第26話 白ギャルデートニンジャ(二/四)



 上階の会議室へと通される。荻谷さんはおらず、左慈支局長だけが椅子に座って、困ったような顔で丸い宝石を手で転がしていた。


「お待たせしました。……それは?」

「いやいや、待ってないよ。これかい、これはねぇ……」


 妙に歯切れ悪く、左慈支局長が宝石を俺たちに見せた。


「……ダンジョンコアだよ。国定管理外、つまり無認可の魔力結晶ね。不具合じゃなかったんだよ、ミノタウロスが出たのは。あれは外部からの攻撃だったんだ」


 外部からの攻撃?


「誰かが恣意的にミノタウロスを発生させた、と? そんなこと、可能なんですか」

「ウチの人工再生成ダンジョンは、もともとあった"弱い"リポップダンジョンを魔術的かつ科学的にコントロールしてるんだ。そもそも、ミノタウロスが発生するような幻想深度じゃないだろう?」


 幻想深度はダンジョンの内部環境が『どれだけ"神話的世界観"に近いか』を示す指標である。数値が大きければ大きいほど、危険なモンスターが発生しやすい。


「そうなんすか? 段蔵くん、ミノタウロスって、幻想深度いくつくらいから出るのん?」

「なぜ俺に聞く。……たしか、5000以上じゃなかったか」

「そう。幻想深度1500の渋谷じゃ、絶対に出ないはずだった。配信見て、大慌てで管理魔法陣を見に行ったら、コイツが接続されていたってワケだ」

「無認可のダンジョンコアが、ですか?」


 左慈支局長がダンジョンコアを灯りに透かして、うなずいた。


「誰かがこのビルに忍び込んで、魔術的ハッキングで違法ダンジョンコアを増設し、幻想深度を急上昇させてミノタウロスを発生させた。その上、術者はさっさと逃げ出して、捕まえられず終いだ。最低の展開だねぇ」


 杏奈がおずおずと手を挙げた。


「……どゆことすか? あのー、アタシ、アタマ良くないもんで。あっ、アタシ馬鹿だからわかんねぇけどよぉ☆ これ一回言ってみたかったセリフ!」


 左慈支局長は苦笑した。


「それ、本当にただただわからないときに言うセリフじゃ、ないんじゃないかい? ……ようは、ミノタウロスに襲われたのは事故じゃなくて、誰かの仕業だってことだ。狙われるような心当たり、あるかい?」

「ない」「ないっす」

「やっぱりか。それじゃ、誰でも良かったのかねぇ」

「……愉快犯には思えませんが」

「えっ、そうなん? なんで?」

「実力者がひしめく公的機関に忍び込んで、国に回収されていないダンジョンコアを用いて、ダンジョン管理術式なんて大魔術に手を突っ込める術者だぞ。どう考えても、技術がありすぎる」


 と、すればだ。


「俺の勝手な推理だが、おそらく、ダンジョン公社で不祥事が起きてほしい勢力の仕業だろうな」

「察しがいいねぇ、十八代目。かくいうおじさんも、闇ギルド界隈による政府への攻撃、いわばテロ行為だと踏んでいる」


 杏奈が身体を固くした。先日のピンチも、パーティーメンバーが闇ギルドに偽情報をつかまされたのが、原因だった。因縁のある相手だ。

 やくざ、半グレ、魔術結社に呪術師連中……、そういうアングラ連中の吹き溜まりが、闇ギルド界隈だ。いくつもの反社会的組織があると聞く。


 左慈支局長は「そういうわけでね」と気まずそうに手を揉んだ。


「ミノタウロスは配信に乗っちゃったから仕方ないけど、闇ギルドのことは、こっちの捜査がひと段落するまで口外しないで欲しい。ダンジョン公社、管理局、警察に公安、みんなてんやわんやでねぇ。……いいかい?」

「そういうことなら、構いませんが」

「ありがとう。そうだ、トラブルに巻き込んだ迷惑料として、今日のぶんの交通費と認定試験の受験料を出してあげよう」


 事実上の口止め料じゃないか。半目になる俺とは裏腹に、杏奈は嬉しそうに「マジでっ!?」と叫んだ。


「やったぜ段蔵くんっ! 受験料、めっちゃ高くてさー」

「……まあ、杏奈がそう言うなら、いいか」

「話はまとまったね。それじゃ、そういうことで、よろしくねぇ」


 会議室から出て、受付でギルド設立に関する説明を受け、許可証を受け取り……。

 東京支局の外に出ると、もう昼も過ぎていい時間になっていた。

 杏奈が「んー」と伸びをする。


「そういやさー、段蔵くん、今日は泊まりの予定だっけ」

「ああ。ビジネスホテルで一泊して帰る予定だ」


 試験後の事務処理にどれくらい時間がかかるか、読めなかったからな。

 最初から泊まりのつもりだった。


「この後の予定は? フリー?」

「銭湯を探したい。汗をかいたし、動いたしな」

「お、いいねー。アタシも行こうかなー。……あ! だったらさー、段蔵くん」


 杏奈がにやっ・・・と笑った。


「アタシとデートしよーぜっ☆」



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