第32話 救援依頼と闇ギルド(三/六)



 荻谷さんがスーツの内側からアンプルを取り出した。内側にはオレンジ色に輝く液体が詰まっている。


 『なんかクスリ出てきた』

 『なんこれ』

 『公社の新装備か?』


「いちおう聞いておきますが、坂上、ビシュハーマン。両名、大人しく投降する気は、ありますか?」

「舐めんな、犬ッコロがよ。ヤヨ、マナアンプル出せ」

「うんっ! ヤヨ、かわちー美人ちゃんの顔面ボコボコにするの、だぁいすき♥」


 坂上銀五郎は獰猛に、ヤヨ・ビシュハーマンは酷薄に笑って……、それぞれ荻谷さんと同じようなアンプルを取り出した。色は緑で、毒々しい輝きを放っている。


呪詛溶液マントラリソースですか。早死にしますよ」

「死ぬのはテメェだ犬ッコロ」


 三人が、アンプルを己の首筋に突き刺す。

 ……俺とあんまるは、その光景を見ていた。ついていけてない。


「ええと、あの、荻谷さん? アタシらは――」

「逃げてください。ここから先は、公安・・のお仕事ですので」

「えっ、荻谷さん公安のひとだったん!? やばっ! 潜入捜査とかしたことありますか?」

「あんまる、言ってないで避難した方がいいんじゃないか……?」


 坂上銀五郎が「ぎゃは」と笑った。


「ガキなんてちょうどいいもん・・・・・・・・逃がすわけねえだろッ! 【百里走バッド・ニュース】ッ!」


 『目玉くん』もないのに、ダンジョンスキルが励起する。瞬間、坂上の姿が掻き消えた。先ほど打ち込んだアンプルは、莫大な魔力を溶かし込んだモノなのだろう。


「いけないっ、加藤さん!」

「いひひ、あなたの相手はヤヨだよぉっ! 【絡みつく愛ラプンツェル】っ!」


 気を取られた荻谷さんの隙をついて、ビシュハーマンのダンジョンスキルも発動した。ピンク色のツインテールが、ぎゅるんッ! と渦巻いて伸びて、触手のごとく、荻谷さんの四肢を縛り付けた。


「しまッ……!」

「問題ない。自分の身は自分で守れる」


 俺は長クナイを影から引き抜いて、背中から・・・・襲い掛かってきたギンのアーミーナイフを迎え撃った。鉄同士がぶつかる嫌な音が、洞窟に響く。


 『なんで背後から!?』

 『瞬間移動した?』

 『配信なしでダンジョンスキル使ってる? なんで?』


 ギンが目を見開いた。


「……おいおい、背中に目ぇ付いてんのか、このガキ」

「ワープ系のダンジョンスキルか。レアだが、背後を取ったあたり、攻撃への転換はできないタイプだな? 発動の速さからして、座標指定に縛りがある。違うか?」

「テメェの手の内晒すボケがいるかよ」


 アーミーナイフを弾く。距離を空けて、俺はギンと向かい合った。横で妖刀鮫丸を構えるあんまるに「予定変更だ」と告げる。


「よく考えてみれば、いま、このダンジョンでバラけるのも危険だ。あんまるは荻谷さんのサポートに回ってくれ。相手は犯罪者、無理はするな。安全第一でいけ」

「でも、段蔵くんは……!」

「こっちを抑える。信じろ」

「……ん! りょーかい! 段蔵くんも気を付けて!」


 あんまるが身を翻し、「おりゃー!」と鮫丸を振り上げた。ピンク色の髪の塊に向かって走り出す。

 ギンがにやり・・・と笑って、また姿をかき消した。


 『危ない!』

 『また来るよ!』


 ――長クナイで、アーミーナイフを受け止める。今度はあんまるの背後に現れ、無防備なうなじを狙った。悪質な男だ。弾いて、また距離を取る。


「やっぱり、条件指定は座標……、いや対象か。なるほどな」


 ギンは苛立たし気に舌打ちをした。


「なんだテメェ、気持ちわりぃ反応速度だな。それがテメェのスキルか?」


 ポジションは……悪くないな。

 俺はあえて、ふん、と鼻でせせら笑ってみせる。


「俺が速いんじゃない、お前が遅いんだ。スキルは強力だが、お前自身が弱い。鍛錬が足りていない。そのちゃちなナイフでは、ネズミ一匹殺せんだろう」


 ギンの額に、青筋が浮かぶ。


「……あァ!? クソガキがッ、人質にするために、わざと殺さなかったに決まってんだろッ!」

「そうか。言い訳が上手だな」

「テメッ、この……ッ!」


 『挑発!?』

 『あんまり喧嘩売らないほうが』

 『段蔵くんにしては珍しい』


「お望み通りッ、ぶっ殺してやらァ! 【百里走】ッ!」


 ギンの体が掻き消える。


「さて。坂上銀五郎、お前のスキルは対象指定式だ。誰かの背後に瞬間移動するスキル――そうだろう? 背後に来るとわかっていれば、むしろ対策は取りやすい」


 ゆっくり振り返れば、下半身と肘から先を、地面に埋めたギンの姿があった。正確には、俺の影に囚われているのだ。


「テメェ、なにしやがった?」

「【風魔流忍法:吞牛之術ジャック・イン・ザ・ボックス】――動かないほうがいい。その状態でワープしたら、影に呑まれた部分がどうなるか、俺にもわからん。最悪、千切れるかもしれん」

「……わざと挑発しやがったなァ、クソガキィ。てかオイ、そんじゃ反応速度は自前かよ? トンだバケモンじゃねえか、黙って逃がしときゃよかったぜ」

「バケモノではない。忍者だ」


 『そうか、自分を狙わせれば確定で影を踏ませられるってわけね』

 『だから挑発したんだな』

 『さすがゲーミングニンジャだ』


 ゲーミングニンジャって言うな。

 完全に影に沈めようかとも思ったが、影の中で呼吸できるかどうか、検証していないのだ。殺すつもりはない。

 ただし。


「参ったな。拘束したはいいが、影から中身がハミ出している状態だと、俺も動けん。……ちぎれてもいいか?」

「降参するから動かないでくださいクソガキが」


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