第8話 白ギャル襲来(後半)



 体勢が体勢だったので、引き上げるのに苦労した。両腕がふさがった状態から、つま先の力でよじ登らないといけないのだ。

 俺が忍者でよかった。俺が忍者登攀術ニンジャ・クライミングスキルを習得していなければ、ギャルもキャリーケースも俺も、竹槍の上に落っこちていただろうから。


 ともあれ、無事に地面に戻れたので、きちんと罠を解除してからギャルを客間に通した。田舎の古民家になぜか必ず一部屋はある、ちゃぶ台だけがぽつんと置いてある畳の部屋である。


「ドモ~☆ 改めまして、アタシ、出雲杏奈いずもあんなでーっす! 『あんまるのダンジョン配信』やってま~す!」


 と、座布団に正座したギャル……、もとい出雲杏奈は敬礼みたいなピースで挨拶をした。キャリーケースから取り出した紙袋を机に載せて、ずいっと俺に押し出す。


「ハイこれ! こないだ助けてもらったお礼! 東京駅で売ってたなんか美味しいやつ!」

「ご丁寧にどうも。仏壇に供えてから、爺さんといただこうと思う。……待て。礼は受け取るが、そもそも、どうして俺の家を知っている?」

「え? ダンジョンでアタシを助けてくれたとき、ひめこちゃんが呼んでたじゃん。『やめなさいモブ蔵!』とかなんとか」

「ただのあだ名だぞ。住所じゃない」

「うん。でも、ひめこちゃんの関係者だってわかったからさ。チャンネルの配信アーカイブぜんぶ確認して、パパに聞いたんよ。『これ、後ろで誰かが針とか飛ばしてるんじゃね?』って」

「ぜんぶ? 一年分だぞ、ダンジョン外の雑談配信まで入れたら、ゆうに五百時間はあるはずだ」

「戦闘シーン以外は飛ばしてザッピングしたんよ。それでもゴリッゴリの寝不足! でね、パパが『たぶん伊賀忍だよ』って、この里のこと教えてくれたん。あ、アタシん家、士族の家系でさー」


 士族――サムライの血を引くのか。伊賀の奥里を知っているってことは、相当な名家だろう。大名華族の上杉家ほどではないだろうが。


「だが、伊賀の奥里まで辿り着いたとしても、俺個人の特定まではできないはずだ」

「え? この里、あんまりおうち建ってないし、片っ端からピンポン押していけばいいだけじゃん」

「異常なコミュ力だな」

「そんな褒めんなしー、えっへっへ」


 褒めていないし、明日から近所の連中に「おい段蔵! あのギャル誰だよ!?」と問い詰められることが確定した。どう説明すればいいんだ。


「まだ疑問がある。俺は覆面で顔を隠していただろう。なぜ窓から顔を出したのが俺だと……あの時のモブ蔵だとわかった?」

「え? きみ、目元めちゃくちゃ印象強いよ? アタシ、一発でわかったけど。あ、でも目元だけじゃなくて、顔全体が結構イケてるから、そこは安心して?」


 なにが安心なのかはわからない、謎のフォローまで貰ってしまった。

 というか、覆面越しの目元から顔がバレるって、忍者として未熟が過ぎるな。いや、このギャルが目ざといだけかもしれん。……目ざといといえば、だ。


「本当に見えたのか? 配信で、俺の針クナイが」

「見えてはない。アレ、注射針並みの細さでしょ。動きの多いダンジョン配信じゃ、そもそも映らんって。でも、モンスターの動きがおかしいのは確かだったし、ワンチャンあるかなーって」

「ワンチャンで伊賀まで来たのか。東京土産を持って」


 「うん」とギャルはうなずいた。どういう行動力だ。俺に会えるとも限らないのに、伊賀の奥里まで電車とバスを乗り継ぎ、里についてからもあぜ道を歩き回ったに違いない。


「どうして、そこまでする。礼をするためにしても、やりすぎだろう。……まさか、脅しに来たのか? 針クナイのこと、誰かに言う気だな?」


 姫虎の不正をネタに何か要求する気かと思ったが、ギャルは首を横に振った。


「パパ以外には言ってないし、パパも誰にも言わないよ。まあ、ひめこちゃんずるいなー、とは思ったけど、アタシは糾弾しにきたんじゃないから。お察しの通り、お礼だけでもないけどね。実は……、謝罪と勧誘も目的だったり?」

「謝罪と勧誘?」

「そ! アタシが思うに、モブ蔵くん――このあだ名ひどいね、本名は?」


 そこで、ようやく自分が名乗っていないと気づく。俺は本当に会話が下手だな。


「段蔵だ。十八代目の加藤段蔵を襲名している。……本名はもう少し長いが、加藤段蔵と呼んでほしい」

「じゃあ段蔵くんね。アタシが思うに、段蔵くんは配信に映ったせいで裏方をクビになった。違う?」

「そうだ。覆面のことといい、針クナイのことといい、慧眼だな。なにか眼に秘密があるのか?」

「ただのカラコン☆ ……ともかく、ソレってつまり、アタシのせいでしょ。アタシを助けたせいで、段蔵くんは仕事を失ったってワケで。そこでアタシは、段蔵くんに新しいお仕事のご提案に来ましたー☆」


 いや、仕事を失ったのは俺が未熟だったせいだが……。

 出雲杏奈は、にまっ、と盛夏のひまわりみたいに笑った。


「アタシと組んで、ダンジョン配信やって欲しいの! てかギルド作らん?」

「断る」

「即答かよ。ウケんね」


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