いや悪霊のたぐいを混ぜ込んで、薄めたぶんの効能を補っているのです。当然、使用するたびに呪われますので、体には良いわけがありません」
「なるほど。……最後の質問ですが、この救援に俺達を指名したのは、左慈支局長ですよね。それは、勘を働かせる前でしたか? それとも後でしたか?」
「……ええ。左慈支局長が、勘を働かせた後でした。申し訳ありません」
荻谷さんが目を伏せる。つまり、左慈支局長は『迷宮見廻組』なら巻き込んでもいいと考えて、俺達に指名したわけだ。
「どうする、杏奈。次からは、指名入札は避けたほうがいいかもしれないが……」
「ううん、段蔵くん。困っている人がいるかどうか、そこが判断基準。でしょ? だから、
「……そうか。なら、止めたりしない。共に行くだけだ」
椅子から立ち上がって、伸びをする。
「杏奈、どこかで晩飯を食おう。銭湯もあると嬉しい」
「アタシ、ハンバーガーがいい。モックの夏限定の奴☆ あ、荻谷さんも一緒にどうですか?」
「お誘いありがとうございます。ですが、私は帰って報告書を作成しないといけませんので。ああ、『迷宮見廻組』からの報告書は、期日までの提出で結構ですので。フォーマットは公社のホームページからダウンロードしてくださいね」
最後まで仕事の話をする荻谷さんだった。
「それでは」と挨拶し、俺達はタープテントを出た。もうそろそろ夜の時間帯。夕と夜が帯状に混ざった、なんとも言えない空を見上げる。
伊賀の奥里には、夜行バスで帰ることになりそうだ。
「ところで、杏奈。ひとつ言っておくが」
「なにー?」
「報告書は期待しないでくれ。文章が苦手でな。姫虎と文通を強いられたこともあったが、書くことがなくて二行で返したらキレられた」
「二行はキレるって……。ていうか、報告書くらい、アタシがやるって。パパにも手伝ってもらうし☆」
「いいのか?」
「ギルマスに任せなさーい☆」
杏奈はスマホを見ながら、にひひと笑った。
「たぶん、段蔵くんは別のことで忙しくなるからさ」
●
そして、翌日。
寝ぼけ眼で伊賀の自宅に戻った俺に、居間のパソコンでオンラインゲームをやっていた爺さんが、ニマニマ笑いかけてきた。
「おう。お帰り、ゲーミング孫。お前、バズっとるぞ。トレンド一位じゃ」
「え? バズ……? 一位!?」
慌ててスマホを確認すると、Xwitterのトレンド一位が『ゲーミングニンジャ』になっている。な、なぜ……?
「いやー、孫がまさかネットミームになるとはなぁ。よっ、ゲーミングニンジャ! 美人インフルエンサーと知り合ったら、爺ちゃんにも紹介するんじゃぞ」
「……ゲーミングニンジャって言うな」
連日のダイブと夜行バスの疲労で、それだけしか言い返せなかった。
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