第7話 白ギャル襲来(前半)



 俺は家でぼんやりしていた。

 とにかくぼんやりしていた。


「暇だ」


 先日、俺は姫虎からクビにされた。

 女の子を取り囲むモンスターを忍者殲滅術ニンジャ・アナイアレイトスキルで全滅させたあと、配信を切った姫虎にガン詰めされて。


 ゆえに、伊賀の奥里から出ることなく、修行と夏休みの宿題に精を出していたのだが、修行のしすぎで体を痛めても仕方ないし、宿題は終わってしまった。

 リビングにインターネット……、ではなくパソコンはある。ゲームでもしようかと思ったが、奥里は電波が悪くてゲームに向かない。家庭用ゲーム機を買いに行こうにも、街はクソ暑いので行きたくない。


 畳に寝転んで、窓から雲一つない青空を見上げるくらいしか、することがない。これもまた忍耐の修行と思おうか――。


「ちわーっす! モブ蔵くん、いますかー?」


 む。窓の外から声が聞こえる。俺をモブ蔵と呼ぶのは、姫虎だけだ。だが、いまのは別人の声音だった。

 窓から顔を出して、門のあたりを見下ろす。我が家は古い庭付きの古民家で、何度か改築されている。俺の部屋は二階の角だ。


「……誰だ?」


 門のあたりにいたのは、金髪の白ギャルだ。つばの丸い帽子をかぶり、デカいグラサンをかけ、肩が大胆に出たなんか形のよくわからんセクシーな服と、デニムの生地で作られたパツパツのミニスカートを履いている。


 姫虎が配信外で着ていた服に似ているな。たしか、お、おふしょるの、とっぷす? ……詳しくはわからんが、ともかく畑と森と古民家しかない伊賀の奥里には、あまり似合わない格好だ。

 ギャルは俺を見上げた。


「あ、モブ蔵くんはっけ~ん! ドモー、あのとき助けてもらったギャルで~す☆」

「そんな鶴みたいな……」


 そして、気づく。そうか、あのときダンジョンで助けたギャルか。

 姫虎に早く対応したくて、挨拶もそこそこに離れてしまったんだった。


「お礼に来たんだけど、とりまさー、入れてくんね? 暑くて、もうバテバテでさー……」

「わかった。すぐ下に降りる」

「あざー」


 確かに、今日は暑い。山奥だから多少は涼しいが、外は過酷だろう。熱中症は危険だ。軒先を貸すくらいは、別に構わない。たとえ、いきなり訪ねてきたギャルであろうとも。

 しかし、少しばかり準備が必要だ。なんせ、ここは伊賀の奥里、代々の加藤段蔵がリノベーション、もとい改造を重ねに重ねた忍者屋敷である。


「悪いが、少しだけ待て。いま、屋敷の罠を解除するから――」

「え? 罠?」


 いつの間にか、ギャルはキャリーケースを引いて、庭の中ほどまで入ってきていた。俺が「わかった」と言ったとき、すでに歩き始めていたらしい。


 ガコンッ、と罠が作動する音がした。まずい。

 俺は窓から跳躍して庭に着地し、ギャルに向かって駆けた。


「ちょっ……!? わっ、なに!?」


 ギャルの足元、整えられた石材の小道が、パカっと開く。落とし穴である。下には竹槍がずらりと並べてある。……普通に死ねるな、この罠。次のリノベ対象は落とし穴にしよう。竹槍の代わりにふわふわのスポンジとか敷き詰めよう。


 ともあれ、重力に引かれて落ちるギャルを、右手で体を抱きしめ、左手でキャリーケースの取っ手を掴み、足のつま先を落とし穴のふち・・に引っ掛けて、逆さまになって保持する。なんとか間に合った。


「お、おお、おおお……!? ナニコレ竹槍!? こっわッ!」

「無事か。……悪いが、我が家は罠だらけなんだ。解除するまで少し待ってほしかった」

「お、おう、うん、ありがと……。ごめんね、勝手に入っちゃって。けどさぁ、その、きみの手がね……?」


 目を白黒させながら、ギャルが胸元を見た。手?

 あ。

 俺の腕がギャルの体を抱いて、右の手のひらでがっちりと、こう、掴んでいる。ふむ。柔らかいな。すごい。あーすごい。すごいな。布の下に素材の違う別の布があって、下着かなこれ。二重の布に守られた柔らかい肉の塊だ。ほーう。すごいや。


「いや、その状態で固まるなし、スケベ」

「不可抗力だ。すまない。スケベではない」

「不可抗力の割にはほっぺたゆるっゆるですケド? どう考えてもスケベでしょ。助けるために仕方ないのはわかるけど、こうもガッツリ揉まれるとはねぇ」


 きゅっと表情筋を引き締める。


「どうだ。真面目な顔だ」

「いや遅いし。もう見たって。つか、早く引き上げてくれん?」


 ギャルは「にひひ」と笑った。


「引き上げるまでは、揉んでていいからさ」



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