第16話


 この賢者たちは魔物を一撃で倒せる光の魔法を操ると同時に……


 同じだけの威力を持った闇の魔法も使えるのだ。


 そういえば以前から地上に出向いた天使が謎の失踪を遂げることがあった。


 きっと魔物に襲われたのだろうと天界では断定されていたが……


 賢者たちによると、人間を矢で射ろうとしていたキューピッド下級天使を自衛のために闇の魔法で倒したことが何度かあると言うではないか!


「それを聞いてわらわは焦った」

「なぜならもし人間が天に反抗しようとしたら」

「思ったよりも強大な敵になるのではないかと見抜いたからだ」

「ただでさえ厄介な魔物に加えて人間まで相手にするとなると、天界は少々キツいものがある」

「焦ったわらわは人間たちが心変わりしないうちに、破格の条件で手を組むよう天の主に提案した」

「それが、人間全てに魔法を操れるだけの知恵と魔法を伝える代わりに天界と手を組んで魔物を倒さないか、というものだった」


 この提案はその時点で考えうる最高の案だと思った。


 今でもこの考えは正解だったと思う。


 しかし……


 人間は所詮下等な生物だと見下している天の主は、人間と共に歩むということに反対した。


 なのでわらわに”改良案”を寄越し、それを賢者たちに伝えろと言ったのだ。


 その内容は、人間は天から知恵と魔法を授かる代わりに天の支配下になれ、という一方的なものであった。


「こんな傲慢な伝令を持っていけば、わらわは賢者たちに殺されてしまうのじゃ」

「あいつらはとんでもない強さじゃったからな」

「それにもし賢者たちが条件を呑んで支配下に落ちたとしても……」

「全ての人間が魔法を扱える状況になったら、ヘタしたら魔物を倒した後に今度は支配してきた天界に標的を移す可能性だって考えられた」

「でもあなたは人間へ知恵と魔法を授けたのよねぇ?」

「ああ。賢者たちを裏切ってな」

「なるほど、そういう事ですか」

「どういう事だミャ……?」


 聡明なセーラはかつてのわらわがどう行動したのか察したようだ。


 そう、わらわは人間と天界それぞれのトップ達の橋渡しをしているうち……


 段々とストレスが溜まっていったのだ。


 それはもう大変だった。


 天の主は人間を支配下に置きたがるが。


 賢者たちは少しでも気に食わない事があるとすぐ乱暴するやつらじゃった。


 賢者と言うより、ただ魔法が使えるだけの怪物じゃ。


 考えてもみてほしい。


 そなたらの世界で独裁者と呼ばれていた人間たちを。


 賢者たちはどちらかと言えば独裁者のような人間であった。


 大天聖になったとはいえ、わらわは弱っちいままだったからめちゃくちゃビクビクしながら交流をしていたんだ。


 いつ闇魔法が飛んできて殺されるか分からんかったからな……


「まさか賢者がそういう人たちだったなんてねぇ」

「あたしたちはそこまでは知りませんでした」

「そうじゃろうな。だって賢者と実際に交流をしたのはわらわと少数の上級天使だけじゃったし」

「それで魔王はいつ人間を、そして天界を裏切ったんだ?」

「焦るでない。なんとな、ここに来て魔物界でのわらわとも言うべき者が現れるんじゃ」

「魔物界での……あなた?」


 思い出してほしい。


 人間が手を差し伸べられた時の話を。


 かつて人間は”天界と魔物の両方から同時に”手を差し伸べられたと言っただろう。


 そうなのじゃ。


 ちょうどわらわが賢者たちと交流を深めている時に、魔物のほうにも勘のいいヤツがいて人間を引き入れようと動いていたのじゃ!


 そいつが、そいつこそが。


 わらわの前に魔物たちをまとめていた最初の大魔王その人だったのだ。


「最初の大魔王……って、あなたの前にも魔王がいたんですか!?」

「驚くのも無理はない。なんせ当時の魔物はどの種族よりも強いがゆえ、個々の自我も強く王を頂くような感じではなかったからな」

「だが実はいたのだ。とんでもない強さで頂点に立っていた者が」

「いったいどんな恐ろしい魔物だったんでしょうか……」

「どんなって、セーラがその手で倒したじゃないか」

「え、ええ!? あたし!?」


 そう、最初の大魔王とは!


 わらわの右腕として数千年付き添ってくれていた、アイツだ!


