第2話


 目が覚めた瞬間にいつもとは違う空気を全身が感じた。


 いつもならわらわの目が覚めるのをまるで見ていたかのように、わらわの右腕である魔物がドアをノックして起こしに来てくれる。


 そして寝ぼけまなこで返事をする所から一日が始まる。かれこれ数千年も繰り返してきた一日の始め方だ。


 だがこうしてノックの音を聞かずに迎える朝はなんて久々なのだろう……


「フフフ、勇者たちがこの城に入ってきたということか」

「面白い。我が右腕が日課をこなせないほどの敵だとはな」

「愚か者どもめ、精鋭揃いのこの城へノコノコとやってきおって」

「どうせわらわが朝食をとっている間にくたばるであろうがな!」

「フフフ、はーっはっはっは!」

「はっはっはっは……おい、そろそろ出てこい、お腹すいたぞ」

「ねえ、ちょっと。朝ごはん!」

「朝ごはん、まだなの!?!?」


 お腹がすいて動けないぞ!


 早く朝ごはんちょうだい!


 聞いてるのか。この際誰でもいいから。


 あ、でもゾンビくんとかベルゼブンブンくんがごはん持ってくるのはちょっと嫌かもしれない。


 くそう、くそう、誰がこの城の電力をまかなっていると思ってるのだ。


 わらわだぞ!!


 わらわだぞ!?


 みんなが使うお風呂場のお湯を沸かしたり!


 生物やお魚を冷やしておけるようにしたり!


 エアコン使えるようにしたり!


 寝る間もずっとわらわの体から魔力を供給してるのだぞ!!


 減るのじゃ、腹が。腹が減るのじゃ。


「ぬふぅ、これでは餓死する」

「仕方あるまい。いったん城への魔力供給をカットしてごはんを漁りに行こう」

「まったく、勇者が現れてから寒い思いはするわお腹すくわで最悪だな」

「……」

「お、おーい、ホントに誰もおらんのか?」


 寝室のドアを開けて見慣れた廊下を見渡すも使用人一人として見当たらない。それに異様なほど静かなのが不気味だ。


 まるでこの魔王城はすでに陥落したかのような錯覚すら感じてしまう。


 ええい、腹が減ってると縁起の悪いことばかり浮かぶな。


 そもそもごはんはどこにあるのだ?


 わらわはこの城のどこに何があるのか知らんぞ。


 参ったな、困ったな、これでは自分の家で行き倒れてしまう……


「ともかく玉座の間まで向かうとしよう」

「あの部屋なら小腹が空いた時のために少しごはんを備蓄してるし」

「しかし遠いな」

「こんな広い城を建てたのは誰だ」

「……」

「わらわだよ!」

「うきうきで建てたの、わらわだよ!」


 自分で言ってて悲しくなってきた。さっさと行こう。


x x x x x x x x x x x x x x x


 グーグーとなり続けるお腹をこさえながらようやく玉座のある部屋の前まで来た。


 この部屋はわらわが一日の大半を過ごす部屋であり、城にいる者たちもわらわがここにいると分かっているからみんなここに避難しているかもしれない。


「みなのもの!……あれ?」

「魔王さま! よくぞご無事で!」

「お前だけしかいないのか?」

「はい。勇者たちが城へ入った瞬間に例の”スキル発動”をされてしまい、城の者たちはみな消えました」

「消えただと? 数百以上いた魔物が?」

「私の呪文で周囲を探っても気配が皆無です」


 この優秀な者がそう言うのであれば間違いないだろう。


 恐ろしきは勇者なり!


 スキル発動とやらはどうやら魔物を皆殺しにする技らしい!


 なんと恐ろしい技か!


 しかししくじったな勇者め。肝心のわらわと、その右腕である者を仕留めそこねるとは憐れよ。


 呪文対決なら我が右腕が、どつき合いならわらわが絶対的に強いから勝ち目はないぞ!


「それはそうと魔王さま、お腹がすいたでしょう」

「うむ。フラフラする」

「そう思って食事を用意しておきました」

「さすがだ。しかしこんな時でも腹は減るものだし、ごはんは出てくるものなんだな」

「もちろんです。ささ、しっかり食べてください」


 玉座へわらわが座ると、いつもの朝食がいつも通りに運ばれてきた。


 山盛りの野菜。どんぶりいっぱいのめし。なみなみと満ちたスープ。分厚い牛さんのお肉。骨を取ってもらったお魚さんの姿焼き。ちょっぴりこわいから目玉は他の者にいつも食べてもらっている。


 ようやく目にしたいつもの光景にどこか安堵を覚え、いつもよりちょっとだけお行儀悪くごはんにありついた。


「ムシャムシャ!」

「魔王さま、そんな急いで食べなくても……」

「何を言う、今は緊急事態だ。いつ敵が来るか分かったもんじゃない」

「それもそうですね。なぜか私の呪文でも勇者の気配が掴めませんし」

「……ほう?」


 この者はこの世の呪文全てを覚えているとんでもないヤツだ。


 当然、城の中に入って来た部外者がどこにいるか把握する呪文だって使えるし、勇者が来てからはずっと警戒して索敵してるはずだ。


 てっきり勇者たちが道に迷ってここに来るのに手こずってるから、こうしてごはんまで用意してくれてるのかと思った。


 しかし勇者たちの気配は全く掴めてないらしい……


 いや、それってさ。


 のんきにごはん食べてる次の瞬間にさ。


 いきなり勇者たちが襲いかかってくる可能性があるってことじゃない?


 え、こわ……


 ゴキちゃんよりこわ……


 見えない恐怖、こっわ〜。


「ムシャムシャムシャムシャ!!」

「魔王さま……急いで食いすぎじゃないですか?」

「お、お、落ち着いて食えるか! いつ襲われるか分からないとか、こわいわ!」

「あなた強いんだからドンと構えてれば大丈夫ですよ」

「ムシャムシャムシャムシャ!!」

「そんなに不安なら私が表で張っときますよ」

「やだ! ここにいてよ!」

「は、はい」


 勘違いしないでよ。わらわはただ、このお魚さんの目を食べてくれる人がいないと困るだけなんだから。


 ごはんは絶対に残してはいけないからな!


 決して素性の分からない存在、勇者にビビっているワケではない!


 わらわが恐れるものはただ一つ!


 それは……!


スキル発動!おじゃまします

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