第3話


 部屋の外で急にスキル発動という叫び声が聞こえたかと思うと、なんと入り口のドアが爆発してしまった。


 重厚な金属でできたドアがガラガラと崩れ、瓦礫ガレキを踏みながら、勇者と思われる者たちが入って来た。


 作り物のように不自然に整った美形の青年。

 細い首に首輪をつけた獣人のような女の子。

 見るからに魔法使いの出で立ちをした女性。

 普通の村娘のような格好をした場違いな女。


 この四人が、わらわの世界を奪っていったヤツらか。


 フッフッフ……


 朝食をとっている間にくたばると思ったが、まさかここまで来るとはな。


「フッフッフ……」

「ま、魔王さまが頼もしく見える!」

「我が右腕よ、あやつらを排除しろ」

「仰せのままに、我が偉大なる魔王」


 わらわが命令を下すと勇者めがけて無数の呪文を即座に放ってくれた。頼もしいのぅ。


 火水地風、光闇、時空、心体、そして天魔。


 こいつは本来魔物が扱えない呪文だって強引に習得している。そしてそのどれもが極限まで熟練しており、最大まで極まっていた。


 どれだけ勇者たちがインチキな技を持っていようが、この全属性呪文乱射スペルストームを喰らえば一人くらいは死ぬだろう。


 というか、これで倒せなかったらちょっとヤバい……


 いや、まあ、わらわはフィジカルでやるタイプだし?


 まあなんとかなる。うむ。


「勇者さま、来ましたよ!」

「ああ! それじゃいくぞ」

スキル発動!クロノス

「わ、私の出番ですね……!」


 ……?


 ……!


 しまっ……


x x x x x x x x x x x x x x x


 油断した。


 そうか、あいつらの使う技は時止めか。


 ならこの戦いは簡単に勝てる。


 だけどわらわは油断してしまった。


 よりにもよってわらわが先に戦わぬ愚を犯してしまったのだ。


 そのせいで……


「グガッ! ま、魔王さまー!」

「ひゃあ! この魔物、まだ体力が……!」


 わらわの大事な右腕の体には、無慈悲に剣が突き刺さっていた。


 剣を握っていた地味な村娘は万一の反撃に備えてか、とっさに勇者たちの方へ飛び下がる。


 心臓を正確に狙った剣はまるで思い出したかのように急激に血を噴出し、放っておけばすぐに息絶えてしまうのを冷酷に見せつける。


 だがこんな瀕死の状態になっても、我が右腕は魔物の中のナンバー2としての矜持を果たそうとしていた。


「魔王さま、私は一矢報いますぞー!」

「よせ何をするつもりだ! こちらへ戻れ!」

「そうよ、そこの魔王の言う通りよ魔物くん。諦めて引いたほうが……」

水金地火木土天魔砲メルトバスター!」

「危ない! スキル発動!ワープ

「みゃあの番だにゃあ」


 勇者たちの目の前で捨て身の禁術を放とうと全魔力を集中した我が右腕は、勇者のスキル発動という号令が出た瞬間に消えてしまった。


 今度の技は時を止めたのではない!


 物体をどこかへワープさせたのだ!


 同じスキル発動という掛け声だが、完全に別の技か!


 なんという意味不明な技であるか。土の王がよくわからないまま情報を寄越してきたのも頷ける。


 土の王め、存外にホウレンソウがうまい。


 さすがは土。野菜ならおまかせあれとな。


 ………………。


 うふ、ちょっと上手くない? いやそうでもないか。


「うふっ」

「あの子笑ってるわよ」

「い、いや、ちょっとな」

「魔王よ、なぜ味方が死んで笑う」

「あ、そう言えばおぬしが勇者なのか?」

「みゃあ。見て分からんのかミャ。バカな魔王だニャー」


 なんだこのバカ猫。お互いはじめましてなのにすごい言ってくるじゃん。


 腹立つな、こいつ魔王と勇者が出くわした時の矜持も分からんのか。


 分からんだろうなぁ。猫畜生だもんなぁ。


 お前が号令受けてワープさせたの、しっかり見てたからな。


 バカ猫が。わらわの大事な右腕を無駄死にさせやがって。


 お前だけは痛めつけてやるぞよ。ぞよぞよ。


 とか考えてたら勇者たちが自己紹介をし始めた。


「そう、俺が勇者マクセルだ」

「そして私が魔法使いのマカ」

「みゃあはシャムだにゃあ」

「あ、あたしセーラ……」

「ちょ、ちょっとまって、そんな一斉に言われると覚えきれない」

「マクセル」

「マカ」

「シャム!」

「せ、セーラ」


 ぬうぅぅぅぅん!


 だからごちゃごちゃなるって!


 ちっとは配慮せい、ぷんぷん。


 そもそもわらわは人の名前を覚えたりするのが苦手なのじゃ。だってわらわ、魔王ぞ。魔王。


 誰かを呼ぶ時はおい、とかそこの、とかで済むからのぅ。


 そういえば四天王のちゃんとした名前とかさっき死んだアイツとかも名前覚えてないし。


「のう勇者よ、アイツって名前なんだったっけ?」

「アイツって誰だ」

「アホガキだみゃ! やーいやーい、ゆとりキッズ〜」

「なんじゃと。わらわは戦前生まれじゃ」

「張り合わないの。それに戦前っていつの戦前よ」


 マカ……だったと思う魔法使いの女がバカ猫とわらわの仲裁に入る。


 気をつけねばなるまい。こやつは勇者のスキル発動とやらで唯一まだ技を発動していないヤツだからな。


 シャムというバカ猫はワープを、セーラという村娘のような女は時止めをしていた。


 だが肝心の勇者自体の技とマカの持つ技はまだこの目で見ていないのだからな。


 まあどんな技を披露してきても絶対に負けはしないけども。わらわマジ強いから。えぐいよ、うむ。


「それで魔王よ、俺たちはお前の悪事を止めに来たのだが」

「悪事?????」

「と、と、トボけないでください! あなたは怖い魔物を世界中に放ち、悪さばかりして」

「セーラの言う通りだミャ。ろくでなしの魔王ミャ」

「まあそういう事。あなたは話が通じるけど、世界はあなたの死を望んでるの」

「嫌じゃあ死にとうないぞよ〜。ぞよぞよ〜」


 煽るためにわざとヘラヘラした返事をしたらみんなムッとしちゃった。そんな怒んないでよ、ちょっと怖いぞよ〜。


 しかし悪事というのは覚えがない。わらわは確かに魔物の住みやすい世界を作るため色々な土地を占領してきたり、時には人間をどかして魔物の住処にしたこともあった。


 でも占領した土地は本来人間がとても住めそうにない標高二万メーター以上の山とか、深度二キロある深海とか、毒まみれの草木で形成された森とか、そういう所だけチョイスしているんだが。


 人間と同じような環境じゃないと生きられない魔物が人の領地を奪うことも時にはあったが、その時は必ず魔物の代表であるわらわが代わりの土地を寄越した。


 その代わりの土地は人が住めなかった山を一部切り崩して平地にしたり、


 頑張ってみんなで埋め立てて浅瀬にした海辺だったり、


 毒性のある植物をみんなで処理した森だったり。


 わらわたち魔物は、むしろ人間とは共存する努力をしていたのだが?

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