第18話 幕間:上杉姫虎のWSS



「な、なんてことを……ッ!」


 私はマウスを握り潰しそうになりながら、配信を見ていました。

 段蔵が白ギャルと一緒に、伊賀の奥里にあるダンジョンに潜る配信です。Xwitterをしていたら、ニンジャがどうのというつぶやきが目に入って、この配信を見つけたのです。


「ぐ、くうう……ッ! 私のッ、私の段蔵が……!」


 『配信やめろボケカス白豚』や『ふざけるなモブ蔵』とコメントしたい欲求を必死に抑え付けながら、なんとか視聴を続行します。声に関しては我慢せずに出します。この部屋は防音ばっちりなので。


 東京副都心、タワーマンションが、私――上杉姫虎の家です。

 実家は新潟にあるのですが、高校が東京なことに加え、ダイバー活動でそれなりに稼いでいますからね。自費で借りることを条件に親から一人暮らしを許されております。いわば、私の城ですね、この部屋は。


 いまいる部屋にはパソコンやカメラ、マイクが設置してあり、壁は防音仕様です。ダンジョン配信ではない雑談配信時などに使用している部屋で、置いている機材はもちろん、すべて高性能なものを揃えてあります。

 その高性能なディスプレイで、段蔵がダンジョンスキルを励起する姿を見ています。


「はッ、初めて!? 初配信に加えて初めてのダンジョンスキルを、そんな尻軽ビッチとのコラボでなんてッ! いけません、いけませんよ段蔵ッ!」


 あっ、でもダンジョンスキルの名前、カッコいいですね。能力も渋くて、ただの収納系じゃなくて好き……。牛鬼に首を差し出させたときとか、格好良すぎてもう私はトんじゃいそうになりました。はあ……好き……。


 おっと。浸っていたら、段蔵が白ギャルに戦闘指導を始めました。白ギャルは段蔵の助言をよく聞いて――私と違って素直ですねクソが――めきめき、ちょっとビビるくらいの成長速度で強くなっていきます。

 急成長する白ギャルに、段蔵も心なしか嬉しそうで……。


「がッ、ふうッ、むうう……ッ」


 私の心臓はきりきりと痛み、嗚咽と怒声が混ざって、変な声が漏れてしまいます。いけません、強いストレスによって心身に悪影響が出ています。でも見ないわけにはいきません。段蔵の初配信ですもの。


 配信を締める段階になりました。心臓が二回転半捻りしたのか、呼吸が怪しい私です。ようやく終わる――と思ったら。モブ蔵が白ギャルクソ泥棒猫と一緒にギャルピースをしました。


「ううぐッ、ふんッ、ああ……ッ! そんな……ッ!」


 しかもダブルピースで。全身の細胞がぞわぞわ震えるような感覚さえしてきて、両目からじわじわと涙が……。


「わ、私の方が先に好きだったのにWSS……ッ!」


 久々に姿を見れたヤッターと思ったら、白ギャルとイチャコラ仲良くダンジョン配信した挙句、微笑みダブルピースだなんて。耳鳴りがして、視界がぐにゃぐにゃ歪みます。

 誰かが、ふーッ、ふーッ、と荒い鼻息を立てています。……部屋の中には私しかいませんから、当然、それは私です。

 配信が終わった黒い画面には、みっともない顔で、ぎりぎり奥歯を噛みしめるみじめな女の顔が映っています。


「……許せない」


 ぽつりとそう物妬いて、私は配信のアーカイブをもう一度、最初から再生します。


「ぐッ、ふうッ、ああッ! 脳が、脳が破壊されてしまいますぅ……ッ! あっあっ、だめっ、そんな尻軽に笑いかけないでっ、だめっ」


 彼をクビにしたのは、私です。でも、クビにしてからずっと、放置していました。段蔵は優しいですもん。溺れていた私を助けてくれた、素敵なひとです。素直になれなくて我がままな私に、ずっと着いてきてくれたひと。

 だから。


「うーッ! 帰ってくると思ってたのにッ! 信じてたのにッ! 私のところに戻ってきてくれるはずだったのにィ……ッ!」


 からだを震わせながら、私はアーカイブの視聴を終えました。防音室には、ビクビク震える涙と鼻水にまみれた女の肉塊だけが残りました。

 ちょっともう、今日はお外に出られるお顔じゃないですね。

 ……あ。


「よ、予定していた雑談配信、お休みしますって呟いとかなきゃ……」


 すっかり忘れていました。今日は雑談配信の予定だったのです。当然、中止です。そんなことできるコンディションじゃないですし……。

 なにより、取り返さなければなりませんから。私の、私だけの段蔵を。キモいリスナーどもの相手をする暇なんて、一秒たりともありません。計画を立てる必要があるでしょうね。

 ……でも、その前に。


「も、もっかいだけ。えへへ、もっかいだけ、見よう、かな……?」


 段蔵がカッコいいからとか、脳破壊が癖になってきたからとか、そういうわけではありません。私は大丈夫です。変な趣味に目覚めてはいません。

 会話や仕草から情報を得たいだけです、ええ。彼を知り己を知れば百戦あやうからずとかなんとか、孫子も言っているじゃないですか。そういうわけです。はい。

 というわけで、再生再生――。


 結局、四回見たところで寝落ちしました。計画は明日から考えようと思います。



※※※あとがき※※※

彼女はこのお話のメインヴィランです。威厳たっぷりですね。

ヴィランが出てきたので、ここから物語が本格的に動き始めるわけですね。

今日の更新は一話だけです。すまん。よかったらレビューとかハートとかください。

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