第5話 回想・ピンチのギャルを助ける(後半)



 姫虎のダンジョンスキル【六秒間の蛮行】は、六秒間だけ身体能力を超強化するスキルである。ダイバーなら全員が魔力を使った身体機能のブーストくらい出来て当然だが、ダンジョンスキルとなると一般的な強化の比ではない。


「いざ尋常にっ、正々堂々っ、勝負ですっ!」


 姫虎は河童の正面から、威風堂々とメイスを振り上げ、挑みかかっていく。

 速度もパワーもある。だが、相変わらず大振りだ。武器の扱いは下手なのである。素手の方が強いんじゃないかと、たまに思う。


 『わざわざ正面から行かなくても』

 『不意打ちとか卑怯なことしないのが、ひめこちゃんの良さなんだよ』


 河童型モンスターは、当然、姫虎に気づいている。

 巨躯の河童だ。大きさは二メートル以上あるし、筋骨隆々である。やつは姫虎に向かって「グガァ」と咆哮し、身を沈めた。――左右どちらかに回避する気だ。

 まあ、とんでもない魔力を纏った姫虎が突っ込んで来たら、誰だってそうする。仕方ない、俺の出番だ。


 『目玉くん』の画角の外から、俺は細い針手裏剣を投げ放つ。

 ダンジョンスキルではない。忍者投擲術ニンジャ・スローイングスキルのひとつ、針投げだ。狙うは河童の膝、その関節部。

 するりと吸い込まれように刺さった針が、河童の回避動作を阻害し、避けられるはずだった大ぶりな姫虎の打撃が――直撃する。


 「えいっ」という、軽い掛け声とともに振り回された棘付きメイスが、河童の上半身を吹き飛ばした。圧倒的な威力である。やや遅れて、下半身も黒い霧になって空気に溶け、地面にドロップアイテムの河童の皿だけが残った。


「やりました! 大勝利、です!」


 浮遊するカメラにピースと笑顔を向ける姫虎。


 『かわいい』

 『つっよ』

 『すごい! えらい! おじさんが褒めてあげるね!』

 『てか相変わらず火力高い』

 『大ぶりな攻撃を当てる技術もあるからな、ひめこちゃんは』

 『すきです』


「ありがとうございます! えへへっ」


 配信のたびに大金を稼ぐうえに、コメント欄はいつも『かわいい』や『生きてるだけでえらい』といった全肯定リスナーで埋め尽くされるのだ。増長するよな、と思う。


 以降、数匹の河童に黒い霧に分解しながら進むと、前方に光る苔に照らされた小部屋のような空間が見えた。シャボン玉みたいな膜が入り口に張られている。

 カンペで「セーフゾーンある」と示すと、姫虎は「あ! セーフゾーンです!」と指をさした。


 『へ?』

 『どこ?』

 『ひめこちゃん目が良すぎる』

 『観察力も高いんだなぁ』


 セーフゾーンはモンスターが入り込まない不思議な部屋である。どのダンジョンのどの階層にも、最低ひとつは存在する。ただし、ボス階層は除くが。

 シャボンの膜を抜けて、姫虎はほっと一息ついた。


「じゃあちょっと、三十分ほど休憩することにします。一度、配信を落とすので、またあとでお会いしましょう~!」


 言って、『目玉くん』を携帯端末で操作し、カメラ録画を切って配信を落とした。

 すかさず、俺はバックパックから小さいアウトドアチェアを取り出して組み立て、姫虎の傍に置いた。姫虎はどっかりと座り込んで、「あー、きも」と呟いた。


「『すきです』だの『おじさんの魔力吸い取って♥』だの……、きもすぎです。どうせ、無職が一人でにやにやしながら配信を見ているんですよ。うー、寒気がしてきました。モブ蔵、暖かいお茶をください」

「姫虎、それはちょっと言いすぎじゃないか。たしかにガチ恋勢の言動が見苦しく映るときはあるが、魔力を貰っているわけだし、やんわりと窘めつつ感謝の意を示すくらいが……」


