第34話 救援依頼と闇ギルド(五/六)



 荻谷さんが、アタシの前に出る。ヤヨちゃんがにたり・・・と笑った。


「ダンジョン公社の荻谷ちゃあんっ。ヤヨ、知ってるよぉ。警視庁公安部からダンジョン公社に出向させられた、がんじがらめのお人形さんだってこと♥ ここでヤヨにやられて、楽になっちゃおうよ♥」

「そうですね、否定はしません。俗に"エリートコースから外れた"と称される立場であることも、厄介事を押し付けられがちなことも」


 ダンジョンスキルを発動した荻谷さんは、特に変わった様子はない。

 ヤヨちゃんの髪蛇が、うねって迫り……。


「しかしながら、それは仕事で手を抜く理由にはなりませんので」


 荻谷さんが、襲い来る髪蛇を、右ストレートでぶん殴った。


 ――髪蛇が、弾け飛ぶ。


 え!? 鮫丸でも斬れない髪蛇を殴って消し飛ばすなんて、どんな威力のパンチなん!?

 ……と、思ったけど、違う。触れた瞬間に、髪が魔力になっていたのが見えたもん。


「ヤヨちゃんの【絡みつく愛ラプンツェル】を……分解した? 術式解体? いや、術式の処理順に解体……うーん、わかんないケド、すっごいよアレ」


 『無効化系ダンジョンスキル?』

 『は? つっよ』

 『あんまるもよく見えたな』


 出雲のおうちは、視力が自慢だからねー。


「ヤヨ・ビシュハーマン。詳細は省きますが、私の【終わらぬ巡礼セイント・ミー・アラウンド】は、たいていのダンジョンスキルを無効化します。抵抗を止め、投降しなさい」

「やぁだもんっ♥」


 ヤヨちゃんがアンプルを三本取り出して、立て続けに首に打ち込んだ。大量の髪蛇がツインテールから伸びあがり、荻谷さんが拳の連打で迎撃する。武術の腕前は、かなり高い。公安だからかな?


 あと……、どうやら全身に薄いオーラみたいのを纏って、それがダンジョンスキルを解体しているみたい。ということは。


「拘束されてたトキに使えば、よかったんじゃないのん?」


 アタシの素朴な疑問を、荻谷さんは髪蛇を殴りながら無視した。気まずそうな顔をしている。コレ、聞かないほうが良かったやつ?


 『まさか、申請取れないからか?』

 『規則がおかしい。教えはどうなってんだ、教えは』

 『ダンジョン公社は、もともと国土交通省が地方公社の管轄だったんですが、ダンジョンコアの電力転用技術が確立し、攻略が民営化されて以降、利権を伸ばしたい各省庁が手を出し始めて、上層部がぐちゃぐちゃなんですよね』


 お、有識者っぽいコメントが来た。なになに?

 ヤヨちゃんとの戦いには、悔しいけど、介入する余地はなさそうだ。


『文部科学省の陰陽庁、経済産業省の資源エネルギー庁、環境省の資源循環局など、関係ありそうな部署が食いついて来たせいで、公社はいま、複数省庁によるパワーゲームの最前線になっているんです』


 パワーゲームって、ようは「クラスん中で、誰がいちばん偉ぶれるか」みたいなハナシだよね? たしか。ドラマで見た。倍返しされちゃうんだよね。


 『ダンジョン内部での犯罪について、法整備はもちろん、公社側の対応規則の整備も出来ていないのに、なにかひとつ決めるだけでも複数の省庁代表者による審議会が何回も開催されて、数か月かかるような状態です。地獄ですよ』


 そ、そうなんだ……。

 公務員、安定した職業っぽく見えるんだけど、出世すると大変なんだなー。


 荻谷さんの拳の連打と、ヤヨちゃんの髪蛇の乱舞は、拮抗しているように見える。でも、その拮抗も、長くは続かない。


 不意にヤヨちゃんが、よろけて膝をついたのだ。

 髪蛇の群れが、ピンク色の残穢になって消えていく。ヤヨちゃんの真っ白な肌を汚すみたいに、鼻からどろり・・・と血が垂れている。瞳孔もぶるぶる震えていて、なんだかアヤシイ雰囲気。


「んぶふっ♥ やびび、鼻血出ちゃったっ。呪詛溶液マントラリソース五本もキメたら、さすがのヤヨも天国イっちゃいそうだよぉ♥」

「投降しなさい。……すぐに病院へ連れて行きます」


 警戒しながら近づく荻谷さん。ヤヨちゃんは口をゆがめて笑い、さらにアンプルを両手に三本ずつ取り出した。合計六本。


「やぁだっ♥ もっと気持ちよくなるんだもんっ♥」

「――確保します!」


 走り出す荻谷さん。

 ヤヨちゃんがアンプルを打つのが先か、荻谷さんが取り押さえるのが先か。アタシは鮫丸を握りしめ、ドキドキしながら見守って――。


 ――いた、とき。


 耳をつんざく轟音と共に、アタシの真横の壁が、突然ぶっ壊れた。


「え?」


 壁を吹き飛ばして現れたのは、巨大な――

 渦巻く黒いモノ・・。明確な姿はなく、ただ、黒い塊がうぞうぞ・・・・蠢いて、その中央にぎょろり・・・・と一つ目が浮かんでいる。


 荻谷さんは目を丸くして、ヤヨちゃんは笑って、ソイツを見た。


饕餮とうてつ!?」

「んふ♥ 呪詛の臭いに釣られて来てくれたみたいだよぉ♥」


 饕餮……メモ帳を見なくても、わかる。今回のメインターゲット。階層縦断型モンスター。

 ド級の危険な怪物。


 ヤバい!


 アタシだってダイバーだ。とっさに、距離を取ろうとした。

 だけど、その蠢く黒いモノは、アタシのステップよりも速く、アタシに向かって突進してきた。鮫丸で受けても、間違いなく体ごと吹き飛ばされる。

 そういう攻撃――。


「――だが、忍者のほうが速い」


 ふっと、アタシの体が宙に浮く。

 誰かがアタシを横からかっさらって、突進を回避したんだ。

 そんなこと出来るの、ひとりしかいない。


「うわ、段蔵くんっ! コレお姫様抱っこじゃん! 恥ずいって! みんな見てるよー!」

「すまん。……降りるか?」


 返事代わりに、アタシは段蔵くんの首に強く抱き着いて、ほっぺたにちゅーをした。


「にひひ☆ 助けてくれて、ありがとね!」


 あ、段蔵くんたら、びっくりして顔が固まっちゃった。


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