第30話 救援依頼と闇ギルド(一/六)
「厄介な仕事?」
渋谷の路上で、杏奈は「うん」とうなずいた。
「奥多摩に発生したダンジョンで、個人勢ダイバーが
「個人勢の救援か。普通は公募入札だろう。なぜ俺達を指名した?」
ダンジョン攻略の民営化によって、ダンジョン公社は独自の戦力を――表向きは――ほとんど所持しなくなった。実力者揃いではあるようだが。
通常、ダンジョン内で遭難事故が起こった場合、所属ギルドが責任を持って救助する決まりなのだが……、そうなると個人勢は誰にも助けられなくなってしまう。
そこで、ダンジョン公社による救援隊の公募入札がおこなわれる。『報奨金を支払うから助けに行ってあげてね』と、仕事として救援依頼を受けてくれるギルドを募り、数社を選ぶわけだ。
とはいえ、税金から支払われるからか、報奨金はさほど高くない。たいていは政府に恩を売っておきたい、人員に余力のある大手ギルドが受けるのだが……。
公募を介さず、新参かつ少数人数の『迷宮見廻組』に指名が来たなら、確実に裏がある。
杏奈は眉を寄せて、困り顔になった。
「それがねー、出たんだって。階層縦断型モンスター」
「また縦断型か……。ダンジョンタイプは?」
「タイプ:セリカ。セリカって、どこだっけ?」
「東アジア、ユーラシア大陸東部。中華神話系だな。なら、縦断型は四凶か四罪、九生竜子あたりが該当するか。……なるほど」
俺達に依頼が来た理由が、わかった。
「階層縦断型が出て救援に至った場合、公募の入札者が極端に減るんだ。強い上に倒してもドロップ品がなく、褒賞金だけじゃリターンが見合わない。その点、俺達は指名に
なぜならば。
「階層縦断型モンスターであるミノタウロスの討伐実績を持ち、少数ギルドで小回りが利くし攻略速度もある。左慈支局長は、俺の交通費精算で、明日まで東京にいることを確認済み……。なにより、俺達は『迷宮見廻組』だ」
杏奈がギルドを設立した理由。
いわば、企業理念ならぬギルド理念。
ダンジョンで困っている人を助けるため――。
見捨てれば、嘘になる。
「どうする? これを受ければ、今後もお役所に良いように使われることになるのは目に見えているが……」
「うー。急すぎて、ちょっとアタマが追い付いてない感じ」
「そうか。……そうだな。俺も説明が理屈に寄りすぎた」
自分のスマホを取り出して、配信アプリを立ち上げる。
検索すれば、すぐに見つかった。
「見ろ、杏奈」
画面に映るのは、洞窟のような場所。
ダイバーは、若い男性だ。俺達よりは年上だろうか。大学生くらいに見える。
トークはしていない。喋る余裕がないのだろう。座り込んで、うつむいている。
配信時間はすでに十時間を超えていた。コメントから察するに、階層縦断型モンスターにシャッフルアタックを食らって、階層を強制移動させられたらしい。
実力では対処できないモンスターがひしめく場所に飛ばされ、狭いセーフゾーンに押し込められ、いつ来るかわからない救援を待っている――。
「この人を助けたいかどうか。その一点だけで判断するほうが、杏奈らしいやり方だろう。どうだ?」
杏奈はじっと画面を見て、迷うように口をもにょもにょさせて……。
『……母さん』
男性ダイバーが、そう、呟いた。途端に、杏奈が
「――受ける。この仕事、アタシらでやろう」
その瞳には、強い光が灯っていた。
助ける対象を、言葉ではなく自分の目で認識して、スイッチが入ったらしい。
「わかった。ギルマスの判断に従う。……だが、突入するなら、明日の昼以降だ」
「なんで? すぐ助けに行かなきゃ……!」
「杏奈の体力、限界だろう。眠いと言っていたし。ミイラ取りがミイラになってどうする。……俺もしんどい。渋谷で張り切りすぎた」
「で、でも!」
「水と食料はあるんだろう? だったら、俺達が今やるべきことは睡眠と休息だ」
俺は配信画面のコメント欄に『救援依頼を受けた。明日の夜まで待て。必ず助けに行く。』と、打ち込む。
「明日の昼以降ならダイバースーツと武器を受け取ってから潜れる。戦力を高めた状態で、確実に救出する。いいな?」
「うー……、わかった。今日は全力で寝る」
杏奈が荻谷さんに折り返しの連絡を入れる。
突入は明日の午後。初の下請け仕事ということで、ダンジョン公社から一人、サポート役を出向させてくれるらしい。
俺も体を休めて、明日に備えるとしよう。
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