 水筒のお茶をコップに注いで手渡しつつ言うと、姫虎は俺を見上げて睨んだ。


「なんです? 指図する気ですか? 雇用主である私に」

「そういうわけではないんだが」

「なら黙っていてください。あーもう、モンスターが河童なのも、きもいんですよ。近くに水場があるんでしょうか。帰りたい……」


 そうか。それで、いつにもまして機嫌が悪いのか。姫虎は泳げない。金槌なのだ。

 伊賀の奥里で川遊び中に溺れて以来、大の水場嫌いである。あのときは俺がすぐに気づいて助けたから、大事には至らなかったが……トラウマは残っているのだ。



 トラブルがあったのは、配信を再開してすぐのことだった。

 三階層への階段を探して、都合七つ目の角を曲がったところで、音がしたのだ。金属がかちあう・・・・激しい剣戟の音が。

 そして、数十メートル先で、金色のなにかが閃いている。


「あれは――、ギャル? の、サムライ? ですか?」


 姫虎が困惑の声を上げた。

 そう言うしかない見た目の女の子だ。長い金髪は高い位置で結んだポニーテールで、ダイブドレスは派手な柄の袴と甲冑を足して割ったようなデザイン。得物は身の丈ほどもある大太刀だ。

 閃いていたのは、ポニテか。なにかから必死に逃げるように、足を動かしている。


「……って、なんですか、あのモンスターは!?」


 姫虎が頬を引きつらせた。

 天狗、鬼、河童。多種多様な日本妖怪型モンスターたちが、女の子に襲い掛かっている。眼は良いほうなのだが、曲がり角で死角になっていて、気づくのが遅れてしまったのだ。


 『巻き込まれる逃げて』

 『セーフゾーン戻ろう!』

 『あれは無理』

 『すぐ逃げて!』


 百鬼夜行のごとき怪物の濁流。呑み込まれれば、ひとたまりもないだろう。

 助けようにも、姫虎の足では間に合わないし、俺の針投げでもどうにもなるまい。


 ――だから、とっさに体が動いた。


 直線、最短距離。呆然とする姫虎の後ろをかすめるような軌道で走りながら、俺は懐から手裏剣を取り出し、連続で投擲する。……三体の頭蓋を貫き、黒い霧に変えた。

 さらに取り出したるは、長さ二十センチほどの長いクナイ。両手に逆手で握って百鬼夜行に飛び込み、不意打ちの忍者斬捨術ニンジャ・キリステスキルで五体の首を撫で斬りにして黒い霧に変える。


 そして、ギャルのすぐそばに到着。不意打ちで減らせたのは、合計八体か。少し厳しいが、なんとかなるか。


「無事か?」

「えっ……?」


 いかん、ぶっきらぼうに聞きすぎた。あまり他人と話し慣れていないのだ、俺は。伊賀の奥里の高校は、全校生徒四人だし……いや、いまは関係のない話だ。

 まだまだモンスターは残っているが、俺の乱入に驚いたらしい。百鬼夜行は勢いを弱め、俺とギャルを取り囲むように展開し始めた。


「えっ、えっ!? 誰!? 忍者!? 忍者なんで!?」


 ギャルが俺を見て言った。まあ、驚くか。驚くよな。いきなり黒ずくめのやつが出てきたら。

 よく見れば、ギャルは傷だらけだ。派手袴甲冑なダイブドレスも損傷がひどく、胸のあたりから下着が――あんまり見ないようにしよう。

 だが、意志の強そうなぱっちりした瞳は、一点のきずもない宝石のように、光り輝いていた。

 直視するには陽のオーラが強すぎて、思わず下の方を見てしまう。ほう。ふむ。これは姫虎にはない大きさだ。ギャルってすごいな……。そしてピンクのヒョウ柄か。すごいな。すごい。ギャルってすごい。語彙力どっか行っちゃった。


「……どこ見てんの?」

「傷の確認だ。どうやら致命傷はないようだな」

「そ、そう……。イヤ、ごまかせてないけどね……?」


 ギャルは腕で胸のあたりを隠しつつ、にやりと微笑んだ。


「で、助けてくれるつもり? アンタ、もしかしてヒーロー気取りの馬鹿だったりする?」

「いいや。俺は――」


 多くを語る必要はない。俺は裏方だ。

 長クナイを逆手に持ち、腰を低くして構え……、告げる。


「――ただの、モブだ」


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