 あっけないことにセーラの時止めに為すすべなく死んでしまったが、本当にあいつは強いやつなのじゃぞ。


 昔のわらわは逆立ちしたって勝てっこなかった。


 今なら余裕で勝てるがな。


「確かにあの魔物は本来は魔物が使えない魔法元素を操って、禁術のメルトバスターを撃ってたわねぇ」

「そのメルトバスターっていうのはどのくらいすごいんだ。いや、俺もコピーして一度撃ったがいまいち強い気がしなくて」

「メルトバスターはどこに向かって撃っても勝手に魔法が相手の方に向かっていくから必ず当たるし、しかも当たったら……」

「当たったら?」

「全身の細胞という細胞が元素の過負荷オーヴァフェイルを起こし、未知の苦しみで死ぬ」

「お、俺はなんて技を撃ってたんだ……」

「そんな技をキックで相殺する魔王ちゃんも大概よぉ」


 ちなみにメルトバスターは本来その種族が扱えない魔法元素も扱う関係で、使用者本人にも元素の過負荷オーヴァフェイルが起こる。


 つまりは我が右腕もメルトバスターを使用したからには死を免れることはできない。


 数千年前にわらわに向けてメルトバスターを撃った時は、ちょっと事情が違ったから死ななかったがな。


 しかし一つ不思議なことがある。


 なぜマクセルは死んでないんだ、という謎。


 マクセルおまえやばくない?


 なんちゅう体質しとるのじゃ。


 少なくとも人間は天術と魔術は確実に使えない。


 さらには時と空の魔法も、どちらか片方しか扱えないはずじゃ。


 この中だとセーラの時止めが時の魔法。


 シャムのワープが空の魔法であるな。


 時と空の魔法は非常に珍しいもので、三種族のどの者でも扱える可能性があるが、生まれついての素養で扱えるかどうかが完全に決まるのだ。


 だからわらわはセーラとシャムが羨ましい……


 大きな制限もあるとはいえ、間違いなく至上の魔法だからな。


「セーラとシャムの技はそんなにすごいものだったのか……」

「そうよぉ私のナイトクラスタより全然すごいのよぉ」

「マカさんのナイトクラスタは心体の魔法の頂点ですから、普通にすごいじゃないですか」

「なにっ、マカよおぬし努力型だとは思ったが心体の魔法を身に着けてたのか」

「そうよぉ。魔王ちゃんと同じで何の才能もないから。だから努力型の最高峰になったわぁ」

「マカの魔法もすごいやつなのか……」


 マクセルおまえホントに何も知らないんだな。


 心体の魔法といえば、時と空とは対象的に心術と体術の両方をバランスよく鍛えていかないと上達しない魔法じゃ。


 心術は主にデバフを。


 体術は主にバフを与える魔法が多い。


 確かに言われてみればナイトクラスタはデバフをこれでもかと振りまいていたし、心体の魔法と言われて納得した。


 ちなみに心体の魔法はみんな初めは0からの素養で始まり、そしてどれだけ魔法に適正が無くとも鍛えれば究極の域まで到達できる。


 しかしそれだけに極めるのは最も至難の道を強いられる……というのが定説だ。


 恐らくシャムとセーラも最低限は心体の魔法を覚えているだろうが、マカにやらせるほうがよっぽど強力であろうから使わないのであろう。


「……あ」

「どうしたんだミャ」

「そういえばマクセルのステータスオープンってやつ」

「ああ、これか。ステータスオープン!」

「だから急に叫ばんでいい!」

「この技がどうかしたのぉ?」

「いや、聞いたことのない魔法だし、いまいち何をしてるのか分からないから気になってな」

「あ、あー、これですか。なんて説明すればいいかな、シャム」

「マカのほうが詳しいにゃ」

「セーラちゃん、パスぅ」

「う、うぇぇ」


 そんな説明のしにくい物なのかコレ。


 いや、なんとなくは分かるぞ。


 だってステータスオープンって字面、そのまんますぎるし。


 けど原理が分からなさすぎる。


 なんでわらわの体調が把握できるのじゃ?


 どこまでこっちの情報を見れるのじゃ?


 よもやわらわのスリーサイズや、下着がミントブルーだとか、実はそろそろトイレに行きたくなってる事とか。


 そういう恥ずかしい情報も、筒抜けであるのか……!?


 答えてくれマクセル──────!


 いや、やっぱ恥ずかしいから言わんでいいぞマクセル──────!


「おい、小便がしたいなら行けばいいだろう」

「な、な、な……なんじゃと!?」

「まさかおしっこしたいのかミャ?」

「乙女の催しを勝手に探るとは……あっ」

「まずい! シャムすまん、魔王をトイレに運んでやれ! スキル発動!ワープ

「にゃ、にゃんでボクが」

「とにかく連れてってあげて。シャム、確か魔王城の入口にあったよ」

「も、漏れるぅ! 早くするのじゃ!!」

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